ナマエとの食事の時間は、穏やかに過ぎて行った。煩すぎず、かといって静かすぎない店はリヴァイがひどく気にいるもので、今度部下たちも連れて来てやろうかと頭の片隅で思う。

「へぇ、リヴァイさん、紅茶がお好きなんですか」

「あぁ。お前のところの紅茶も悪くねぇ。チェーン店なのに結構いいもの使ってるだろ」

「あ、分かります?ティーバッグなんですけど、オリジナルブレンドなんです。ロンドンのお店とコラボしてて、日本で出してるのはうちだけです」

誇らしげに笑うナマエ。自分の仕事に誇りを持っているのが短い時間でも伝わってきて、リヴァイも表情を和らげた。

「確かに初めて飲む味だったな」

「私は開発部じゃないのでそこまで詳しくは無いんですが、最近の紅茶ブームも相まって社内でも紅茶への比重が高くなってて。私も勉強がてら色々なお店を回ってるんです。リヴァイさん、どこかお勧めのお店ありますか?」

「そうだな…」

問われていくつかの行きつけの紅茶屋が思い浮かぶ。手頃なものから高級志向まで、気分や体調によって飲み分けているが今まで誰かに問われたこともなければ教えたこともなかった。だからだろうか、普段の自分なら有り得ない言葉がするりと口を衝いて出た。

「…一緒に行くか?」

「えっ…?」

「どうせ俺も休みの日は店に行くことが多いしな。お前のタイミングが合えば一緒に連れて行ってやってもいい」

「本当ですかっ…?」

もっと良い誘い方があるだろうと、内心自分を罵る。しかしリヴァイのぶっきらぼうな言葉も突き放したような誘い方も気にする素振りもなく、ナマエはパァっと顔を輝かせた。そしておずおずと遠慮がちに唇を開く。

「あ、もし、あの、お邪魔じゃなかったら…。私、全然詳しくなくて口コミを頼りに行くんですけど…ちょっと違うというか、いまいちピンと来ないところが多いんです」

「俺がよく行くところはホームページやSNSもやってねぇところばかりだからな。その点ではナマエが探しきれねぇところかもしれねぇな」

「うわぁ…!もし、もしリヴァイさんさえ良ければ…」

「あぁ。俺は構わねぇ」

ありがとうございます、と満面の笑みで何度も頭を下げるナマエを見て、フッと小さく口角をあげた。自分から女を誘うことも、さらにそれがまさか自分のテリトリー内だったことも、リヴァイ自身ですら未だに信じられない気持ちになるが、ここまで喜ばれると悪い気はしない。

「…らしくねぇな」

「はい?」

「なんでもねぇよ」

不思議そうに首を傾げる彼女に緩く首を振り、酒のメニューを手に取った。酒豪のナマエらしい豊富なラインナップに喉の奥で笑うのだった。



リヴァイは苛々した気分を隠しきれず、書類を乱暴に放つ。誰もいないフロアに思ったよりも大きく響いた音がリヴァイの気分をさらにささくれ立たせた。

「クソ…」

悪態は床に落ちた。
エレンとオルオが続けて起こしたミスの処理、そして大型取引の締結が重なってリヴァイは休みどころか休憩も取れない日々を過ごしていた。
ナマエとはあの後二度、休日に紅茶屋を訪れており、それ以外でも何度かメールのやり取りを続けていたが、二週間前を最後に返信が来なくなっていた。

「…今日は帰るか」

間もなく日付けが変わる時間だ。流石にリヴァイ以外に残っている社員はいないらしく、他のフロアも暗闇に包まれていた。
ナマエとの三度目の約束の日、リヴァイはドタキャンせざるを得なくなってしまった。エレンが起こしたミスは部を跨ぎ、エルヴィンすらも召集する事態になってリヴァイも休日返上で会社に向かう羽目になっていた。

『悪い。トラブルで会社に行く。今日は一緒に行けなくなった』

今思えばなんて素っ気なく、味気のないメールだったのか。待ち合わせ時間が迫っていたこともあり、なんとか早く知らさなければと焦っていたことは認めるが、もう少し言い方があっただろうと読み返した時は頭を抱えたくなった。

