Something equal to affection



リヴァイは迷っていた。
今までの人生でこんなにも迷ったことがあったのかというほど、迷い、悩んでいた。
地下街にいる頃は一瞬の迷いが命取りになっていたし、兵団に入ってからもそれは変わらない。
昔も今も最善を尽くすための取捨選択は常に求められていたが、今回のこれとは話が別だ。

この一週間、仕事中はなるべく考えないよう、支障がないように努めていたつもりだが、ついにはエルヴィンに「何か悩みがあるなら聞くぞ」と声を掛けられてしまった。
ハンジにいたっては、「リヴァイのそのクソが詰まってそうな顔、くっそ面白いな!」と爆笑されたのでとりあえず地面に沈めておいた。
だが、こういう相談をするのならやはり女性がいいのだろう。リヴァイは腹を決めて、身近な女性の顔を思い浮かべてみる。


(ハンジ…そもそも女性という括りに入れることすらおこがましい。却下だ。
ペトラ。適材だが…あくまで部下だ。上司のプライベートの話なんて聞きたかねぇだろうな。…その点二ファもか。チッ、くそ…)


悶々とするのは性に合わない。だが、失敗は絶対にしたくない。
そんな思いで苛々しながら歩みを進めると、そこはもう目的地のエルヴィンの執務室だった。もう一度舌打ちをすると、おざなりにでもノックをし扉を開ける。

「リヴァイ。遅かったな」

「時間通りだろうが。お前らが早すぎるんだよ」

既にハンジとミケは揃っているらしい。会議とはいえ、そこまで差し迫った内容ではないからか部屋の中には割合穏やかな雰囲気が漂っている。
いつも通り興奮した様子のハンジはミケを相手に何か自論を展開していたらしいが、リヴァイを見つけた途端矛先をこちらに変えた。

「あっ、リヴァーイ!聞いてよ!昨日思い付いたんだけどさ、巨人の体内を確実に調べる方法で…」

「てめぇが巨人に喰われて腹ん中調べるのが一番手っ取り早いんじゃねぇのか」

「…なるほど。確かに丸呑みされても体内で暫く生きていられれば……ねえエルヴィン!ちょっと相談なんだけどさ」

「…気持ちわりぃこと考えてんじゃねぇよ」

リヴァイの言葉を真剣に考え始めたハンジがエルヴィンの方に向かうのを本気で嫌そうな顔で見送り、ミケの向かいにどさりと腰を下ろした。
その様子を見ていたミケが、すんっと鼻を鳴らして意外そうな表情を作る。

「…珍しいな、リヴァイ。何か悩みでもあるのか」

「…ねぇよ」

「しかし何か迷ってる匂いがするぞ。お前らしくもない」

「…んなこともわかんのかよ」

ミケのあまりの嗅覚の良さに誤魔化すことも忘れ、思わず感嘆してしまう。ハンジは未だエルヴィン相手に身振り手振りを交えて熱弁を奮っているから、こちらの話は聞こえていなさそうだ。
目の前にいるのが寡黙なミケだということ、そのミケの言う通りこれまであまりに悩みすぎたことが、リヴァイの口を思わず軽くした。もういっそ誰かにぶちまけたい気持ちだったことに間違いはない。

「…女ってのは何をやれば喜ぶものなんだ」

「ほう。それは…」

「えっ!リヴァイ!誰に何をあげるつもりなの!ねえ詳しく聞かせてよ!」

「最近何を悩んでるのかと思えば…良い女性(ヒト)が出来たのか」

ポツリとミケだけに聞こえるように呟いたはずの言葉を、地獄耳で拾ったハンジが大興奮でリヴァイの方へ戻ってこようとしてくる。
その向こう側ではエルヴィンが意外そうに…いや、面白そうに笑みを浮かべていた。

