ミドルレンジ | ナノ


▼ 体育館戦争

絶対に好きにならないと約束して引き入れた未来のエース候補。そんな人気者の仙道彰が強豪たる他の部からの誘いを蹴って廃部寸前のバスケ部に入部したというニュースはすぐに学校中に知れ渡っていた。

そんなこととは露知らず、今日も肩身の狭いバスケ部の運動場の隅にひっそりとあるバスケットコートで練習していた。

「ハンズアップ!ハンズアップ!もっと両手あげて」

そう叫んでみても部員は10人にも満たない少人数。できる練習といえばそれぞれの体力強化とハーフコートを使っての3on3くらいだった。もっと人数を増やさなければ試合を意識した練習もできない、ストップウォッチ片手にため息を漏らせば練習を終えた部員たちが汗を拭いながら近付いてきた。

「なあ、俺たち一体いつになったら体育館で練習できるんだよ」
「うん、申請はしてるんだけどね…この人数じゃやっぱさ」

学校側としては部員もままならないバスケ部よりも試合で結果を残せそうな部活に体育館を使わせたいのだ。勢いある部を優遇するのは分かるがまともな環境で練習ができなければ弱い部が這い上がることもできないと、教頭に直談判したのは先週のこと。

「来週には使えるみたいだから、今はここで──」
「わりぃ…遅くなった」

言葉を遮るように現れたツンツン頭の長身の男に部員たちの視線は一斉に集まる。謝罪の言葉とは裏腹に片手をあげた仙道はのほほんとしていた。

「おい…あれって一年の仙道じゃねぇか…」
「なんでバスケ部なんかに」

当の本人はそんな視線も気に留めずに錆びれたコートをきょろきょろと見回していた。

「へぇ…バスケ部なのにこんなとこで練習してんのか」

ナマエはぎくりと肩を震わせた。せっかく引く手あまたのエース候補が入部してくれたというのに練習場所が野外というのはなんとも申し訳ない。う、と言葉を詰まらせていれば、やっぱりのんびりとした声が降ってきた。

「ま、今くらいの時期は外でやんのも気持ちいいよな…」

にっこりと笑った仙道にナマエも苦笑を返したが、背後で固まったままの部員に気付くと慌てて振り返った。

「あ、紹介します。今日からバスケ部に入部した仙道くんです」

一瞬にして静まり返ったコート、そのわずかな静寂の後にぱちぱちと小さな拍手が起こった。ちなみに拍手をしているのは一年の田中と佐藤だけだ。

「あーどうも、仙道彰です。バスケットは未経験でーす」

なんて本当にやる気あるのかとツッコミたくなるような挨拶をする仙道に部員たちはそれぞれ顔を見合わせ、あの噂は本当だったのかなどと呟いている。

「それじゃあ仙道くんはドリブルからね」

その大きな体をコートの端まで移動させるとじっと目を凝らした。なんといっても未来のエース候補、その実力はどんなもんかと思いきや…

「おっと…」

さっそく足に引っかかったボールはコロコロとコートの方へと転がっていく。思わずナマエの目は点になったが仙道はわりぃわりぃと仕切りなおした。そのドリブルはどう見ても素人に毛が生えた程度で…

(あれ…この前見かけた時はもっと出来たように思えたけど…気のせいだったのかな)

腕を組みそんなことを考えていればふいに声がかかった。

「張り切ってんのはマネージャーだけって感じだな」
「え…」

ドリブルをしながら笑った仙道の視線の先には、部活、というより遊びの延長でバスケを楽しむ部員たちの姿があった。

「こ、これからよ…」
「まあ、オレは熱血みたいなの苦手だから好都合だけどな」

そう言ってへらりと笑う仙道にナマエは今日一番のため息をついた。皆のモチベーションがあがらないのも無理はない。使えない体育館に、増えない部員。もしかしたらこのまま廃部の可能性だってあるのだから。


***


翌週になると、ようやく体育館の使用の許可が下りた。放課後になったらすぐに体育館へ向かうつもりのナマエだったが、ほとんど練習にさえ顔を出したことのない形だけの顧問に職員室まで呼び出されていた。

「えっ練習試合ですか…!?」
「今年は人数もいないし断ろうと思ってるんだが…」

バスケットのバの字も知らないであろう古典の教師、倉持は熱いお茶を啜りながら面倒くさそうに呟いた。毎年この時期になると恒例の練習試合があるらしい。

「待ってください!なんとか練習試合までに人数集めてみるので…もう少しだけ待ってもらえませんか?」

その必死な形相に倉持も頷くしかなかった。ぺこりとお辞儀するとナマエはその足で体育館に向かった。とりあえず交代要員も含めてあと数人、なんとか人数を増やさなければ…。

