それはたまたま耳にした会話がきっかけだった。

「ナマエさん、リヴァイ兵長とどんなところにデートに行かれるんですか?」

「えっ…デート?」

リヴァイがいることに気がついていないのだろう、偶然一緒になったらしいナマエとペトラの声が耳に入ってきた。今出て行くのは忍びない気がして、資料室の壁に背を預けてタイミングを図ることにする。

「はいっ。リヴァイ兵長がデートしてる姿なんて想像できなくて…」

「うーん…デート、ねぇ…」

「あ、お二人ともお忙しいですもんね。なかなか難しいでしょうか…」

「そうだねぇ…。二人で夜ご飯食べに行ったり、たまに休みが合えば紅茶や甘いもの買いに街に出たり…それくらいかな」

「そうですよね…。私としてはリヴァイ兵長が誰かと食事していることに驚きですが」

「あ、でも顔見知りの店だったり身元がはっきりしてる店では食べてくださるけど…初めての場所ではほとんど召し上がらないよ」

リヴァイのことをよく理解している女性二人だから出来る会話なのだろうが、そこに苦笑混じりの雰囲気を感じてリヴァイもどこか気まずい気持ちが湧き上がってきた。
リヴァイが食事に頓着しないこと、人前で食べることが少ないのはリヴァイの近くにいるものなら周知のことだ。ナマエの前では気を抜くことがほとんどだが、全く見ず知らずの場所ではそれもなかなか難しかった。

「じゃあナナバさんとは?ナナバさんとはどんなところに行かれるんですか?」

「ナナバ?ナナバとはね…」

先ほどとは打って変わって、ペトラの声が明るく弾んでいる。以前ナマエとナナバが並ぶ姿をうっとりと見送っていたり、リヴァイと恋人同士だと知った時に複雑そうな顔をしたりと、ペトラがナマエとナナバの二人をミーハーな気持ちで眺めていることはリヴァイでも想像出来た。
ナマエがナナバと出掛けた場所や店を楽しそうに話している声を聞きながら、リヴァイは眉間に深く皺を寄せる。

「へぇ…本当にお二人は仲が良いんですね」

「そうだね。ナナバと出掛けるとあっという間に時間が過ぎちゃうんだよね」

「リヴァイ兵長とは?」

ペトラの揶揄うような声音に一瞬の間が空いた。聞きたいような、聞きたくないような何ともいえない気持ちのまま何故か手に汗握っている己に気づき、リヴァイは内心舌を打つ。

「リヴァイ兵長とは……」

ナマエが囁いた言葉はリヴァイの耳には届かなかった。資料室の奥に向かったのか、答えたはずのペトラの声も聞こえない。
不完全燃焼な気持ちを抱えたまま、リヴァイは一つの決意を胸に秘めた。



そもそも圧倒的に時間が足りないのが悪い。元々食事や睡眠に執着しないタイプだったが、ナマエと恋人同士になってからは随分気を遣うようになった。それもこれも彼女がリヴァイを心配して悲しむ姿を見たくない一心だが、そのナマエと二人きりで過ごせる時間は本当に少ないといっていい。
付き合う前から休みが重なることはほとんどなかったが、今でもそれは変わらず、リヴァイは意識してナマエと休みを合わせるようにしていた。お互い個室ということもあって仕事終わりに部屋を行き来したり、時間があれば外に出てご飯を食べたり、貴重な休みや半休は街に出たりしていたが、年頃の女性が喜ぶようなデートとやらはほとんど出来ていないのが実情だ。
だがリヴァイとて男だ。惚れた女の、しかもとびきり愛しい女の喜ぶ顔はいつだって見たい。ナナバよりも多く見ていたい、と思うのは間違っていないだろう。

「…それでなんで俺なんでしょうか」

目の前で腕を組むリヴァイを若干怯えた目で見ながら、モブリットは半ば諦めたように呟いた。
ハンジが珍しくしっかりと休みを取っている今日、快適に仕事が進められると喜んでいたモブリットの元にフラリと現れたリヴァイが、いつもの無表情で告げた話に頭を抱えたくなる。

「あ?エルヴィンやクソメガネに話したら面倒なことになるに決まってるからだろうが」

「…そうですか」

「モブリット、お前は良識人だ。ナマエともよく話してるだろ」

「そ、それは他意はなくっ…」

「…今はそれについては不問にしてやる」

僅かに低くなった声に慌てて手を振るモブリット。
一応相談というかたちを取っているはずのリヴァイの自分勝手な嫉妬に胃が痛くなる気がしたが、ここはその悩みを可及的速やかに解決して差し上げて、一刻も早く退室して頂こうとモブリットは心に決めた。