「チッ…うるせぇよ。てめぇらには聞いてねぇだろうが」

「でもミケよりは力になれると思うよ!ね、エルヴィン!」

「そうだな。立場上御婦人方に貢ぎ物をする機会も多いしな。相談に乗るぞ」

「…お前がそういう悩みを持っているのも、それを誰かに話すのも今までないことだろう。どうせなら話してみるればいいんじゃないか」

ハンジ、エルヴィン、ミケのそれぞれの言葉に深い深い皺を眉間に刻み込こんだリヴァイだが、真っ直ぐに見つめる三人の視線からふいっと顔を逸らして嫌々唇を動かした。

「だから…女は何を贈れば喜ぶんだよ」

「待ってリヴァイ。括りが広すぎるし質問もアバウトすぎる。まずはどんな女性でリヴァイとどんな知り合いか教えてもらおうか」

「チッ…」

ハンジの尤な質問に益々嫌そうな表情を浮かべるが答えない方が面倒なことになると思ったのか、頬杖をついて窓の外を見ながら渋々口を開いた。

「…馴染みの紅茶屋の店員だ」

「ほーう…」

「なんだよエルヴィン」

「いや。確かにいくら紅茶好きのリヴァイといえど、休みの度によく通っていると思っていたんだ」

「えー!エルヴィン、知ってたの!?」

「ああ。ここ最近、雑費として落とされる紅茶代が多くてね。気にはなっていたんだ」

「細けぇんだよ、てめぇは」

それが私の仕事だからね、と穏やかに答えるエルヴィンに不快げに舌打ちを溢し、これ以上答える気は無いと言わんばかりに三人に背中を向ける。

「…時にエルヴィン。それはいつ頃からだ」

「ん?どういうことだ、ミケ」

「リヴァイが経費として請求する紅茶代が増えたのはいつ頃からなんだ」

「そうだな…この半年くらいか」

「半年!?リヴァイ、そんなに長い間通い詰めてるの!?」

「…うるせぇな」

ハンジの素っ頓狂な声にリヴァイの機嫌はどんどん降下していく。
が、リヴァイの意外すぎる純情さというか、粘り強さというか、はたまた回りくどさに三者三様で感嘆しているらしい。

「よーし!ここは皆でリヴァイのために知恵を絞ろうじゃないか!」

「黙れクソメガネ。お前の意見はいらん」

「なんでよ!!」

「で、リヴァイ。その紅茶屋の君に贈り物を考えているわけだな」

「…何度か渡してはいる」

エルヴィンの問いに答えたリヴァイの言葉に、今度は意外そうな声が三人からあがった。

「ちなみにどんなものだ」とミケ。

「…紅茶に合う菓子を探すのが好きだっつってたから、内地で買った菓子を渡すことが多いな」

「ふーん…それは喜んでくれないの?彼女」

「いや…渡した時はすげぇ嬉しそうな顔をするが、そのあと申し訳ないだとか、いつも貰ってばかりだから、とか最近はそんなんばかりだ」

「そんなに頻繁に渡してるのか?」と問いを重ねたエルヴィンに、「いや、数ヶ月に一度あるかないかだ」と意外と素直に答えるリヴァイ。
最早会議などそっちのけで、リヴァイの恋愛相談になってしまっていることを誰も突っ込んだりしないが、ミケだけはここに今誰も訪ねていないことを願っていた。
幹部が顔を突き合わせて考えているのが、人類最強の好きな女への貢ぎ物だということは、なるべくなら知られたくはない。

「で、彼女に喜んで貰えるのを贈りたいわけだ?」

「……クソが」

ハンジが続けた問いに、今日一番の不機嫌そうな表情を見せたリヴァイは、この悩みの種である彼女ーなまえのことを思い出していた。



なまえと出会ったのは、エルヴィンが認識しているよりももっと前、約一年前のことだ。
こじんまりとした店構えながらも、種類豊富な茶葉とその場で試飲が出来るスタイルがリヴァイの目に留まり、気付けば常連になっていた。そしてそこの店員として働いていたのが、なまえ・みょうじだった。
とは言っても、店主の初老の男性となまえの二人だけで回しているような店で、しかも今はなまえが来られらない時にだけ店主が来る状態になっており、リヴァイがなまえと顔見知りになるにはそう時間が掛からなかった。