『大変ですね…。お疲れさまです。私は全然大丈夫です!気をつけて行ってきてくださいね』

ナマエから返ってきたメールには責める様子など一切なく、その後も『お忙しいと思いますが、まだまだ寒い日が続くから気をつけてくださいね』だとか『今度社内でメニューコンペがあるんです。私も紅茶を使ったメニューで応募しようと思います』など、こちらを気遣うメールや近況報告を送ってくれていたのに。
リヴァイが返したメールといえば、『ナマエも風邪を引くなよ』や『お前ならやれる』などといった簡素なものばかりだった。これでも精一杯考えて、時間を掛けて送ったものだと知ればナマエは呆れるだろうか。そもそもリヴァイがメールをきちんと返信するなど、ハンジあたりが知ったらまた頭を掻き毟ってしまうかもしれない。

(…今日も来てねぇか)

ナマエとの約束を反故にしてから三週間、仕事はやっと落ち着きが見えてきた。だがこの二週間ほどナマエから連絡は無く、今日も何も受信しないスマートフォンに大きく溜息を吐いた。
降りてきたエレベーターに乗り込むと、そこにはエルヴィンの姿があって目を瞬く。

「おや、リヴァイじゃないか」

「エルヴィン。お前も残業か」

「私は接待帰りだ。ちょっと確認したい資料があってね」

「…フン。ご苦労なことだ」

「お前こそここしばらく多忙だっただろう。どうだ、落ち着きそうか」

「あぁ。その節はウチの部下が迷惑を掛けて悪かったな」

「いやいや、構わないさ。若者はああして成長していくものだからな」

「おっさんくせぇな」

鼻で笑ったリヴァイの雰囲気にいつもと違う様子を感じて、エルヴィンは幾分低い位置にある後頭部を見下ろした。疲れとも寝不足とも違うような不機嫌さは、彼には珍しいものだ。

「リヴァイ。一杯どうだ」

「お前…まだ飲むのかよ」

「たまにはいいだろ。私はタクシーで帰るつもりだし、お前は徒歩じゃないか」

「…一杯だけだからな」

そうしてエルヴィンが目指したのは、以前ナマエとハンジと飲んだバーだった。このタイミングでこの選択には色々勘繰りそうになるが、エルヴィンが知る由はない。

「で、リヴァイ。何を悩んでいるんだ」

「いきなりなんだ。悩みなんてねぇよ」

「仕事、ではなさそうだな。女か?」

グラスを軽く合わせてすぐ、エルヴィンが楽しそうに両手を顎の前で組んだ。忌々しそうに眉を寄せたリヴァイだが、長い付き合いのエルヴィンに隠し事が出来ないのは経験上理解していた。

「…別にお前には関係ねぇだろ」

「ほほーう。では女というのは正解か」

「チッ…」

「なんだ。また付き纏われてるのか?今度は誰だ。お前がちゃんとしないから…」

「ちげぇよ。まだ何も始まってねぇ」

思わず口を衝いて出た言葉に驚いたのはエルヴィンだけではない。自分はナマエと何か始めたいと思っているらしいと、漸くここで実感する。大きく目を見開いたエルヴィンは、すぐに瞳を弓形にしてリヴァイを見つめる。

「お前が片思いか、リヴァイ」

「…気持ち悪ィこと言ってんじゃねぇよ」

「だが事実なのだろう?まぁその様子だと自分の気持ちに気がついてもいなかったようだが」

エルヴィンの断定に深く眉間に皺を寄せる。面白そうに片眉を上げながら、エルヴィンがカラリとグラスの中の氷を回した。

「今どんな状況なんだ?」

「…約束をドタキャンした。それからメールが来ねぇ」

「ほう…」

渋々と簡潔に応えるリヴァイに、エルヴィンは今度こそ心から感嘆の声を上げる。半ばハッタリで、リヴァイを揶揄うつもりで振った話題が思わぬ方向に転っていきそうだ。

「ドタキャンについては謝ったんだろう?」

「あぁ」

「だがそれからメールが来ないと」

「いや…正確にはその後もたまにメールが来ていたが、この二週間くらいは来なくなった。次の約束も出来てねぇ」

「…ん?お前から連絡はしたのか?」

「いや、してねぇが?」

何の悪びれもないリヴァイの返答に飲んでいた酒を吹き出しそうになった。思わずリヴァイの顔を凝視するが、彼は至って真面目な顔をしている。

「リヴァイ…連絡をしていないのに返ってくるわけがないだろう」

「あ…?」

「だから…次の約束の誘いもしていないんだろう?まずは誘いのメールをして、そこから相手の様子を伺うのが筋じゃないのか」

何故こんな深夜のバーで高校生のような恋愛講義を行なっているのかと、エルヴィンは痛みそうになるこめかみを押さえた。驚いたように鋭い瞳を見開いたリヴァイにその発想はなかったらしい。

