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テロリストの巣窟へと突入するスペシャルフォースの俊敏さでもって、目標ドアの前に到達したハーネマン。
彼はこの期に及んで頭痛がするほど迷っていた。
こんな格好をさらすくらいなら、いっそ三度目のバースデーも忘れてたことにしてしまおうか...そんな不埒な考えすら頭をよぎる。
だが、その時脳裏に甦ったのは、昨年と一昨年の11月XX日の記憶。
昨日はバースデーだったんだと告げられた時の、何とも言えないいたたまれなさと、いつもは強気一辺倒な青年が浮かべた寂しげな笑顔。
そしてこと相手が兵器ではなく人間となると、そんな単純な情報すら記憶に残せない己に対する、胸がむかむかするような嫌悪感。
「...畜生...」
一言二言悪態をつくと、ハーネマンは体中の勇気を奮い立たせてドアをノックしようとした。
だが、それとほぼ同時に...
官舎の薄っぺらいドアからひょっこり顔を覗かせた、若ライオンのたてがみ色をしたラウンド髭。
「ありゃま、どうしたん?こんな時間に珍し...い...」
いつもの調子で屈託なく話しかけたクーパーだったが、相手の常軌を逸したスタイルに気付いたとたん、鮮やかなスカイブルーのまなざしは、目の前にあるものを信じられないという風に上から下まで嘗め回す。
イスタンブール・ブルーモスクの丸天井も嫉妬しそうなカーブを描く無毛の登頂。
そこからひょっこり突きだして、アルプスに咲く可憐なエーデルワイスのようにゆらめいているのは、つやつやなめらかな黒ビロードのウサギ耳。
筋張った長い首は、ドーベルマンの首輪を思わせる錨打ちのチョーカーに拘束され、鎖骨から下を隠すデザインの粋を凝らしたエナメルビスチェとロンググローブは、見るからに体脂肪率の低そうな胸や肩を際だたせる、悪夢的フレームの役割を果たしている。
そして何よりも心をそそるものは、尾てい骨のあたりにマジックテープでくっ付けられた、思わず頬ずりしたくなるほどふわふわ柔らかそうな、漆黒のポンポン。
「...ああああ...黒ミッフィーちゃんだぁー...」
クーパーは寝起きのドラキュラのようにフラフラと一歩を前に踏み出した。
「ちょい待て!落ち着けクーパー、今日はそんなじゃ...とにかくハ...ハッピーバース...おい!何すんだよっ!あっ...こら!はしゃぐな!やめろ!STOP!HAIT!ATTENTION!」
だが、感極まったやりたい盛りの青年が、この状況下で聞く耳を持つはずがない。
140ポンドはある体を軽々と抱え上げるや、そのままリビングルームにダッシュしたクーパーは、真っ赤なイームズ製ソファーの上にぽいっ、と黒ウサギを放り投げるや否や、餓えた猛獣さながらにその上にダイビングした。
「クソッ!だからちょっと待てって!落ち着け!あっ、やめろっ!握るな!...あっ...はああっ...やめっ...やめろっつってるだろーがーっ!」
次の瞬間、クラウ・マガ(軍式護身術の一種)で鍛えたハーネマンの肘打ちが、クーパーのみぞおちに見事に決まっていた
ぐったりした青年を息をはずませ見おろしながら、レザーとエナメルの鎧に身を固めた黒ウサギは、ちょっと肩をすくめて呟いた。
「悪かったなクーパー、とんでもねえバースデーになっちまって...」
己の頭からウサギ耳を取りはずし、代わりにライオン色の坊主頭にくっつける。「でも、俺にゃこういうのはやっぱ無理みたいだ」
そして、力なく横たわる相手の両手を取って、眠れるプリンセスのように胸の上で組み合わせてやると、漆黒のポンポンを持たせながらそっと耳元に囁いた。
「Alles liebe zum geburtstag. ロメオ、幸福がいつもお前と共にありますように」
<9>につづく
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