季節は梅雨。夏の到来を目前に控えたこの季節は、ジメジメとした蒸し暑い時期である。
少し、だるくなりがちな季節の中で私は、今日も今日とて、祓魔塾に通う。

「夏休みまでそろそろ一ヶ月半切りましたが、夏休み前には今年度の候補生認定試験があります。候補生に上がるとより専門的な実践訓練が待っているため、試験はそうたやすくありません。」

そう説明したのは、祓魔塾講師奥村雪男くん。
その言葉を復唱するように、前の方に座る燐は、候補生という単語を口にする。
候補生とは、現在の私達、訓練生の一つ上のくらいに当たるものである。
祓魔師になるためには必ず通らなければならない所であるため、この試験に落ちる訳にはいかない。

不安が押し寄せる私の表情は、きっととても固くなっているに違いない。

「…そこで来週から試験のための強化合宿を行います。合宿参加するかしないかと…取得希望称号を、この用紙に記入して月曜までに提出してください…」

雪男くんのその言葉に少し不安が薄れると共に、配られた紙に目を通す。
ただでさえ不安なのだ、合宿は当然参加に丸をつける。
そして、その下へと視線を移し、私は紙とにらめっこを始める。

称号かぁ…。漠然と祓魔師になる!っていのは決めていたけど、称号まで決めてなかった…。どれがいいんだろう…。そう考えると、私の志望動機って軽いよなぁ…。

改めて私の考えのなさに、自分自身で落胆しつつ、紙を見つめうーんと唸る。

「…さん。結崎さん。」
「え、はい!何?」

自分のことに集中しすぎていたようで、全く周りが見えなくなっていた。誰かから呼びかけられた声にハッとして、顔をあげれば、通路を挟んだ向こう側で、三輪くんが心配そうにこちらを見ている。

「何や、怖い顔してはりましたよ?具合悪いんですか?」

そう言って、本当に心配してくれた三輪くんに慌てて弁明する。

「ごめん!違うの!全然そういうのじゃなくて。私、称号何取るか決めてなくて…。」

そう言いつつ、少しずつ尻すぼみになっていく言葉。しかし、それを聞いて三輪くんはニコッと笑ってくれる。

「なんや、そうだったんですか。それなら良かったです。」
「ごめんね。ありがとう。」

ホッとしたように笑う三輪くんにお礼を言うと、今度は私も笑いかける。
すると、そこに居た志摩くん、勝呂くん、の2人は、私に向いて、すこし意外そうな顔を向け、燐は机の上の紙に向かっている。

「結崎さんは、もう決めとると思ってたわ。」
「うんうん。伊織ちゃん、全部成績ええみたいやし、そこら辺もきっちり決めてはると思っとったわ。」

そう言って、意外そうな表情を浮かべる2人に対して私は苦笑いを返す。

「全部ってほどではないよ?それに、特別良いわけでもないしね。勝呂くんには全然かなわないし。祓魔師になるっては決めてたけど、称号まで考えてなくて…。」

そう言うと、勝呂くんと志摩くんもうーんと唸り始める。

「伊織ちゃん、実技の時も結構動けとるし、竜騎士や騎士も行けるんやない?危ないからオススメしやんけど。」
「それなら、医工騎士とかどうや?結崎さん悪魔薬学も苦手やないやろ?」
「それなら、詠唱騎士とかはどうです?」
「うーん…」

二人も一緒に考えてくれているようで、様々なら提案をしてくれる。
しかし、これというものもなく、先程と同様また唸るのみになってしまう。
もう、拉致があかなくなり、申し訳ないので私は皆に聞いてみる。

「皆は何を目指すの?」

そう聞けば、燐も顔を上げる。

「僕は詠唱騎士を目指すんです。」
「俺もやよー。」
「俺は、騎士だな。」
「俺は、竜騎士と詠唱騎士を取るつもりや。」

4人ともぱっと言われてしまうと、やっぱり決めなければと思ってしまう。
そう思って、俯き気味にいると、勝呂くんが口を開く。

「まぁ、月曜までって先生も言ってはったし、もう少しゆっくり考えたらええんとちゃうか?」
「そうだね…。ありがとう。もう少し考えてみるよ!皆、相談に乗ってくれてありがとう。」

そう言って笑えば、勝呂くんは困ったことがあればまた聞けばいいと言ってくれた。
最近どんどん、勝呂くんの印象が良くなっている。最初は怖いイメージしか無かったけど、優しいし、面倒見もいい。とっても頼りになる男の子である。
また困ったら、相談しようと小さく心に決めるのだった。

次の時間は魔法円・印章術の授業である。
ネイガウス先生の授業で、今回は自ら悪魔を召喚してみるのだという。

「これから悪魔を召喚する。図を踏むな魔法円が破綻すると効果は無効になる。そして、召喚には己の血と適切な呼び掛けが必要だ。」

まずは先生が手本を見せるために、魔法円を描き、生徒をそれの周りへと集める。
手に巻かれた包帯を取ればポタポタと垂れる血に私は、少しの嫌悪感を感じるが、それでもただただ、それを見る。

