薄く差し込む朝日が眩しくて、ナマエはゆっくりと瞼を開いた。カーテンの隙間から僅かに入る陽光が薄暗い寝室を染めている。
身体に巻きついている逞しい腕からそっと抜け出し、カーテンをきっちり閉めて朝日を遮断した。いつもならナマエより早く目覚め、その寝顔を堪能するか、家事に勤しむリヴァイがまだぐっすりと眠っているのだ。この貴重な時間を、いくら目覚めの光といえども邪魔して欲しくなかった。
(本当に珍しい…。よく寝てる)
ナマエが腕から抜け出した時に身動ぎしたリヴァイに、慌てて枕をその腕の間に差し込んでおいたた。暫くはナマエの代わりに正真正銘抱き枕の役目を果たしてくれるに違いない。
「よしっ…」
なるべく物音を立てないように寝室から出たナマエは、顔を洗って髪を高く結い上げると小さく気合を入れた。まずは朝食作りだ。
リヴァイの貴重な休日の今日、「どこか行くか」と誘ってくれた彼に家でゆっくりと過ごす提案をしたのはナマエの方だった。
「久しぶりの連休なんですし、おうちでゆっくりしましょうよ」
「だが…」
「お出掛けするのも楽しいですけど、リヴァイさんとのんびりしたいなーって」
「…分かった」
ありがとう、と微かに笑ったリヴァイに満面の笑みを返した。同棲していても丸一日ずっと一緒にいられるのは、月に1,2回あるかないかだ。その貴重な日は車を出してもらって大きな買い物をすることが多い。リヴァイはそれを申し訳なく思っているようでたまには遠出をしようと言ってくれるのだが、それではリヴァイがきちんと休めないだろう。
だから今日は家事や外出は必要最低限に留めて、リヴァイにゆっくりと過ごして欲しかった。最も難関である寝起きに関しても奇跡的にクリアしたのだ。幸先は明るい。
リヴァイが起きてきたら一緒に朝食にしようと、サンドイッチ用の食パンを片手に明るい朝日に目を細めた。
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ガチャ、と扉が開く音を耳にしたナマエは、振り返ろうとして首を後ろに向けた。が、その瞬間背中に温かい重みを感じて自然に笑みが溢れる。
「おはようございます、リヴァイさん」
「ん……はよ」
「ちょうど良かった。あと卵を焼けば出来上がりま……うわっ」
「…なんで先に起きてんだよ」
グイッと背後から腰に手を回され、ナマエは慌ててシンクへ両手を突いた。首裏に感じるリヴァイの息が擽ったくて首を竦めるが、拗ねた声音に苦笑を漏らす。
「よく寝てたので…起こさない方が良いかなって」
「起きたらナマエが枕に代わってやがった…」
「あははっ」
不服そうにぐりぐりと額を押し当ててくるリヴァイに声を上げて笑う。珍しく寝惚けているのか、まだ覚醒し切っていないのか、掠れた声と甘えるような仕草に胸が高鳴ってしまう。
「もうすぐ出来ますから、顔洗ってきてください?」
「ん…ナマエ」
「はい?」
「…おはよう」
漸く身体を離したリヴァイがクルリとナマエの身体を反転させた。間近で向き合ったリヴァイの瞳は穏やかで、僅かに跳ねる寝癖すらも愛おしい。
「おはようございます」
コツン、と額を合わせて笑い合う。交わされた二度目の朝の挨拶が一日の始まりを告げた。
▼
ナマエの作ったサンドイッチをペロリと平らげたリヴァイが皿洗いをする姿を横目に、洗濯物を干していく。久しぶりの雲一つない青空に、せっかくだから布団も干してしまおうと思い立って寝室へと舞い戻った。
「よいしょ…っと」
掛け布団と毛布を一気に持っていこう横着をしたのが悪かったのか、よろけた足元を支えることが出来ずにズルリと滑り込んでしまう。その上からそこそこの重さの掛け布団が降ってきた。