「ナマエが喜びそうなデート、ですか…」

リヴァイの言葉少ない説明から導き出した相談内容に思考を巡らせる。目の前の人類最強と称される男はつまり、可愛い恋人をデートに連れ出したいと悩んでいるらしい。彼らしからぬ、だが一方では彼らしいともいえる悩みにモブリットも真剣に考えることにした。ここで答えを間違えれば、血を見るのは間違いなく自分の方だ。

「あの、ナマエだったらリヴァイ兵長と一緒にいられるだけで喜びそうな気が…」

「そんなことは分かってんだよ。俺だってそれは同じだからな」

「…はぁ」

「だがいつも部屋で茶飲んだりたまに外食するだけじゃ味気ねぇだろうが。なんかねぇのか」

自分は何を聞かされてるのだろうか、と胃どころか頭まで痛んできた気がするが、人類最強の盛大な惚気を聞けるのはもしかしたら役得なのかもしれないと、再度心を奮い立たせた。

「そうですね…。あ、最近女性たちの間では食べ歩きが流行ってるそうですが…」

「…食べ歩き?」

「はい。露店で買ったものを歩きながら食べたり、景色のいい場所で食べながらお喋りしたりするらしいですよ」

「…行儀悪ぃし汚ねぇだろうが」

心底嫌そうに顔を歪めるリヴァイの性質を思い出してモブリットは今度こそ本格的に頭を抱えた。そして、やはりこのリヴァイと楽しそうに付き合っているナマエは大物なのだと再確認する。

「そうでしたね、兵長…」

「だが…ナマエがそれを喜ぶってなら、やってやらんこともない」

「…兵長」

大きな覚悟をしたように絞り出した声に、モブリットも思わず感嘆の声をあげた。あのリヴァイが、あの潔癖で綺麗好きで清潔さに命を懸けるようなあのリヴァイが、ナマエのためならその矜持さえも捨てるという。
そこにナマエへの深い愛を感じて感動のあまり感涙しそうになるが、そこはなんとか堪えた。そして告げる。

「ですが、ナマエも兵長が我慢したり無理するのは喜ばないと思いますよ?やはりこういうのは二人とも楽しめるものが良いかと」

「…そういうもんか」

「まぁある程度の我慢はお互い必要かと思いますが…ナマエの性格的に、兵長に無理してまでデートして欲しいとは思わないと思います」

「チッ…じゃあ何ならいいんだ」

「そうですね…」

大の男が二人して頭を抱えている姿を見たら、兵士たちは何事かと思うだろう。
そもそもデートってこんなに難しかったっけ?と別方向に悩みそうになったモブリットは、ふと先日ハンジとニファが交わしていた会話を思い出した。

「そういえばさっきの話と似通ったものになっちゃいますが…露店市場が開催されるらしいですよ」

「露店市場?」

「はい。各地区からそれぞれの名産を持ち寄って売ってるみたいで…少しですが菓子も出るそうです」

「ほう…」

「一般市民に手が出ない代物でしょうが、見るだけでもナマエは喜ぶでしょうね」

モブリットの言葉に顎に手を当てて考え込むリヴァイ。昨今の食糧難で各地区を回る業者も露店市場を開くまでの余裕がなく、ここ数年は開催されていなかったようだが、今年は何とか開催の目処が立ったらしいとハンジが話していたという。

「…それはいつだ」

恐らく休みの算段をつけるのだろうリヴァイの納得した表情を見て、モブリットもほっと胸を撫で下ろす。これで平穏な時間が訪れる、と嬉々として日にちを伝えた彼に、リヴァイがゆっくりと目を眇めた。

「時にモブリット」

「はい」

「最近ナマエに変わったことはねぇか」

「は…い?というと…?」

「…あいつが妙に男に好かれるのは知ってるだろ。いくら俺らの仲を公表したとはいえ、手ぇ出す奴がいねぇとは限らねぇ」

「いや、まさかそんな…」

「モブリット。お前がナマエと懇意にしてるのはまぁ腹が立たねぇでもねぇが…そこは置いといてやる」

「あの、兵長、俺は別に…」

「これからもちゃんとナマエの周りを見張れ。何か気になることがあったら全部俺に伝えるんだ。いいな」

「…了解」

虚な目で敬礼を捧げたモブリットに満足げに頷き、リヴァイが部屋を出て行く。
リヴァイが恋人だと知って手を出そうとする命知らずがいれば会ってみたいものだ、とまだまだ始まったばかりの朝の日差しの中、全ての気力を使い果たした気がして大きく溜息を吐いた。