「…そういうもんなのか」

「というか…今までどうしてたんだ」

「会った時に次の予定を決めてたからな。改めて連絡するっつうことは…」

「だがドタキャンしたのはリヴァイだろう。謝罪の意を込めてリスケするのが相手への礼儀というものじゃないか?」

仕事では出世街道まっしぐら、向うところ敵なしで相手の気持ちも機敏に察することが出来るリヴァイも、ことに恋愛に関してはポンコツになるらしいとエルヴィンは笑いそうになる口元を必死に引き締める。

「…最低野郎じゃねぇか、俺は」

「確かにな…ドタキャンしたくせにリスケもせず連絡もせず、しかもどうせお前のことだから向こうからメールが来ても無視していたんじゃないのか」

「それはしてねぇ。大した返事は出来てねぇが全部返してる」

「…ほう」

その返答だけで、リヴァイが彼女のことをいかに特別に思っているか分かるというものだ。ハンジやミケあたりに話したら引っくり返るだろう。

「チッ…ハンジに知られたらまたクソうるせぇことになるな」

「なんでそこでハンジが出てくる」

そこでリヴァイから聞かされた話に、エルヴィンは益々興味深そうに碧眼を細めた。あの女性との関わりを鬱陶しがり、付き合ってきた恋人相手にすらその素っ気なさを崩さなかったリヴァイが、まさか同僚の親友に惚れるとは。仕事仲間や部下を大切にするリヴァイは、いくら社内で言い寄られようときっぱり断り、そして社内の人間と関わりがあるような女性たちとも一切の距離を置いていた。それくらい徹底し、自分のテリトリーを守ってきた彼が今それを壊そうとしている。

「まぁハンジにはどやされるだろうな。だがその前にちゃんと彼女に連絡すべきだと思うがね」

「…了解だ、エルヴィン」

「ところで愛しの君の名はなんと言うんだ?」

エルヴィンの気障ったらしい問い掛けに心底嫌そうに表情を歪め、「誰がお前なんかに教えるか」と吐き捨てた。そこに見え隠れする独占欲にエルヴィンは声を立てて笑う。今日の酒は格別うまかった。



『この間は悪かった。来週の土日、どっちか空いているか』

受信した内容にナマエは思わず頬を緩めた。忙しいと思い連絡を控えていたのだが、少しは落ち着いたのだろうか。濡れた髪をタオルドライしながら、素早く返信を打つ。

『お疲れさまです。どっちも大丈夫です』

そうして開きっぱなしだったパソコンに目をやった。社内コンペで使うプレゼン資料が完成しつつあり、そこに踊る紅茶の文字をそっと指先で撫でた。
思い出すのはぶっきらぼうながらも優しくナマエをエスコートするリヴァイの姿だった。意外とよく喋る彼は、紅茶屋でもナマエの興味の持ったものを丁寧に説明してくれて、なんなら店員の話より面白い。リヴァイに触発されてナマエの部屋にもティーポットとティーセットが揃えられていて、今日もゆっくりとミルクティーを飲んでいたところだった。そこにスマートフォンがブブッと振動を伝える。

『じゃあ土曜日はどうだ。車を出す』

『車ですか!?』

『ちょっと距離があるところに連れていきたい。支障が無ければ家まで迎えに行く』

堅い文面から伝わるリヴァイの実直さに胸が打たれる。一気にデートっぽくなった誘いに、知らず知らずのうちに心臓が早鐘を打った。

『お手間かけちゃいますが、よろしくお願いします』

時間はまた連絡が来ることになって、ナマエは思わず両手で頬を挟む。リヴァイに抱いている淡い思いには自分でも気がついているが、相手はハンジの同僚だ。恐らくリヴァイ自身もハンジの後輩ということで目を掛けてくれていて、そこに他意はないのだろうとナマエは肩を落とす。