「っ、わっ…う…」
「何やってんだ」
真っ暗な視界にバタバタと両手を振り回していると、呆れたような声が布団の向こう側から聞こえてくる。それと同時に視界がパッと明るくなり、瞬いた目にリヴァイの目尻を下げた穏やかな顔が飛び込んできた。
「…お恥ずかしい」
「ったく…無理すんな」
座り込んだまま照れ笑いを浮かべたナマエの頭をポンっと優しく叩き、そのままリヴァイの腕が布団をまとめて抱えあげる。軽々と運ぶその後ろ姿を感心したように見送っていたナマエだが、慌てて立ち上がってベランダで追いついた。
「リヴァイさんっ、私が…」
「ナマエがやったら布団と一緒に落ちちまいそうだ。これからは俺がやるから、お前は無理すんな」
「そんなに鈍臭くありませんよっ。今までだって大丈夫だったんですから」
「ふっ…どうだかな」
不服そうに頬を膨らませるナマエを軽くあしらい、リヴァイが手早く布団を干していく。その隣で布団バサミをリヴァイに手渡しながらナマエがふと思い出したように声を上げた。
「あ、私、あとで買い物だけ行ってきますね」
「何買うんだ?」
「今日の夕飯の食材ですよー。昨日の夜買いに行こうと思ってたのに…」
そう言ってほんのり頬を染めて目を伏せるナマエの様子に、リヴァイの口角が知らず知らずのうちに上がってしまう。昨日共に夕飯を終えた後、今日の時間を有効活用するために、と買い物に出ようとしたナマエをベッドに引き摺り込んだのはリヴァイだった。あんな夜遅い時間に一人で行かせるつもりは毛頭なく、行くならもちろんリヴァイもついていくつもりだったが、それよりも先に久しぶりにナマエの柔らかい肢体と甘い声を堪能したいという欲望があっさり打ち勝ったのだ。
「ナマエ…誘ってんのか」
「え…?」
「んな可愛い顔でそんなこと言われたら、誘われてると思うだろうが」
「な、何言ってるんですかっ!もうっ、今日こそ買い物行ってきますからね!」
耳元まで真っ赤に染め上げたナマエは、身の危険を感じたのか慌ててベランダから離脱した。半ば本気だったが、せっかくナマエがゆっくり過ごそうと気を遣ってくれた休日だ。ベッドの中で夜まで過ごすのは大変魅力的な反面、ほんの少しだけもったいないような気がした。
その気になりかけた煩悩を溜息で逃がし、逃げ出したナマエの後を追おうと振り返ったリヴァイの目がひょっこりと顔を半分だけ出したナマエの姿を捉えた。
「ナマエ?」
「…夜までお預けです。楽しみにしててください…ね」
恥ずかしそうな小さな声でそう告げたナマエが、すぐにまた顔を引っ込めてパタパタと離れていく音がした。まさかの不意打ちに完全に硬直したリヴァイは、片手で顔を覆いながら思わずその場に座り込む。
「…反則だろ」
先ほどのナマエのように耳元まで赤くなっている自覚があった。俺の恋人が可愛すぎるんだがどうすればいい、と本気で悩み始めたリヴァイの背中を、爽やかな風が優しく撫ぜた。
▼
一人で買い物に行こうするナマエとなんとしてでもついていこうとするリヴァイの戦いは、リヴァイに軍配が上がった。すぐに帰ってくるから、と少しでもリヴァイを休ませようとする彼女には感謝しているが、貴重な時間を少しでも恋人と過ごしたいと思う男心も汲んでほしいものだ。
「今日のご飯は何にしましょうかねぇ」
「…ぶりの照り焼きが食いてぇ」
「了解ですっ」
「味噌汁は大根がいい」
「はぁい」
楽しそうに答えながらリヴァイが持つカゴに食材を入れていくナマエ。