「あ、兵士長さん!こんにちは!」

「…ああ」

なまえの見せる穏やかな笑みと柔らかい物腰、それでも紅茶の話になると目を輝かせて前のめりになる姿勢がとても気持ちが良い。

「今日はユトピア区の方で取れた貴重な茶葉が入ったんです。良かったら試飲いかがですか?」

「ああ、貰おうか」

わかりました、と笑うなまえに惹かれ始めたのはいつからか。もう覚えていないが、誰も客がおらず、なまえと話せる時間帯を選んで来店する自分に気が付いた時、漸く己の気持ちを悟ったのだ。
生憎、人様に話せるような恋愛経験など皆無だ。自分の気持ちに気が付いたはいいが、そこからどうやれば良いのか全く分からない。

「…うめぇな」

「お気に召して良かったです。あ、こちらもどうぞ」

「有り難ぇが…いつもこんなに試飲させていて大丈夫なのか」

「ふふっ…兵士長さんは大切な常連さまですもの。特別ですっ」

秘密ですよ、と悪戯っぽく指を立てる仕草にさえ無駄に高鳴ってしまう胸が鬱陶しい。童貞でもあるまいし、女の一挙一動に動揺するなんてただの青臭い餓鬼ではないか。
それでもなんとかなまえの喜ぶ顔が見たくて、この間エルヴィンに付いて内地に行った際に購入した、小さなキャンディの缶をテーブルに置いた。

「…その礼と言ってはなんだが。この間野暮用で出掛ける用事があってな。そこで見つけた」

「え…?まさか…私にですか?」

「お前…俺がこんなものを食うように見えるか?」

呆れたようなリヴァイに、慌ててなまえは首を振るとまじまじと瓶を見つめた。

「いえっ…というのも失礼ですが、キャンディって意外と紅茶に合うんですよ?」

「…甘ったるいだけだろうが」

「濃い目に入れたストレートティーを飲みながらキャンディを舐めるのがいいんですよ!」

邪道ですが、とペロリと舌を出したなまえにむず痒い気持ちになりながら、グイッと瓶を押し付ける。遠慮がちに受け取ったなまえだが、視線の高さまでそれを抱え上げると、嬉しそうに目尻を下げた。

「…綺麗。本当に貰っちゃっていいんですか?」

「くどいな。いつもの礼だと言っただろう」

「ふふっ…嬉しいです。ありがとうございます。私、紅茶に合うお菓子を開拓するのが趣味なんです!」

「そうか…悪くねぇ趣味だな」

「お礼のお礼にこれからもたくさん試飲のご用意しちゃいますね!」

「…それじゃあキリがねぇだろうが」

楽しそうななまえの笑う声が店内に響いて心地良い。
なまえの嬉しそうな顔が忘れられなくて、リヴァイはそこから何かしらの理由をつけてなまえに贈り物を持ってくるようになった。
彼女の性格的にあまり頻繁だと気を遣うだろうと思い、2、3ヶ月に一度のペースで渡している。
最初こそはぱあっと顔を輝かせていたなまえだっだが、回数を重ねるごとに直ぐに申し訳なさそうな顔をするようになってしまった。

「…いつもいつもすみません」

「俺が好きでやってることだ。大体お前だって、礼の礼だっつって、茶葉多めに入れたりしてるだろ」

「でも…それでも…」

「…迷惑なら止めるが」

「そんな、迷惑だなんて…そんなことありません!ただいつもこんなに素敵なもの…」

「迷惑じゃねぇなら黙って受け取っとけ」

なまえが迷惑がっているわけではないのは分かっているが、困惑していることは重々承知している。普通の女ならここで好意に気がつきそうなものだが、なまえはその辺りにとことん鈍いらしい。それともリヴァイなんてただの常連の一人で、異性として全く興味がないのか。出来れば前者だと信じていたい。
だが、ここでこの物々交換に近いやりとりをやめてしまったらなまえとの距離がどんどん開いてしまいそうでそれだけは阻止したかった。
それになまえが喜ぶ顔を想像して色々と選ぶのは、今やリヴァイの数少ない楽しみの一つなのだ。