ナマエは隣を歩くリヴァイをこっそりと見上げて、顔を綻ばせた。ナマエのような中堅兵士に休日を選ぶことは出来ないため、多忙な中でもリヴァイが彼女に合わせた休みを取ってくれていた。今日は1ヶ月ぶりに休みが重なり、リヴァイに誘われて街に出ていた。

「どうした。随分ご機嫌だな」

「リヴァイさんとこうして一緒に外出するのが久しぶりなので嬉しいんです」

「…そうかよ」

素直に認めるナマエに照れたのか、視線を逸らしたリヴァイを益々笑みを深めた。こうして明るい内から出掛けたことは数えるほどもない。
良くも悪くもリヴァイの顔と名は轟いていて、こうして街を歩くと必ずといっていいほど市民に声を掛けられていた。煩しそうに眉を潜めるリヴァイを見るのは忍びなくて、出掛けるのは主に陽が落ちてからが多かったのだ。

「私、露店市場なんて初めてです」

「俺もだ。モブリットが言うには菓子も出てるらしいぞ」

「えっ!本当ですか!」

途端にキラキラと目を輝かせるナマエが面白くて自然に口角があがってしまう。昨日の夜、ナマエを愛でるためにベッドに引き摺り込まなかった甲斐があったというものだ。
いつも休みの前の夜は心ゆくまでナマエの柔らかい身体と甘い声を堪能し、翌日彼女が起きられなくなるまで可愛がるのがリヴァイの楽しみなのだが、今回は今日のためにとてつもない我慢をしたのだ。不思議そうに首を傾げながらも、リヴァイの腕の中で安心しきったように寝息を立てていたナマエにこの苦しみは分からないだろう。

「…とんだ拷問だったな」

「えっ、拷問っ?」

慌てたように目を瞬くナマエを誤魔化すようにポンっと軽く頭を叩いてやり、そのまま温かい手を取った。

「…見られちゃいますよ?」

「この人出だ。誰も俺らのことなんか見ちゃいねぇよ」

逸れるなよ、と指を絡ませるように握り直したリヴァイに笑顔を向けて、人で溢れる市場に足を進めて行く。
人混みや雑踏を嫌う潔癖なリヴァイにとってはこういう場こそ拷問に近いのでは、と横顔を盗み見るが、その表情は拍子抜けするほど穏やかだ。

「ナマエ、菓子っつーのはあれじゃねぇか?」

指差された方を見れば確かに甘い香りが漂う店がいくつか集まっている。嬉々として足取りも軽いナマエに引っ張られるように店の前に立ったリヴァイは、甘ったるい香りに眉間に皺を寄せた。

「…クソ甘ぇな」

「うわぁ…宝石みたい…」

リヴァイがたまに持って帰ってきていたものよりは劣るようだが、それでも壁内では貴重な砂糖や卵などを使った菓子のようで、ナマエは大きな目を更に大きくしながら魅入ってしまう。

「あ、これ、この前エルヴィン団長から頂いたお菓子だ」

「あ?エルヴィン?」

「はいっ。先日エルヴィン団長のお手伝いをさせて頂いたんですが、その時に…」

お言葉に甘えちゃいました、とにこにこ笑うナマエに罪はない。エルヴィン、あとでしめる、と心に誓い、興味深そうに店を覗き込んでいるナマエを己に引き寄せた。

「リヴァイさん?」

「…好きな菓子を買ってやる。どれがいいんだ」

「えっ、いいですよ!自分で…」

「おっ、旦那、気前がいいねぇ!別嬪さんにはサービスしちゃうよ……ってリヴァイ兵長じゃないですかい」

ここぞとばかりに身を乗り出した商人が、その顔を見て目を丸くした。パッと視線を上げたリヴァイは王都でよく目にするその顔に僅かに目を見張る。

「お前…確か王都の店にいたな」

「覚えていてくださったとは嬉しいねぇ。兵長がこういうところに来るなんて、今日は非番ですかい?」

「…まぁな」

エルヴィンについて貴族の手土産を調達する際にはこの商人を通すことが多く、顔を覚えてしまっていた。小首を傾げるナマエに視線を移した商人がニヤリと笑う。

「ははーん…兵長も隅におけないねぇ。貴族のお嬢さま方の阿鼻叫喚が聞こえるようだ」

「黙ってろ。オイナマエ、何が欲しいんだ」

「えっ、ええと……」

「どんなものが好きですかい?こっちはチョコレートを使ったもので、こっちは砂糖をコーティングした菓子ですよ。この小さいのはキャラメルって菓子です」

困ったように男二人の顔を交互に見るナマエを慮ったのか、商人が優しく声を掛けた。次々と指を差しながらの丁寧な説明に、彼女があっという間に虜になっていくのがリヴァイにも分かった。