「"テュポエウスとエキドナの息子よ求めに応じ出でよ"」

その呼び掛けに応じるように現れた悪魔はあたりに異臭を振りまく。
屍番犬と呼ばれる悪魔で、見た目はあまり見ていて心地の良いものではない。

「悪魔を召喚し使い魔にすることができる人間は非常に少ない。悪魔を飼い慣らす強靭な精神力もそうだが、天性の才能が不可欠だからだ。」

超列な匂いに圧倒されながらも、先生の話を聞く。

「今からお前達にその才能があるかテストする。先程配ったこの魔法円の略図を施した紙に自分の血を垂らして思いつく言葉を唱えてみろ。」

それを合図とするように、神木さんが唱えると、そこには2体の白狐が姿を現した。

「うおお!何だあれ!スゲー」
「白狐を2体も…見事だ神木出雲」

ネイガウス先生と燐が賞賛の声を上げれば、神木さんは誇らしげに立っている。

「すごい…出雲ちゃん…私全然ダメだ…」
「当然よ!私は巫女の血統なんだもの!」

そう言う神木さんに続き、皆召喚しようと頑張る。
しかし、隣の勝呂くん達も召喚出来ないようだった。
そして、そんな中で成功させた神木さんに対して、キラキラとした尊敬の眼差しを向ける子が1人。
杜山しえみちゃんである。すごく輝いた目をする彼女に、私はチラリと視線を向ければ、控えめに「おいでおいで」と呼んでいるのが目に映る。
その掛け声で来るのかと首を傾げれば、次の瞬間ポンッと小さな悪魔が現れた。そして、それはしえみちゃんにとびつくと、彼女に頬擦りをした。

「す、すごい…」

思わず感嘆の声を零せば、しえみちゃんと目が合う。きっと聞こえたのだろう。それに、ニコリと笑いかければ、少し顔を赤らめている。そして、ハッとしたかのように神木さんの方へ振り向くと、彼女の名前を読んだ。

「ねぇ神木さん…わ、わわ私も使い魔出せたよ!!」

そう言えば明らかにむっとした顔で、しえみちゃんをみる神木さん。

「…へぇ〜スッゴーイ!ビックリするくらい小ッさくて、マメツブみたいでかわい〜!」

明らかに、嫌味が混じっているが、それに気づいていないのか、素直にお礼を言う杜山さん。
少し可愛そうな気もするが、彼女自身が気にしていないことを言うのも違うと思う。

そして、大体の皆が終わる中、私はただただ紙とにらめっこ。
スッと目を閉じ集中してみる。しえみちゃんや神木さんの声が聞こえる…。聞こえる…。
視界を封じ、耳からの音を徐々に脳が拒絶していく、一瞬の無音と同時に脳を駆け巡る言葉。






「"西を守護せし霊獣よ、その姿ここに顕現せよ。急急如律令"」





ふと、思い浮かんだ言葉を小さく呟けば、ブワッと風が巻き起これば、目の前にトンッと降り立つそれに目を移す。
神木さんの白狐よりも少し小さいそれは、白く綺麗な毛並みをしており、虎模様。

いきなりの事に、全員が唖然とする。私ですらぽかんと口を開く。
その顔に明らかに嫌そうな表情を浮かべるのは、私がたった今召喚したものである。
複雑そうな顔を浮かべたあと、私の前までやって来るそれは、白い少し大きなトラ猫である。
そして、私を見上げるその猫に頬を緩めそうになるのを必死に抑え、しゃがみ目線を合わせる。
すると、猫はトンっと飛び上がったかと思えばクルッと翻った。

「何を笑っておる!」
「ぶっ!」

いきなりの事で、一瞬何が起こったかわからないまま痛む顔を抑えて蹲る。周りにいた皆も驚いたように私の名を呼ぶのが聞こえた。

け、蹴られた!?

「い、痛いぃ…」
「これくらいも避けれんのか……情けない…」

そう言いながら、前足を毛ずくろいする姿が目に映る。こ、この悪魔嫌いだ!!
顔をさすりながらいれば、ネイガウス先生はそのまま話を続ける。

「今年は手騎士候補が豊作のようだな、悪魔を操って戦う手騎士は祓魔師の中でも数が少なく貴重な存在だ。まず悪魔は自分より弱い者には決して従わない。特に自信をなくしたものには逆に襲いかかる。さっきも言ったが使い魔は魔法円が破綻すれば人を解かれ消えるので…もし危険を感じたら、紙で読んだ場合紙を破くといいだろう」

そう言って、授業はそのまま終わってしまった。
この、なんとも態度のでかい白いトラ猫を残して…。

どうすればいいのか迷っていれば、苦笑いを浮かべながら寄ってくるのは、勝呂くん3人組と燐。

「結崎さん、大丈夫ですか?さっき思いっきり蹴られてましたけど。」
「う、うん。大丈夫だよ。痛かったけど…。」

そう言って、笑えば白いトラ猫は私の横に来ると、飛び上がり私の肩に乗る。
それに足をふらつかせたのを見て、一番近くにいた志摩くんと燐が手を伸ばしてくれるのが見えるが何とか耐えきると、その猫に視線を向けた。

「あのぉ…お、重いんですが…。」
「あ?」

少し控えめにいってみるが、態度のでかさは変わらない。やっぱりこの悪魔嫌いだ!!


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