どうすればなまえが心から喜ぶ顔が見られるか。一番最初のあの時のように、純粋に喜びだけを浮かべた笑顔が見たい。
そんな悶々とした気持ちを抱え、なまえの店に足を向けたある日、リヴァイは丁度店の前で男に話しかけられるなまえを目にした。
男が差し出した袋を覗き込んだなまえは、頬を紅潮させて大きな目を輝かせている。とても大切そうに袋から取り出したのは綺麗に包装された雑誌ほどの大きさのもので、なまえはなによりも大事なものだというように、それをそっと胸に抱え込んだ。
会話は聞こえないが、あの男がなまえが本当に喜ぶ何かを贈ったことだけは分かった。



「…なるほどねー」

リヴァイが苦々しげに語った話に、ハンジは納得したように声を上げた。
まさかリヴァイがここまで拗らせているとは思わなかったが、人類最強の思わぬ弱点を発見したとなれば面白いことこの上ない。
だがここでそれを突けば、間違いなくハンジは巨人の真実を知ることなくこの世とおさらばすることになるだろう。それをリヴァイの不機嫌な顔から悟ったハンジは殊更真面目な顔を作り出した。

「つまりリヴァイはその男のものよりも彼女が喜ぶ贈り物があげたいわけだ」

「…悪ィか」

「うーん悪くはないけど…」

「視点を変えてみたらどうだ、リヴァイ」

言葉を濁すハンジに変わって、やんわりとエルヴィンが口を挟んだ。ハンジと同じく真面目な顔をしているが、その瞳には堪えきれない笑みが浮かんでいる。

「彼女…なまえさんは何故申し訳ないと思っているのだろうか」

「そりゃあただの常連が次々と贈り物を持ってきたら困るだろうが」

「…そこまで考えていてやめられないのもどうかと思うぞ、リヴァイ」

ポツリとミケが呟いた言葉にリヴァイは視線を鋭くして睨みつけた。
そんなことは自分が一番よく分かっている。そんなリヴァイを余所に、エルヴィンがゆっくりと口を開く。

「もしかしたらそれもあるかもしれないが…。それよりも、何故この人は自分にこんなに良くしてくれるんだ、と悩んでいるのかもしれないとは思わないか?」

「うんうん。だってさリヴァイ、彼女に好きとか愛してるとか伝えたの?」

「んなこと言うわけねぇだろうが」

「だとしたらさ、えっとなまえさん?彼女だって悩んでるかもよ?」

「…何を悩むんだよ」

「リヴァイは自分にたくさん贈り物をくれるけど、それは本当にただのお礼なのか、それともそこに少しは特別な気持ちはあるのかってさ」

「あいつは…なまえはそういう惚れただなんだってのに気付くやつじゃねぇよ」

「それでも、だよ。大体リヴァイだって、本当に人の好意に少しも気が付かずヘラヘラ贈り物を受け取るような子だったら好きにならなかっただろ?
ちゃんと人の気持ちを考えられる子だから、あなたも好きになったんだと思ってたんだけど」

ハンジの言葉にリヴァイは思わず息を呑む。
なまえは鈍感かもしれないが、そこにある他人の気持ちを少しも想像しない奴ではない。むしろ相手の今の気分や体調を慎重に読み取って、それを接客に反映させている。
そんななまえの気遣いにリヴァイも何度も救われているのだ。

「…リヴァイ、気持ちは伝えなければ意外と伝わらないものだ」

「俺みたいに鼻が利けば別だがな」

エルヴィンに続いて言ったミケの珍しい冗談に、ハンジが声を上げて笑う。
自分だけが何も分かっていなかったクソ餓鬼みたいで、リヴァイはどこか悔しいような恥ずかしいようなそんな気持ちを抱いたが、今回のなまえのことに関してはその通りだったのかもしれない。

