2、眠り姫 初夏にしては、とても寒い朝。ブルーベルは幼馴染のウォルドの屋敷へと訪れていた。四日前からウォルドは風邪をひいて寝込んでおり、弱気になっていたのだ。そんな彼を励ますために、ブルーベルは毎日様子を見に会いに行っていたのだが。 「もう十歳だっていうのに、未だに背が小さいし、体調も優れないし。僕って本当にダサい」 ウォルドはベッドから体を起こして咳き込んだ。ブルーベルは彼の背中をさすってハラハラしてしまう。 「ウォルド、もう寝たほうがいいわ」 「嫌だ。寝たら、ブルーベルは家に帰っちゃうだろ。だったら寝ない。ずっと起きてるよ。こんな風邪ぐらい…」 再びウォルドが咳き込んだ。 「寝ても帰らないから、寝ていいよ。…あぁ、可哀想に。私が病気を代わってあげられたらどんなにいいか」 ブルーベルはウォルドを抱きしめた。 「…ねぇ、ブルーベル。お願いがあるんだけれど」 「なぁに? 私にできることならなんでもするわ」 「膝枕をしてほしいんだけれど」 「え?」 奇妙なお願いだった。 「ブルーベルが膝枕をしてくれたら、はやく風邪が治りそうな気がする」 そう言われては、頷くしかなかった。 「うん、わかった」 「やった!」 無邪気な笑顔のウォルドに手を引かれて、ブルーベルはベッドの上へと座った。大きなベッドであり、大人が二人寝ても十分な広さがある。ウォルドはブルーベルの膝上に頭を乗せて寝転ぶと、頬を擦り付けた。 「ちょ、ウォルド、くすぐったい」 「これぐらい我慢してよ。…あぁ、君の匂いがする。お日様の匂い。あったかい」 ブルーベルはウォルドの頭を撫でた。さらりとした髪質であり、柔らかい。毎日薬を飲んでいる為、彼の体からは薬のニオイがする。それが、ブルーベルには少し悲しい。 「早く、ウォルドの風邪が治りますように」 「風邪が治ったら、もう膝枕はしてくれない?」 「ウォルドの風邪が治ったら、今度は私と一緒にピクニックに行くの。そして穏やかな陽だまりに包まれながら、日向ぼっこをするの」 「膝枕、してくれる?」 「してあげる」 「約束だよ」 ウォルドは照れ臭そうにした。 「じゃあ、僕は寝るよ。おやすみ」 「うん」 そうして暫く時間が経つと、ウォルドは眠ってしまった。ブルーベルもあくびをすると、眠くなってしまう。 「んー……」 眠気を我慢しようとするが、朝早くに起きて羊の世話を手伝っているブルーベルにとって、それは拷問のような眠気。暫く頑張っていたが、ついにブルーベルも眠ってしまった。顔が徐々に下がり、ウォルドの顔へと近づく。 ガツンッ 大きな音がした。 ブルーベルは目の前がチカチカしながらも、信じられないといった顔をしているウォルドに気付く。大きく目を見開いて、悲愴な顔をしている彼。 「あぁ…、なるほど。君に膝枕をお願いすると、こうなるんだ? 僕は眠り姫のようなロマンチックな展開を期待していたというのに…」 「ウォルド、ごめんね。おでこ、真っ赤になってる。私のせいでごめんね」 ブルーベルは自らの額に左手を当てて、右手でウォルドの額を撫でた。ウォルドは暫し思案し、そうして意地悪な笑みを浮かべて起き上がる。 「ブルーベル。よだれ、垂れてるよ」 「え!」 指摘をされたブルーベルは、すぐに両手で口元を覆った。指先で拭うが、涎らしきものはついていない。もう一度ウォルドを見れば、楽しそうに笑っていた。 「ふふ。嘘だよ」 「もう、ウォルド!」 「仕返しだよ。ブルーベルが悪いんだ。僕の頭を足の上に乗せてるっていうのに、無防備に寝てるから」 「だ、だって、眠くなっちゃったんだものっ」 「はいはい、わかった、わかった」 ウォルドは再びブルーベルの両足の上へ頭を乗せた。 「私の足の上に頭を乗せるなんて、寝苦しくない?」 ウォルドはにこりと微笑んだだけで、何も言わずにそのまま眠ってしまった。 今日も平和で穏やかな一日だった。 |