毎日の食事作りは大変だろうから無理するな、とリヴァイが声を掛ける度に「じゃあリヴァイさんがメニューを考えてくれたら嬉しいです」と笑うナマエに甘えて、食事は完全に彼女に任せてしまっている。毎日のメニューを考えるのが一番大変だということはどこかで目にしたことがあったし、リヴァイは素直に食べたいものを口にするようにしていた。
明日は宅配か惣菜にして、ナマエを休ませようと考えていたリヴァイの耳に明るい声が届く。
「あ、お酒も買っていきませんか?」
「そうだな。あぁ、この前エルヴィンから土産でもらった赤ワインが冷えてるぞ」
「わ、あれ美味しそうですよね…!じゃあもう一本は白にしますか?それかウイスキー買ってハイボールでも作ります?」
「どっちも買っとくか。ウイスキーなら開けても保つだろ」
酒好きのナマエが嬉しそうに頷いてアルコールコーナーに向かうのを、後ろから見守るリヴァイの瞳はひたすら優しい。
一等地のスーパーらしくアルコールの品揃えも豊富なことに、ナマエがいたく感動していたことを思い出してフッと笑ったリヴァイを、聞き慣れた声が呼び止めた。
「あれ?リヴァイ次長!」
「えっ?あ、ほんとだ…!お疲れさまです!」
「…お前ら」
驚いたように揃って目を丸くしているエレンとアルミンの姿を認めて、リヴァイも僅かに目を見開く。いくら会社の近くのスーパーとはいえ、今まで社内の人間に会ったことはなかったから油断していた。
驚きに硬直していたエレンだが、思い至った事実に目を輝かせながらリヴァイに駆け寄っていく。
「あっ、え、あ!そっか、次長この近くにお住まいでしたもんね」
「お前らは休日出勤か。エレン、許可した覚えはねぇぞ」
「うっ…」
「じ、次長、すみません、違うんです…!」
じろりと睨み上げた視線の鋭さに思わず肩を竦ませるエレンを、アルミンが慌てて庇う。なんでもアルミンが請け負っている商談が近く、そのプレゼンの練習にエレンが付き合っているらしい。今は休憩がてら昼食を買いに来ていたようだ。
「練習でもなんでも業務の一環に違いはねぇ。ちゃんと時間外申請出して金はもらえよ」
「ですが…」
「アルミン。いずれ入ってくるお前らの後輩にも、プレゼンの練習は残業にならねぇと教えるつもりか?」
「い、いえっ…!」
「ならきっちり請求することだ。それにお前が請け負っている例の商談はでけぇもんだろうが。エレンなんかじゃなくてエルヴィンに付き合ってもらうのが筋ってもんだ」
「…申し訳ありません」
「まぁ同期が気安いのはわかるがな。部署が違う以上お互い分からねぇこともある。エレン、お前も今回だけは許可してやるから申請出しとけよ」
「り、了解ですっ!」
しゅん、と肩を落としてしまった二人を見て内心舌打ちをする。休日に、しかもナマエを待たせてまでこんなスーパーでする話では無かったと部下二人にも申し訳なくなったその時、柔らかい声が背中からリヴァイの名を呼んだ。
「リヴァイさん?どうしました?」
「…ナマエ」
立ち止まったリヴァイを不審に思ったのか、選んだアルコールを手にこちらに戻ってきたナマエの姿を目にした二人の顔が、再び驚愕の色に染まっていく。
二人に目を留めたナマエも、大きく目を見開いたと思ったら申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ…もしかして会社の方ですか?」
「まぁな。話したことあっただろ。この間の海外出張で一緒になったエレンとアルミンだ」
「初めまして。ナマエ・ミョウジと申します」
「うわっ、え、あ、すみませんっ、あの、エレン・イェーガーです!」
「あ、アルミン・アルレルトです!」
直立不動で挨拶を交わす部下二人と、丁寧に頭を下げて笑ったナマエをリヴァイはどこか不思議な思いで見ていた。己の部下と恋人が言葉を交わす日が来るなんて以前のリヴァイなら考えられなかったことだ。