呼び出されたせいですっかり遅くなってしまったナマエはちらりと腕時計を見る。今ごろ皆はウォームアップを始めた頃だろうか…そんなことを考えながら体育館に辿り着くと、何やら入り口が騒がしい。スポーツバックを抱えて階段を駆け上がると見慣れたバスケ部員たちの姿があった。

「どうしたの、こんなところで…練習は?」
「見りゃ分かるだろ…俺たちバスケ部に使わせるコートはないってよ」
「え…」
「閉め出されたんだよ俺たち…」

その不貞腐れた様子に急いで扉を開ければ、バスケ部が使うはずのコートは男子バレー部のサーブ練習に使われていた。

「そんな…」

唖然と立ち尽くすナマエに一人のバレー部員が近付いてきた。その生意気そうな顔には見覚えあった。確か同じクラスの澤田という男だ。

「先輩がコート使わせてほしかったら仙道をバレー部に寄越せだってよ」

澤田がくいっと親指を向けた先にはバレー部の三年生がこちらを見てニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。ある程度予想はしていたがこれは悪質な嫌がらせだ。澤田は得意気に続けた。

「大体、お前ら目障りなんだよ…俺だって本当は中学でもバスケ続けたかったのによ」
「だったら今からでも入部すればいいじゃない」

あんたみたいな性格悪い奴はごめんだけど、と続ければ澤田は忌々しく舌打ちをした。

「誰がこんな弱小部…」

吐き捨てられた言葉に今度はナマエが忌々しく眉根を寄せた。

「澤田くん、バスケ経験者って言ったよね」
「だったらなんだよ」
「ポジションは?」
「スモールフォワード」

得意気に鼻を鳴らす澤田にナマエはブレザーの袖をまくりあげた。

「ふーん…言っとくけど私、仙道くんも体育館も両方諦めるつもりないよ」
「ああ?」
「仙道くんが欲しいなら私に勝ってからにしてよね」
「なんだとぉ?!」

二人のそんなやりとりは体育館中に響いていた。バレー部の三年生たちは二人を煽るようにいいぞ、やれやれ、と野次を飛ばす。不安気に見つめるバスケ部をよそにナマエは制服のままスポーツバックからバッシュを取り出すと簡単にルールを説明した。

「いい?ルールは至ってシンプルよ、ハーフコートの1on1で先に10ゴール決めた方の勝ち」
「なんだよ…ハンデなくてもいいのか」
「甘くみないでよね…私が勝ったら仙道くんも体育館についても文句はなしよ」

異存はないかと確認するナマエに澤田が後ろを振り返ると、三年生は問題ないからぶちのめしてこいと指示を送る。

「よーし、女だって容赦しねーからな」
「のぞむところよ!」


***


仙道がそれを耳にしたのは、ほぼ寝て過ごした美化委員の集まりが終わった頃だった。未だにうつらうつらとしていた頭を横に振って、ぼちぼち行くかな…なんて呟いていると教室の扉が勢いよく開いた。

「大変だ!バスケ部マネージャーがバレー部の澤田と仙道をかけて勝負だってよ!」
「えっ…」

我のことながら素っ頓狂な声がでた。自分の知らない間に何が起こってるんだと首を傾げる仙道に教室中の視線が集まっていた。


***


仙道がひょっこりと顔をだした時には既に体育館に人だかりが出来ていた。ハーフコートで対峙する二人、一歩も譲らない白熱した戦いに声援が飛ぶも、そのほとんどがバレー部の澤田を応援するものだった。

「一体どうなってんだこれは…」
「あ、仙道くん!大変なんだ…」

駆け寄ってきたバスケ部員の田中に事情を聞いた仙道は、なるほどな、と呆れた様子でため息をついた。女の子のくせになかなか喧嘩っ早いじゃないか。仙道が再びコートに視線を戻すと、ディフェンスである澤田をうまく翻弄したナマエが果敢にドライブをしかけているところだった。

