01
日の入りが伸びた6月の中旬、部活が終わり帰ろうとした時、忘れ物をした事に気がついた。机のホックにかけていた折りたたみ傘。
「あ···ごめん。ちょっと忘れ物しちゃったみたいだから、先に帰ってて」
「あらら。なら、私も一緒に取りに行くよ!」
幽遊白書の世界に転生して早くも15年。
盟王学園高校に入って2ヵ月が過ぎた。
まさか主要人物の1人である、南野秀一(蔵馬)が通う高校に入学するとは、想像もつかなかった。
事の始まりは両親が海外に転勤すると言う話から始まった。私は日本に残りたい。どうしても残りたいと意志を示せば、一人暮らしをする条件として、盟王高校に入学する事を命じられた。
今更だけれど、第一女子でも良かったのでは?、と言う疑念はしまい。猛勉強の末に私は盟王高校に入学する事が出来た。
それに、無事に友達も出来たし。
今の所は、平凡な毎日を過ごせている。
ただ、前世と違うのは転生してからと言うもの、霊力が強くなってしまったらしく、妖怪の類が見えてしまっていると言う事。
そして困った事に、未だに慣れないと言う事。急に出て来るものだから、驚いてしまう。
「でも、雨が降りそうだし」
守るものが出来て、困ってしまう事もある。
危険から友達を避けたい。中学まで、何かとあればはぐらかして、そうして友達を作らずに来た。業務的な話し方、接し方をすれば、離れていく人が多かった。
なのに、高校から入った友達。
日暮かえでと言う女の子は、拒絶する私にぐいぐい来た。で、気がついたら友達になっていて。
「いーから、いーから、ね。行こう」
「わぁ、ちょっと」
そうして今日も、かえでは私の手を引いている。窓の外を見れば、今にも雨が降りそうだ。
* * *
教室の前まで来て、かえでの手に力が入ったのがわかった。どうしたんだろ?
「かえで?」
「ううん、何でもない」
ガラガラと教室のドアを開けるかえで。
なかなか教室に入ろうとしないかえでの後ろから教室の中を覗き込めば、"南野秀一"が本を読んでいた。もう同級生だし、南野くんでいっか。
(うわぁ、やっぱりめちゃくちゃ綺麗···)
初めて見た時も思ったけれど、本人を前にすれば女の子達が騒ぐのも頷ける。
これが晴れた日の夕日だったら、もっと絵になっていただろうに。
「どうしました、入らないんですか?」
「あ、えと。ごめんなさい。読書の邪魔をしちゃって」
「いいえ、気にしないでください」
うわぁ、初めて目が会ってしまった。てへへと笑うかえで。何だ、かえでってば南野くんに見蕩れてたんだ。
私も人の事は言えないけれど。
顔も良くて声も良くて、頭もいいし運動神経も抜群。いつも笑顔を絶やさずに、生活態度も悪く無い。でも···完璧人間を演じるのって、何だか凄く大変そうだけど、私からしたら他人事。
関係ない、関係ない。
私は接点がないのだから。
関わってしまったら、平穏な日々が崩れてしまう。だから、誰とも関わらない。それでいいんだ。
「あ、ゆかり」
「ん?ちょっと取りに行って来るね」
かえでから手を離して、私は自分の席にある折りたたみ傘を取りに行った瞬間だった。
「わぁ!」
何かに躓いて、私は転けそうになったのだけれど、何やらお腹に圧迫感を感じて閉じた目を開けて見れば。
「大丈夫ですか?」
(ひ、ひぇぇぇー···)
南野くんに後ろから支えられていた。
つまり、南野くんに抱き抱えられている状況で···。耳元で南野くんの声がして、後ろを見ればドアップ過ぎて、何だか色んな意味でお腹がいっぱいになりそう。
「あっ、ごめんなさい」
「いいえ、大丈夫ですよ。はい、これ。傘を取りに来たんでしょう?」
わぁ、流石。
スマートな気遣いに、呆然としてしまった。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、敬語じゃなくてもいいですよ。あ、オレのはただの癖みたいなものだから気にしないで」
「うん、じゃあ」
それと···。
"君はもっと、気をつけた方がいい"
別れ際にボソッと言われた言葉。
それが何の事なのか、その時はまだ知らなかった。