「…オイ、さすがにここじゃ邪魔になる。ナマエ、酒は決めたのか」
「あっ、はい。カゴに入れときますね」
「面倒くせぇからお前らの分も寄越せ。ナマエ、こいつら連れて先に出てろ」
「えっ、リヴァイ次長!?」
二人の手から昼食を奪い取ったリヴァイがカゴを手にスタスタと歩き出してしまった。ぽかん、とその後ろ姿を見送った三人は何となく顔を見合わせて、言われた通りにとりあえずスーパーを出る。
「あの、お邪魔してすみません!」
「えっ…?」
「デート中、でしたよね?すみません!」
エレンが勢いよく頭を下げたのに倣い、アルミンも申し訳なさそうに肩を落とした。きょとんと目を丸くしたナマエは、にっこりと笑って軽く手を振る。
「いえいえ、全然。お二人はリヴァイさんの会社の方なんですよね?こんな休日まで…お疲れさまです」
「い、いえっ…!まさかリヴァイ次長にお会いするとは思わず…怒らせちゃいました。すみません」
「ご、ごめんエレン…僕のせいで」
「アルミンのせいじゃねぇよ」
慰め合う二人の様子に首を傾げるナマエ。リヴァイのあの様子は、怒っているというよりもどちらかというと。
「…リヴァイさん、全然怒ってないと思いますよ?」
「えっ…?そ、そうですかね…?」
「はい。詳しくは分かりませんけど、怒ってるというより、ちょっと気まずそうな…居た堪れなそうな感じに見えましたけど…」
会計を済ませるリヴァイを遠目に窓越しに見るナマエを、信じられないような目で見つめていたエレンが感心したように口を開く。
「はぁー…さすがリヴァイ次長の恋人さん…。俺、次長の機嫌の違いなんて全然分からないです」
「ちょ、ちょっとエレン!失礼だよ!」
「ふふっ、私だって分からないですよ?さっきのはなんとなくです」
リヴァイがたまにナマエをちょっとだけ怒らせたり、拗ねさせたりした時に見せる様子と似ているのだと、流石にそこまでは伝えられなくて笑って誤魔化す。
ナマエが来る前にどんな会話がなされたのかは分からないが、怒らせたと二人が言ってるのなら、休日に会った部下に説教染みたことを言ってしまったのを後悔しているのかもしれない。
「あの、ミョウジさんってリヴァイ次長とお付き合いされて長いんですよね!?」
「エレン、あんまり聞くとそれこそ次長に怒られるよ」
「リヴァイさんって随分怖がられてるんですねぇ」
「えっ、いや、あの…!」
「こ、怖いですけど、すっごい細かく見てくれますし、厳しい中にもちょっとは優しさがある……よな、アルミン!」
「う、うんっ!あの、とても優秀で次期部長だとも言われてるんです!厳しいですけど理不尽なことは絶対言わないですし、さっきみたいな優しいところもあるんです!ね、エレン!」
「そうっ、そうなんです!あ、ミョウジさんのことはすっげぇ溺愛してるってハンジさんが…」
「エレン、余計なこと言っちゃ駄目だよ!」
「やべっ…今のは忘れてください!」
「ふふっ…あははっ、そんなに必死にならなくてもリヴァイさんには言いませんよ」
必死の二人のフォローを興味深げに聞いていたナマエが、ついには堪えられなくなったように笑いを溢した。ホッとしたように、気まずそうに目を見交わす二人も照れ臭そうな笑みを浮かべた。
「あの、リヴァイ次長がミョウジさんのことを溺愛してて一筋だっていうの、リヴァイ次長の周りでは有名な話なんです。な、アルミン」
「はい!この前の海外出張の時も、ミョウジさんのこと、すごく気に掛けてました」
「イェーガーさんとアルレルトさん、でしたよね?ありがとうございます。ふふっ、恥ずかしいですね」
「あ、エレンでいいですっ!」