もちろん女子だけに澤田に比べるとパワーでは劣る。しかし視野の広さが違った。自分のシュートエリアをうまく確保したナマエは連続でゴールを決め6-3でリードしていた。

「へぇ…やるじゃん、ナマエちゃん」

思わず口笛を吹いた仙道にさっきまで不安気だったバスケ部員も手を叩いて声援を送る。それが面白くないバレー部は澤田に怒号を飛ばした。

「おい澤田…!相手は女子だぞ、しっかりしろ!」

澤田も思ってもみない苦戦に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。接近戦に持ち込むと力では負けるとナマエ自身がよく分かっているのか、近付こうとすれば瞬間的にスペースをあける。澤田は大きく舌打ちをした。

「チッ…こざかしい奴だな」
「約束、ぜったい守ってよね…!」

一定のリズムで床を叩き付けるナマエのドリブルは初心者のものではない。ただのマネージャーだと思って油断していた澤田はぐっと拳を握りしめると、ファウルギリギリのディフェンスで徹底的にマークをはじめた。

「あ、あんなの卑怯だ…!審判がいないからって…」

目に見えて動きを変えた澤田にナマエも眉根を寄せる。お互いノーゴールのまま10分も過ぎたところで体力的な差も見えはじめた。二人の点差はあっという間に縮まり、ついに澤田が逆転すると、果敢にディフェンスにむかったナマエの体は簡単に吹っ飛んだ。

「くそ…もう見てらんねぇ…!」

今にもコートに駆け出しそうなバスケ部員たちを止めたのは仙道だった。肩を掴んで首を横に振った仙道はそのままコートの真ん中まで進むと、なんとも気の抜けた声を出した。

「ちょっとターイム!」
「は…?」
「へ…?」

その間抜けな声に体育館中の空気が固まる。

「俺とナマエちゃん交代、ね」
「なんだよ仙道、お前はスッ込んでろ!」
「そういうわけにもいかねぇだろ…自分の身は自分で守らないとな」

そう言ってにっこりと笑った仙道に、荒々しく叫んだ澤田も押し黙る。

「仙道くん…大丈夫なの?」

息も切れ切れにナマエが見上げると仙道は困ったように眉尻を下げた。

「うーん…どうだろな…まあ、なんとかなるだろ」
「そんな悠長な…」

体力テストの時に見かけた仙道は確かにすごかったが、相手は経験者だ。練習の時のようなドリブルでは絶対に勝ち目はない。

「や、やっぱりここは私が…!」

ぐっと立ち上がろうとするナマエの体を仙道は強引に座らせる。

「ストーップ、大丈夫だって…少しは俺のこと信じろよ」

な?と、安心させるようにいつもの顔で笑った仙道はナマエが持っていたバスケットボールを手に取ると背中を向けた。

「サンキュな…」
「え…」
「これまで女の子のために戦うことはあっても、自分の為に戦ってくれる女の子はいなかったよ。案外、いいもんだな…」

人差し指でくるくるっとボールを回した仙道はコートに向かって歩き出した。

「仙道くん…」

そこから完全に勝負がつくまで時間はかからなかった。昨日までの素人に毛がはえたようなドリブルが嘘のように素早いドライブ。肩の動きで澤田の重心を崩した仙道は軽やかなジャンプシュートを決める。ならば、と澤田がシュートコースを塞ごうとすれば瞬間的にステップバックしてスペースをつくる。

そのまったく隙のない動きに澤田はただただ翻弄される。二人の実力は素人目にも分かるほど大きな差があった。

仙道が最後のシュートを放った瞬間、静まり返った体育館はすぐに歓声で溢れ返った。その黄色い声援と、立ち尽くしたバレー部員たちの姿がなんとも印象的だった。


***


「ねぇ、もしかして仙道くんバスケやってたの?」

自転車を押して歩くナマエの隣で仙道はすっかりオレンジ色に染まった空を仰いだ。

「んー…実は小学三年の頃までミニバスを少し」

その言葉にナマエはぽかんと口を開ける。確かに仙道はバスケ初心者だと言っていたはずだが…と。そんな姿を見た仙道が苦笑して頬を掻いた。

「ごめんな、下手なふりなんかして…こうすりゃ諦めたりすんのかなって思ってさ」
「わ、わたしを試したの?」
「まあそうなるかな…」
「ひどい…」

ぷぅと頬を膨らませて早足に歩き出したナマエを仙道は慌てて追いかけた。

「悪かったって…角にある和菓子屋でアイス奢るから許して」
「…あんみつも奢ってくれるなら許す」

かくして二人は体育館という大事な練習場所を取り戻し、仙道は自他共に認めるバスケ部員となった。

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