「でもせっかくだからとことん楽しまなきゃね」

ハンジには以前、リヴァイと出掛けることを伝えていたが、ものすごく微妙な顔をした後に「あんなクソチビオヤジのところに行っちゃやだよ〜!」と泣きながら抱きつかれた。
ハンジを見ていてもものすごく忙しそうだし、役職を持っているらしいリヴァイは更に多忙なのだろう。そんな貴重な時間の中自分に付き合ってくれる優しさに申し訳ないと思いつつ、土曜日を今か今かと待ち侘びるのだった。



「リーヴァーイー、私に何か話すことあるんじゃないのお?」

「…クソが」

がっしりと掴まれた肩を振り払えないのは己に多少後ろめたい気持ちがあるからか。
ナマエとの約束の前日、ハンジに捕まったリヴァイは嫌々ながらも休憩室に連れ込まれていた。

「単刀直入に聞くけど、ナマエと出掛けたりしてるんだって?」

「…だからなんだ」

「明日も出掛けるんだって?しかも車で?あのリヴァイが他人を車に乗せて?」

「別にいいだろ」

「あのさ、はっきり言わせてもらうよ!」

ハンジが鼻息も荒くリヴァイに詰め寄る。リヴァイが顔を背けた先に更に追い込み、バンッと机を叩いた。

「前にも言ったけどナマエは私の大切な後輩で友人だ。あの時は軽い気持ちでナマエを同席させたけど、それを今は心から後悔してる」

「…別にまだ何もしてねぇよ」

「するつもりがあるのが問題なんだよ!リヴァイ、私は今までのあなたの恋愛を全て知ってるわけじゃないけど、知ってる限りは最低だよね!?」

「うるせぇよ」

「恋人なんて名ばかり、断るのが面倒だからたまたま寄ってきたみてくれのいい女を選んで、面倒臭くなったらポイだ。そんな男にナマエを任せるわけにはいかないよ!」

「…あのな」

「ナマエはね、本当に優しくて真面目な子なんだよ。幼い頃色々あって家庭が複雑だったからか、我慢強くて自分の気持ちを押し殺しちゃう子なんだ。ナマエにはちゃんとナマエの気持ちを大切にして、全部包み込んでくれるような男と付き合って欲しいと思ってる」

「それはお前の勝手な押しつけだろ。あいつがそれを望んでんのか」

「少なくとも!ナマエがリヴァイみたいな付き合い方をしたくないだろうってのはわかるよ!」

ハンジの強い語気に押し黙って腕を組む。彼女の言う通り、今までの自分の恋愛遍歴はクソみたいなものだ。そもそも人を好きになる、という感情は遠い昔のことで思い出せすらしない。だがナマエのことを考えると感じる様々な思いがリヴァイの感情をひどく揺さぶった。

「…お前の言う通りだ。俺が女なら、俺みたいな男と付き合いたいとは思わねぇな。勧めもしねぇ」

「分かってるなら…」

「だがナマエの思いは汲んでやりてぇと思うし、笑わせてぇと思う。少なくとも…今まで誰も乗せたことのねぇ車に乗せてやりたいと思うくらいには本気だ」

リヴァイの強い言葉に、ハンジは大きく息を呑んだ。リヴァイが自分の思いをここまで吐露することも、潔癖ゆえに殆ど誰も乗せたことがない車にナマエを乗せてやりたいと思ったことも、全てがリヴァイの気持ちを表している。

「…本気なの?」

「知らねぇよ。今まで知らなかった気持ちだからな」

投げやりな言葉にすら感じる温かい思いをハンジは正確に汲み取った。言いたい言葉を全て呑み込んで、深々とした長い溜息に変える。

「あーあ…こんなことなら、あの時紹介なんかしなきゃ良かったよ」

「フン…諦めろ」

「ま、ナマエがリヴァイに靡かなきゃ済む話なんだけどね!」

あっけらかんとしたハンジの言葉に眉根に深く皺を刻む。格好いいことを言っていたとしても、まだ何も始まってもいなければむしろマイナスからのスタートに近いのだ。

「ナマエのこと、いっぱいいっぱい甘やかしてやってよ。あの子、頑張り屋なんだ」

「…惚れた女を甘やかしてやれんのが男の特権だろうが」

不機嫌そうにリヴァイが溢した言葉に思わず噴出するハンジ。あまりの似合わなさに、笑いすぎて涙が出そうになる。
笑い続けるハンジを蹴り飛ばして、リヴァイは明日のナマエへと思いを馳せた。