「僕も、アルミンでいいです」
「じゃあお言葉に甘えて…。私もナマエって呼んでください」
目を細めてはにかんだナマエに思わず見惚れてしまった二人の背後から聞こえた低い声が、穏やかだった雰囲気をすっぱりと断ち切った。
「…オイ。随分楽しそうじゃねぇか」
「ひっ…!」
「リ、リヴァイ次長、ご馳走さまです!」
「リヴァイさんっ。お会計と荷物、すみません」
「あぁ。悪かったな、待たせて」
顔を蒼ざめた二人とは裏腹に、ナマエはどこまでも穏やかで柔らかい雰囲気を崩さない。そんな彼女を見つめるリヴァイの瞳の優しさに、二人は愕然とした気持ちで思わず凝視してしまった。
その視線を受け取ったリヴァイは、ぎろりと二人を睨めつけて買った昼食を渡しながら口を開く。
「オイ、エレン、アルミン。とっとと飯食って終わらせろ。だらだら残ってんじゃねぇぞ」
「はっ、はいっ。行くぞ、アルミン!リヴァイ次長、ナマエさん、失礼します」
「次長、ナマエさん、ありがとうございました」
「こちらこそ。頑張ってくださいね」
「…さっさと行け」
ペコリ、と頭を下げた二人に倣ってナマエも軽く頭を下げ、駆けていく二人を見送った。
小さくなる後ろ姿からリヴァイに視線を移したナマエは、その不機嫌そうな横顔を見て目を瞬いた。
「どうしたんですか?」
「…この短い間に随分仲良くなったみてぇだな」
「そうですか?あ、ごめんなさい…リヴァイさんの会社の方と会うの、やっぱり良くないですよね」
「…は?」
思い至ったように首を竦めたナマエを咄嗟に見下ろしてしまう。その表情はすまなそうで、ほんの少し寂しさを湛えていた。
「あの、やっぱり買い物とかは一人で行きますよ?今みたいに会社の方と会わないとは限りませんし…」
「…何の話だ?」
「えっ?あの、リヴァイさんがちょっと不機嫌そうだったのって、会社の方に会っちゃったからじゃ…?」
困ったように眉根を寄せるナマエに漸く合点がいった。ナマエは、リヴァイが彼女と会社の人間を会わせたくないと思っていると勘違いしているようだ。大きく溜息を吐いたリヴァイは、益々不安そうな色を濃くするナマエの額を軽く弾いた。
「いたっ…」
「変な勘違いしてんじゃねぇよ。俺が言ってんのは、いつの間に名前を呼ばせる仲になったんだってことだ」
「え、ええ?」
「…いくら俺の部下といえど、男にあまり愛想振り撒くな。どこでお前に惹かれる奴が現れるか分からねぇからな」
「…はぁ」
憮然とした表情のまま、ナマエの手を引いて歩き出すリヴァイの顔を半歩後ろからまじまじと眺めてしまう。彼らと一緒にいさせたのはリヴァイの方ではないか、と言い掛けるが、思わぬ彼の一面を見れたことに頬を緩めた。
「大丈夫ですよ。リヴァイ次長を怒らせたらすっごく怖いみたいですし?そんな人の一応恋人に手を出そうとする人なんていませんよ」
「…オイ。あいつらと何の話をしてたんだ」
「リヴァイさんがとっても優秀で頼りになる上司だってお話を聞いてました」
「…どうだかな」
楽しそうなナマエを横目にリヴァイは微かに目尻を和らげた。彼女は盛大な勘違いをしていたが、会社の仲間や部下にナマエのことを大いに自慢して回りたい気持ちと、誰にも見せず自分の中で囲っていたい気持ちが常にせめぎあっているのだと、そんなことをわざわざ告げる必要はないだろう。
「私もリヴァイ次長の下で働いてみたいなあ」
「…ほう。こき使ってやるよ」
「あ、やっぱりやめときます」
「しかし…ナマエに役職で呼ばれるのはなかなかクるものがあるな」
「何言ってるんですかっ、もう」
ペシっと軽くリヴァイの肘を叩いて頬を赤くしたナマエだが、今夜はそういうのもアリだな、とリヴァイが内心ほくそ笑んでいるのも露知らず、「おつまみ、何作りましょうか」と楽しそうに笑顔を向けた。