「…全部美味しそう…」

「ははっ、そう言ってもらえると売り甲斐があるねぇ!兵士長に好きなだけ強請ってくださいよ」

「そんな…」

甘い香りに辟易したのか、若干離れたところで見守るリヴァイに商人がチラリと目線をやった。距離を取っていてもその視線は鋭く、彼女に何か危害を加える素振りでもしたらすぐさまこの世とおさらばだろう。
その様子にいつも不機嫌そうで仏頂面な男の意外な一面を発見して楽しくなってしまう。

「…ここだけの話、兵長はよく菓子を買って行くんですよ」

「え…?」

「今までエルヴィン団長の護衛みたいな感じで同行してただけなのに、ここ最近ご自分でも選ぶようになってねぇ」

「リヴァイ…兵長が…」

「時にはお一人で来て難しい顔でずーっと悩んでるもんだから、見てらんなくて声を掛けたってわけさ」

今のあんたみたいにね、と片目を瞑った商人に思わず苦笑してしまう。確かにこんなにたくさんの魅力的な菓子があったら目移りして永遠に決まらなそうだ。

「あのリヴァイ兵長が菓子なんてって最初は度肝を抜かれたもんだが…あんたへの贈り物だったってなら納得だ」

「…いつもすごく美味しく頂いてます」

「ははっ、そりゃ良かった!一緒になって悩んだ甲斐があったってもんさ」

そう言って目の前で照れたように微笑む、リヴァイの大切な人らしい彼女に戯けたように笑う。取っつきにくく無愛想なリヴァイが、菓子を選んでいる時だけはほんの少しだけ穏やかな雰囲気を纏うのはこの彼女を思い浮かべていただからだろうか。

「さっ、迷ってんなら俺のお勧めにしとかないかい?そろそろおたくの大事な恋人さんに射殺されそうだ」

「はい…すみません…」

先ほどから視線がどんどん鋭くなっていることにナマエもとっくに気がついていたようで、申し訳なさそうに肩を竦める。
ナマエが気になっていたというキャラメルをおまけにいくつかつけて、商人が手早く菓子を袋に詰めていく。

「…てめぇ。ちゃっかり大量に入れてんじゃねぇよ」

「あっ、リヴァイさん、ごめんなさい、やっぱり私が…」

「ナマエのせいじゃねぇだろ。どうせコイツがお勧めだとか言って適当に詰め込んでやがるんだろうが」

「あっはっは、バレちまったか」

「ふん…てめぇはいつもそうだ」

いつの間にか近くまで来ていたリヴァイが苦々しげに吐き捨てる。ナマエへ買っていく菓子に頭を悩ませるリヴァイに声を掛け、いつもあれよあれよという間に相当数を買わされるのだ。商売上手といってはそれまでだが、ナマエが大喜びするから今まで苦言は呑み込んでいた。

「まぁまぁいいじゃないですかい。幸せな二人に免じて、ちょこっとおまけしときましたからね」

「…ナマエ、これでいいか」

「は、はいっ…というかこんなにたくさん…」

「まぁ…たまにはいいだろ。もらっていくぞ」

「はいよっ、毎度どうも!」

「あ、キャラメル、ありがとうございました…!」

手早く金を払って背を向けるリヴァイ。
ペコリと頭を下げたナマエがその背を追いかける。立ち止まって追いつくのを待ったリヴァイの手が、何か言った彼女の頬を優しく撫でる。そのままナマエの手から菓子の袋を奪い、代わりにその手を包み込むのを商人は遠目から見守っていた。

「…へぇ。菓子より甘ぇじゃないですか」

いいものを見た、と表情を和らげた商人は、次にリヴァイに会った時に勧める菓子の算段をつけながら二人の背中を見送った。



陽が暮れる頃、露店市場を堪能した二人は兵団への帰り道をゆっくりと歩いていた。市場では紅茶の茶葉や陶器なども取り扱っていて、リヴァイは興味深げにそれを見ながらいくつか購入していた。

