4、僕以外には見せないでね かなりの猛暑だった。つい最近まで涼しかったとは思えないほどの暑さ。 正午になる少し前。 ブルーベルはウォルドとともに、近くの湖までやってきた。猛暑ということもあって、隣村に住んでいる子供達が十人ほど湖で遊んでいる。 「ねぇ…、やっぱりやめない? 僕、それほど湖に興味があるわけでもないし、騒がしいの苦手だし」 ウォルドがどこかげんなりした顔で言った。湖の周囲は大きな岩で囲まれているのだが、唯一砂浜が広がる場所には子供達が集まっていてとても賑やか。 ブルーベルはベージュ色の半袖のチュニック姿であり、湖で泳ぐ準備をすっかり整えていた。 「ウォルドも両足を水の中へつけて遊ぼうよ。ほら」 ブルーベルがウォルドの手をとって、湖へと近づいた。ウォルドも一応靴は脱いでおり、濡れてもいい長衣を着ている。そして万が一びしょ濡れになったとしても、執事のハンスが着替えを持参していた。抜かりはない。 「うわ、冷たい」 ウォルドがぶるりと体を震わせた。ブルーベルは満面の笑みを浮かべる。 「気持ちいいでしょう?」 「うん」 「ウォルドと一緒に湖に来ることができてよかった。私、すごく幸せ」 その言葉にウォルドは微かに頬を赤くした。 「…ブルーベル、狡いよ。僕の気持ちも知らないで」 その消え入りそうな声はブルーベルには届かず、彼女はウォルドを連れて膝上ぐらいまでの水深へ来た。そこで足元に埋まっていた石を踏みつけてしまい、驚いた拍子で転んでしまう。 「きゃ」 ばしゃん、と見事な水しぶきが上がった。 「ブルーベル! 大丈夫?」 ウォルドがブルーベルの両手をとって、水の中から立ち上がらせた。 「び、びっくりした…」 ウォルドは無言だった。彼はブルーベルの胸元へじっと視線を向けている。 「……」 「ウォルド、どうしたの?」 ウォルドははっとして、背後にいる子供達の気配を窺った。彼らは水の中で泳いで遊ぶことに夢中であり、こちらには興味がない様子。それを確認すると、ウォルドはブルーベルの右耳へと顔を近づける。 「ブルーベル。胸元が透けてるよ」 言われて気が付いた。ブルーベルは薄い生地の服を着ていた為、水の中に入ったことで服が透けていたのだ。 「ど、どうしよう」 恥ずかしさで顔を上げることができなかった。自らを抱きしめるようにして胸の前を隠すと、俯く。 「ブルーベル。浜に上がろう。ハンスに体を拭く布を受け取って、それで体を隠せばいいよ」 「うん…。ごめんね、私が考え無しなばっかりに」 「いいんだ、ブルーベル。僕は眼福だったし」 「え?」 ウォルドはブルーベルから目を逸らすように浜辺へと視線を向けていた。 「さ、戻ろう?」 「うん」 二人で浜辺へ戻ると、執事のハンスが布を用意して待っていた。ブルーベルは大きな布を体に巻きつけるのだが、その姿はまるでミノムシのよう。だがウォルドはその姿にとても上機嫌だった。 「僕以外には見せないでね」 「何を?」 「なんだろうね?」 はぐらかして答えないウォルド。ブルーベルはややあって落ち込んでしまう。 「ごめんなさい、ウォルド。せっかくあなたと湖へ来たのに…」 「いいんだ、ブルーベル。湖はもう堪能したから、屋敷へ戻ろうよ。びしょ濡れで家へ戻ったら君のお父様が心配するから、僕の屋敷で服を乾かしていくといい。この暑さなら、服も夕方までには乾くだろうから」 「有り難う、ウォルド」 「どういたしまして」 「あ、あのね、ウォルドだけでも、湖で遊んできてもいいよ? 私、砂浜で待ってるし」 ウォルドはブルーベルの頬を両手で優しく包み込んだ。そのままゆっくりとブルーベルの顔を引き寄せて、互いの顔を近づける。 まるで、キスをするかのように。 ブルーベルは思わずぎゅっと目を閉じるのだが、ウォルドはその隙にブルーベルの鼻先へと軽く噛みついた。 噛みつかれたブルーベルは瞼を開いてぽかん、となる。 「僕一人だけで湖で遊んでも楽しくないよ。それに、湖はまたいつでも来ることができるだろう? だから、帰ろう。僕、十分に満足したし」 「…うん」 ブルーベルは涙をぽろぽろとこぼしながら、ウォルドに手を引かれて帰ることになった。 ウォルドはやはり、なぜか上機嫌だった。 |