▼
こんなにゆったりとした休日は久しぶりだ、と夕食を用意するナマエの後ろ姿を見守りながらリヴァイは小さく息を吐いた。珍しく持ち帰りの仕事もなく、休日の電話も鳴らなかった今日、ナマエと一緒にしっかりと休日を満喫出来たのだ。
「…悪くねぇな」
「はい?何ですかー?」
「なんでもねぇよ」
リヴァイの小さなひとり言を捉えたナマエが振り返る。緩く首を振ったリヴァイに笑いかけ、また洗い物に集中し始めた。
新聞を片手にぼんやりとその姿を見つめていたリヴァイがおもむろに立ち上がる。そしてそっと近づいたその柔らかな身体を後ろからすっぽりと包み込んだ。
「わっ、どうしました…?」
「…何か手伝うことはあるか」
「んー…あとはぶりを焼いて、ご飯炊けるのを待つだけですから大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「そうか」
チラリと炊飯器を見ると、あと30分で炊き上がると示している。短いが仕方がない、とあっさり自己完結したリヴァイは、まとめられた髪のおかげで露わになっているうなじに甘く噛みつく。
「んっ、リヴァイさ…ん?」
「…腹減った」
「もうちょっと…あと30分くらいですから。あ、紅茶でも…」
「いや、いい」
拘束から抜け出して茶葉を取ろうとするナマエの腰をゆっくりと撫であげる。びくり、と身体を震わせたナマエが慌てて振り返った。その頬は美味しそうに色付いている。
「あの、リヴァイ、さん…」
「…夜のお楽しみ、と言っていたな」
「あれはっ…というかご飯がまだですからっ…」
「…そうだな。まずは腹ごしらえ、だな」
納得したようなその呟きに不穏な空気を読み取って、ナマエはひくりと頬を引き攣らせる。しゅる、と簡単に外されたエプロンが床に落ちた。
「りば、リヴァイさ、っ、待って…!」
「最高の休日だな」
ありがとな、と耳元で囁いたリヴァイの熱い吐息に崩れそうになる膝を必死に堪えて、ナマエは潤んだ瞳を向けた。そしてそこに、はっきりとした熱情を秘めた青灰色を見つけて、諦めたようにそっと目を閉じる。重なった唇はどこまでも優しく、熱い想いを伝えるものだった。
結局夕食にありつけたのはそれから2時間後で、ぐったりとソファーから起き上がれないナマエの代わりにリヴァイが最後の仕上げを任されていた。
その後ろ姿はひどく上機嫌で、テーブルに皿を並べる動きもいつもより軽やかに見えるほどだ。
「…もう。ちょっとは我慢してくださいよう…」
「馬鹿なこと言うな。ナマエを前に我慢なんざ出来るはずないだろ」
投げた恨み言は見事に両断された。本当はまだまだナマエに触れようとしていたリヴァイを何とか宥め、不満そうな彼に「せっかく作ったご飯が…」と悲しそうに告げたことで一時休憩となったのだ。この後のことを考えると頭が痛みそうだが、とりあえずは頭の隅に置くことにする。
「…アルミンさんとエレンさんがこんなリヴァイさんを知ったらびっくりしちゃいますよ?」
「はっ…ナマエだけが知ってりゃいいだろ」
そう言って落とされたキスはどこまでも甘い。
嬉しそうに目を細めたナマエに再び手が伸びそうになるが、そこは根性で捻じ伏せた。
「ほら、立てるか?食うぞ」
「はいっ」
伸ばされたリヴァイの手をひと回り小さなナマエのそれが握る。ギュッと握られた温もりが何よりも嬉しくて、ナマエはリヴァイに気がつかれないように小さな笑みを溢したのだった。
-fin
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