「今日はありがとうございました」

「あぁ。たまには悪くねぇな」

「リヴァイさんも楽しめたみたいで良かったです」

「…まぁな」

口元を緩めて微笑んだナマエの髪がオレンジの夕陽に照らされている。確かに露店市場は悪くなかったが、それよりも。

「俺は…お前が喜んで笑ってんのを見られればそれでいい」

「え…?」

さぁっと二人の間を抜けていった風がナマエの髪を散らした。手を繋いでいない方の指で額に張り付いた髪を優しく払うと、気持ち良さそうにナマエの目が細められた。

「…あまり外に連れて行ってやれなくてすまねぇな」

「いえっ…!私はリヴァイさんと一緒にいられれば…それで…」

恥ずかしそうに口籠るナマエの腰を引き寄せる。いくら裏道とはいえ、人の目が無いわけではない。慌てたように周りを見渡すナマエの後頭部に手を当て、しっかりと目を合わせる。

「前にも言ったが…行きたいところがあるなら俺が連れて行く。食いてぇもんがあるなら俺も誘え。全部は無理かもしれねぇが…ナマエが願うことはなるべく俺が叶えてやりてぇと思ってる」

「リヴァイ…さん…」

「だから…あまりナナバとばかり出掛けてんじゃねぇよ」

「え?ナナバ…ですか…?」

いきなり飛び出した友人の名にきょとんとして目を瞬くナマエの目に、不貞腐れたように視線を逸らしたリヴァイの姿が映った。
その言葉を理解した途端、じわじわと胸に溢れてくるのは愛しさと歓喜だ。

「ナナバとは確かに出掛けること多いですけど、リヴァイさんへの気持ちとは全然違いますよ?」

「当たり前だ。んなことは分かってんだよ」

「もしかして今日こうしてデートに連れ出してくれたのって…」

「…お前がナナバとばかり出掛けて楽しそうにしてやがるからな」

「もう…変なリヴァイさん」

クスクス笑うナマエの手をやや乱暴に引いて、夕焼けが照らす道を真っ直ぐに歩いて行く。隣に立ったナマエが橙に染まるリヴァイの顔を覗き込んだ。

「今日、本当に楽しかったです」

「…あぁ」

「あの、今度行ってみたいお店があって…。エルヴィン団長の元同期の方がやってるらしいので身元は確かだと思うんです。どうでしょう?」

「…なんでそんなエルヴィンと仲良くなってんだ」

「えっと、別に仲良くは…」

「チッ…俺のことを気にしてくれんのは有難いがな。そんなに気負うことねぇよ。ナマエが行きたいところを素直に言え」

「はいっ」

リヴァイの性格をよく知っているエルヴィンやハンジが、彼でも行けそうな店をナマエにこっそり教えていると知ったらどんな顔をするだろうか。
私たちの行きつけになっちゃうけど、と笑った二人の優しい笑顔を思い浮かべてナマエはそっとリヴァイに寄り添った。
リヴァイと過ごす時間は、場所がどこであろうと甘くて優しくて、いつでもナマエの胸を高鳴らせるものだとどうしたら分かってもらえるのだろう。

「ナマエ」

「はい?」

「明日の朝は早ぇのか?」

「明日は…いえ、昼前の訓練で指導教官をやるだけなのでいつもよりはゆっくりです」

「…そうか」

納得したように頷いたリヴァイの雰囲気がどこか楽しそうだ。どうしたのか、と聞こうとしたナマエは次に呟かれた言葉にピシリと固まった。

「じゃあ今日の夜はそこまで遠慮しなくていいな」

「え…?はい…?」

「早くメシ食って風呂に入るぞ。あぁ、菓子は全部終わってから、今日買った紅茶と一緒に食えばいいだろ」

「全部って…え、あの…」

「…昨日は人の気も知らねぇで気持ち良さそうに寝やがって。おかげでこっちはほとんど寝れてねぇんだよ」

「ね、寝れてないなら今日は早めに寝ましょ…」

「却下だ。次はナマエ、お前が俺に付き合う番だ」

楽しみだな、と滅多に浮かべない笑みすら見せたリヴァイに開いた口が塞がらない。
昨日の夜、リヴァイに抱きつくように丸まって寝ていたナマエの柔肌に何度も手を這わしそうになり、その度に自分を律したリヴァイの目は据わっていた。

「大丈夫だ。明日、きちんと訓練には間に合うように起こしてやる」

「…お手柔らかにお願いします…」

夕陽のせいか、リヴァイのせいか、真っ赤に染まった頬を隠すように俯いたナマエの後頭部を見下ろしながら、「悪くねぇ一日だな」と上機嫌に呟くのだった。


-fin

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