「…エルヴィン」

「なんだ」

「この会議の後、俺は非番だったな」

「ああ…まぁ今日は会議もなにもあったもんじゃないがな」

「…悪かったな」

「あはははは!リヴァイが素直!気持ちわるっ!」

「…死ぬぞ、ハンジ」

チラリと時計を見ると、ちょうど会議終了の時刻を迎えていた。今日の議題である「内地訪問のメンバーについて」は、エルヴィンが何とかするだろう。

「…エルヴィン」

「まぁたまにはいいだろう」

「行ってらっしゃーい!」

「…あまり焦るなよ」

「誰に言っている、ミケ」

「…そうだな。お前には余計な世話だったな」

「ふん」

三者三様の送り出しを背に受けて、リヴァイは足早に執務室を出て行く。
残った三人は、大きく息を吐いてその姿を見送った。

「しっかし、リヴァイがねぇ…。すっげぇ面白いんだけど!あとで詳しく聞こう!」

「…お前は知っていたのか、エルヴィン」

「内地で色々買い漁っているのを見ていたからな。まさかあそこまでご執心だとは思わなかったが」

「ついでにあそこまで恋愛偏差値が低いと思わなかったなぁ、ほんと!」

ハンジの揶揄にエルヴィンもミケも苦笑しかない。
どんな女性かは分からないが、あのリヴァイにあれほど思われていることに、感心半分同情半分だ。きっとリヴァイは、彼女を離さないだろう。

「…とりあえず内地にリヴァイを行かせることは決定だな」

これくらいは会議そっちのけでリヴァイの相談に乗った報酬としていいだろうと、エルヴィンは一人呟いて笑みを浮かべるのだった。



「なまえ!」

「っ、わ!へ、兵士長さん!?」

休むことなく街を突っ切って行ったリヴァイは、閉店間際の店の扉を些か乱暴に開いた。
幸い店内に客はおらず、背を向けていたなまえが驚いたように振り返った。

「び、びっくりしたぁ…どうしたんですか?」

「…これをお前に」

そう言って先日購入してあった包みをポケットからそっと取り出したすと、なまえが一瞬顔を曇らせたのをリヴァイは見逃さない。
が、顔を上げたなまえは明るく笑ってわざと楽しげな声を出した。

「兵士長さん、本当にいつもいつも…」

「リヴァイだ」

「え…?」

「名前、知ってるだろ、なまえ」

「はあ…」

「…お前には名前で呼んでもらいたい」

静かな店内にリヴァイの声が響いた。驚いたように目を見開いたなまえの唇が、微かに開かれる。

「そ、れって…」

「…俺は誰にでもこうして贈り物をするわけじゃない。名前を呼んでほしいと思うのも、なまえよ。お前だけだ」

「そ、そんな言い方…勘違いしちゃいますよっ…」

なまえが吐き出した言葉が震えた。ギュッと握りしめた両手も僅かに震えていて、リヴァイは心のどこかが温かく灯るのを感じた。

「…勘違いじゃねぇよ」

「…ちゃんと言ってくれないと分かりません」

そうねだるなまえの瞳から、一筋の涙が溢れる。それを指先で掬ったリヴァイは、そのままそっとなまえの頬に手を当てて、優しく囁いた。

「…好きだ」

「っ、ふっ、…わ、私も…好きですっ…!」

次々流れ落ちる涙もそのままに、なまえがしゃくりをあげながら必死に答えた。
その姿に堪らずリヴァイがその華奢な身体をきつく抱き締めれば、震える両手が縋るように背中に回されるのを感じる。

「好きだ、なまえ」

「…っく…大好きです…リヴァイさん」

甘く呼ばれる自分の名前すら愛おしい。
夕闇が街を覆うのを視界の端に感じながら、暫く互いの温もりをしっかり確かめ合っていた。



改めてリヴァイが机に出した包みの包装を、なまえがわくわくした様子で解いていく。
手のひらサイズのそれは、今までリヴァイから貰ったどれとも違うようだ。

「っ、これ…」

「プリザーブドフラワーと言うらしい。端的にいえば枯れない花、だな」

「知らなかったです…!可愛い…素敵…」

マーガレットだろうか、可愛らしい花がガラスドームの中で可憐に佇んでいて、なまえはうっとりと四方からじっくり眺めている。
何の含みもないその表情にホッとしたように息をついたリヴァイを見て、なまえはおずおずと視線を向けた。

