1、好きな子はいじめたくなる それはとてもうららかな午後のこと。 十歳を迎えたばかりのブルーベルは、幼馴染のウォルドの屋敷へ訪れていた。相も変わらず豪勢な屋敷なのだが、庶民のブルーベルには何に使うのかさっぱりわからぬものもあった。例えば、狩猟でとってきた巨大な鹿の角。大広間の壁の上部に飾られているのだが、美観を損ねているとしか思えない。貴族は変わっている、そんなことを考えていたブルーベルの傍へ、どこか神妙な顔をしたウォルドが立っていた。 「ブルーベルって、羊の交尾を見たことある?」 「あるよ」 即答した。ウォルドは一瞬怯んだが、こほん、と咳払いをする。 「どうだった? どんな感じだった?」 「どうって言われても…。見たいなら今度見せてあげるよ?」 ウォルドはなぜか不機嫌そうにしていた。ブルーベルはなぜ彼がふくれっ面をしているのか理由がわからない。 「ブルーベルってさ、本当に女の子なの?」 更に意味不明な質問をされた。今日のウォルドはおかしい。もしかすると、熱があるのかもしれない。ブルーベルはウォルドの額に手を当てた。 「熱は…、無いね」 「無いよ。そうじゃなくて…、恥じらいとかないの、っていう話をしてるの」 「恥じらい?」 何か恥ずかしい話題でもあっただろうか。ブルーベルは真剣に悩んだが、やはりわからない。 「普通は、動物の交尾の話なんてされたら、恥ずかしくなるでしょう」 そういうものなのだろうか。確かに父のロイセルは、ブルーベルに羊の交尾をあまり見せないようにしている。だが羊達は発情期を迎えれば勝手に交尾をする。いくら隠しても見えるものは見えてしまう。 「うーん…」 「性器を見ても恥じらいのない女の子は、どうかと思うよ」 ブルーベルは顔を真っ赤にした。 「べ、別にそんなところ、意識して見たりしないわ!」 ウォルドは口元に笑みを浮かべると、ブルーベルをじっと見つめた。 「ふうん…、見てたんだ?」 「だから、見てないってばっ。交尾をするのを見た時だって、後ろ向きだったから見えなかったし!」 「なんでそんなに必死に言い訳をするの? 僕は何にも思ってないよ、君のこと。まぁ多少は印象が変わったかもしれないけれど」 ブルーベルの顔は更に赤くなり、耳まで染まっていた。 「だ、だからっ、違うってばっ!」 「可愛いなぁ、ブルーベル。君がそんなに性器に興味があるとは知らなかったよ。なんだったら、僕のを見せてあげてもいいよ」 「ウォルドの、バカッ! ウォルドの小さいのなんか見ても、ちっとも嬉しくないもんっ!」 ウォルドが硬直した。ブルーベルは彼の表情が凍りついたことを知って、はっとする。 「……」 「ウォルド…?」 「あぁ、うん…。そうだね。…さい、よね。僕の…」 「どうしたの? もしかして、怒った? ごめんね?」 しゅん、となって目に涙を浮かべているウォルド。ブルーベルは自らが失言をしたのだと思うが、何がいけなかったのかわからない。だから彼の頭をよしよしと撫でて、背中をさする。 「君は、こんな僕と一緒にいて楽しいの?」 「うん。ウォルドと一緒にいられるだけで幸せよ。私は、ウォルドの傍にいられるだけでいいの。これからもずっと、一緒にいてね」 今度はウォルドの顔色が赤くなった。 「うん…。でも、いつか見せる時は…さいだなんて言わせないんだからね。絶対に大きくなるんだからっ」 「ん? うん。楽しみにしてる」 よくわからなかったが、ウォルドの機嫌を損ねぬように頷いておいた。 とても長閑で平和な日常だった。 |