迎えた土曜日。
ナマエの家の下まで迎えに行ったリヴァイは、久しぶりのナマエの姿にらしくもなく気分が高揚するのを感じていた。

「お久しぶりです。すみません、お迎えに来てもらっちゃって」

「いや、こっちこそこの間は悪かった」

助手席に誘導されたナマエが恐る恐る車内へ足を踏み入れる。セダンタイプのそれはピカピカに磨かれていて、塵一つ落ちていないようだ。

「…お邪魔します」

「車酔いしねぇか?」

「はい、大丈夫です」

些か緊張した様子のナマエを横目に、リヴァイはゆっくりとハンドルを切った。隣にいるのがナマエというだけで、殊更運転が丁寧になる。
大分走った頃、緊張が解けたのか楽しげな笑みを浮かべるナマエにリヴァイが口を開いた。

「ナマエ、社内コンペがあるんだろう?」

「そうなんです。秋の新作ケーキとドリンクのセットメニューを商品開発部以外から公募することになって。せっかくなので勉強がてら参加することにしたんです」

「面白そうじゃねぇか」

「はいっ。紅茶を使ったケーキとドリンクにしたいんですが、ありきたりのものじゃつまらないなーって。今試行錯誤中です」

「通常業務の傍らだろ?無理するなよ」

「リヴァイさんこそ…。お忙しかったんですよね?そんな中にすみません」

申し訳なさそうに肩を落とす雰囲気が助手席から伝わってくる。グッと強くハンドルを握り直したリヴァイは、柔らかな口調を努めながら言葉を紡いだ。

「いや…確かに忙しかったが…。その、なんだ、メール、悪かったな。素っ気なかっただろ」

「え?リヴァイさんからのメールですか?大丈夫です、気にしてないですよ」

「…そうか」

「それより忙しいところ悪かったなーって思って。本当は色々お話したかったんですけど…」

「だから連絡を寄越さなかったのか?」

大きく頷いたナマエを横目で見て、安堵の息を吐く。ドタキャンに怒っていたわけでも、リヴァイの拙さに嫌気が差したわけでもなさそうだと安心して本題に入った。

「ところでナマエ、お前メッセージアプリをやってると言ってたな?」

「はい、やってますよ。むしろそっちがメインですね」

「…俺も始めた。よく分からねぇから後で教えてくれ」

「えっ!?始めたんですか!?」

「あぁ。部下に聞いたが、そっちならスタンプとかいうやつですぐ返信出来るんだろ?忙しいとメールの返信も遅くなるからな…それならお前にすぐ返信出来ると思ったんだが」

「リヴァイさん…」

自分の為だと自惚れてしまいそうになるのを、ナマエは慌てて首を振って誤魔化した。だがリヴァイが真面目な顔でウサギやら犬やらのスタンプを送っている姿を想像し、思わず笑ってしまう。

「ふふっ、嬉しいです。あとで一緒にスタンプをダウンロードしましょうね」

「…まったくもって分からねぇから任せた」

素っ気なさは照れ隠しだと今なら分かる。真っ直ぐに前を見て運転するリヴァイの端正な横顔を盗み見て、ナマエはこっそり一人微笑むのだった。



その後、何度かデートを重ねたナマエは、リヴァイの不器用な、だが真剣な告白を花が咲いたような笑顔で受け止めるのだった。
そして後日、告白の言葉はなんだったのかとしつこく騒ぐハンジをのらりくらりと交わしていたナマエは、自分だけの大切な思い出をそっと思い浮かべた。

「ナマエが辛い時や苦しい時、一番近くにいるのは俺であって欲しいと思ってる。お前が喜ぶことならなんでもしてやりたい。ナマエ、お前の全部が好きだ」

宝物のような言葉は一字一句思い出せる。
誰にも教えない、私だけのものなのだと心の中でひっそり呟いて、幸せそうな微笑みを浮かべた。


-fin

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