「あの、リヴァイさん…いつも本当にありがとうございます。私、何も返せてなくて…」

「俺が好きでやっていたことだと言ったろ」

「でも…私なんかのために…」

「…好きな女口説くために何とか接点作りたかったんだよ。察しろ」

リヴァイの憮然とした口調とは裏腹の言葉に、なまえはかぁっと頬を染めた。
リヴァイを好きになってから、期待してはそれを自分で打ち消す日々だった。まさか本当にリヴァイの特別になれるだなんて、幸せすぎてバチが当たってしまいそうだとなまえはふやけた頭で考える。嬉しそうににこにこ笑っているなまえに思わず頬が緩みそうになるが、ふと先日の光景が蘇ってきて思わず眉を寄せた。

「…リヴァイさん?」

「お前、この前店の前で男から何か貰ってただろ」

「店の前…?え……あ!え、見てたんですか!?」

「すげぇ嬉しそうにしやがって。そんなに喜ぶモンだったのかよ」

「あ、う…いえ、あれは…その…」

「なんだ、何が欲しかったんだ?それ以上のモノくれてやるから言ってみろ」

淡々としながらも凄みがあるリヴァイの様子に、なまえは小さくなることしか出来ない。だがこのまま逃してもらえることはないと察し、観念したように立ち上がってカウンターの裏へと向かった。

「…これです」

「これは…雑誌か?」

なまえが捧げ持つように掲げたのは、大衆雑誌の一つのようだ。雑誌のようだと思ったのは間違ってなかったようだが、これのどこがなまえの琴線に触れるものだったのか。
不思議そうに雑誌を見るリヴァイに意を決して、息を吸った。

「これ、リヴァイさんの特集が組まれてる巻なんです…!」

「…は?」

「ほら、ここ!ここです!」

半ば興奮気味になまえが開いた箇所を見れば、「人類の叡智!調査兵団の真実」と見出しがついた特集が数ページにわたって組まれていた。
珍しく驚いた表情を見せるリヴァイに、恥ずかしそうな様子のなまえが言葉を続ける。

「あの、この地区の本屋さんは完売してて…ユトピアならまだ在庫があるって聞いて、いつも茶葉を卸して貰ってる方にお願いして買ってきてもらったんです」

「お前…」

「まさか見られてるなんて…!き、気持ち悪いと思いました…?でもリヴァイさんの絵と質問も載ってるって聞いたらいてもたってもいられなくて…!」

店が終わって買いに行った時には既に完売しており、再入荷もないと言われた時の絶望といったら。
必死の形相で頼むなまえに何を思ったのか、卸しの男性が買ってきてくれたその雑誌は懇切丁寧にラッピングがしてあるもので思わず拝み倒したものだ。

「…そういやこんな質問受けたな」

「やっぱり本物なんですね!本物のリヴァイさん特集なんですね!」

資金集めの一貫やなんやらとエルヴィンに言われ、嫌々参加させられたことを思い出した。どうでもいい質問ばかりで最早なんと答えたのかも覚えていないが、まさかなまえがそこまで求めているとは。

「んなもん、適当に答えたやつだぞ」

「それでもいいんです!リヴァイさんのこと少しでも知れたらなぁって……あ」

「…ほう」

しまった、と言った顔で雑誌を抱えたなまえがぴしりと固まる。そんななまえにリヴァイは心底湧き上がってくる喜びを抑えつつ、微かに口角をあげた。

「可愛いこと言ってくれんじゃねぇか。なあ、なまえよ」

「わ、忘れてくださ…」

「だがそんなもんなくてもこれから知っていけばいいだろうが」

「…え?」

「んな薄っぺらい内容じゃなくて、これからいくらでも知っていけるだろ」

「…はい。そうですね」

ぶっきらぼうながらも優しいリヴァイの言葉に、なまえも穏やかに笑いながら頷いた。そう、まだまだ自分たちは始まったばかりなのだから。

「じゃあリヴァイさん、教えてください。お気に入りの茶葉は?」

「…そうだな」

そうしてぽつぽつと紡がれる優しい言葉たちを、夜の帳が包んでいくのだった。


-fin



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