<1>

ここは砂漠に隔てられた広大な敷地に広がるNDF施設のその一つ。
200名収容の食堂では腹を空かせた訓練生どもの慌ただしい給食風景が、いつものごとく繰り広げられる。

だが一方、地獄の鶏小屋のように騒々しい食堂からガラスを一枚隔てただけのこのテラスには、まるで別世界のようなゆったりとした空気が流れていた。

植え込みのあるテラスのそこかしこに設置された、ナチュラルウッドのテーブルの内の一つにどっしり鎮座しているのは、切り株に似た小麦粉製の大きな固まり。

それをうっとりと見つめているのは、黒髪で片目を隠した怜悧そのものといった風情の女と、絹糸のようなブルネットをポニーテールにしたいかにも活発そうな女。

天国の庭園に咲く花よりもあでやかな美女二人は、いましがた届いたばかりの国際小包から現れた、巨大なバウムクーヘンを前にして胸を躍らせていた。


「オデッサのお母様ってほんっとにお菓子づくりが上手ねえ!」とため息をつくのは、溌剌ブルネットのターナー。

「そうなの、子供がみんな独立してからお菓子にはまってしまって...今では結構な腕前みたいね」とクールな微笑を浮かべるのは黒髪のオデッサ。

「それにしても毎月わざわざ送って下さるなんて、なんだか申し訳ないなあ、私は嬉しいけど」
「いいのよ、これも母の生き甲斐の一つなんだから...さあ、切り分けましょうよ」


「へええ、えらく手間のかかったティータイムだな」
と、その時、頭上から降ってきたしゃがれ声にターナーとオデッサは驚いて振り返った。
「あらミッヒ!」
「貴方がここに出てくるなんてお珍しい」

前のめり気味でデザート柄パンツのポケットに両手を突っ込んだスキンヘッド男は、子供でも見るような目つきでフフン、と鼻を鳴らした。
「んなもん50ユーロもかけてDHLで送ってくるんなら、そこらの店で調達した方が早いんじゃないか?」

だが、「あら、ずいぶんなお言葉ね!」「アナタには関係ないでしょ」「私たちのことはほっといて!シッシッ!」と、強気な女たちに噛みつかれた途端、しまった、という表情を浮かべたハーネマン。

いつもならば嫌味の一言二言でさっさと退散するところが、なぜだか今日は野良犬のように邪険に追い払われても、一向に立ち去るそぶりを見せない。

「なんなのよミッヒ、何か用でもあるの?」
けげんそうに首を傾げるターナーに、男はもごもご口ごもった。

「あー、なんつーか...一つ聞いてもいいかな」
「聞くってなにをよ」

所在なげに突っ立ったままの男に椅子を勧めながらターナーは言った。
「スリーサイズとか銀行ローン残高とか、アンタはSかMのどっちだ?とかじゃなければぜんぜんオッケーだけど」
「いや...そんなんじゃなくてその...ちょっと煙草、いいか?」

気分を落ち着かせたかったのだろうか、ポケットから砂漠の猟犬が描かれたシェーファーの青い箱を取り出したハーネマンは、火をつけて一口二口吸っただけの煙草を、苛立たしげに灰皿に押しつけるとしばらく押し黙っていたが、 四つの瞳にうながされて渋々口を開いた。

「あー、なんだ、その、言うなれば...」
「そこまで聞きにくいこと?」
「いや、あの...その...バースデープレゼント...あれってどんなものをやるんだ?普通は」

「バースデー!?」
「プレゼント!?」

兵器マニアで孤独が好きで、気むずかし屋で癇癪持ちの、ウォートランきっての変わり者の口から飛び出した、ニキビ面したティーンエイジャーばりの質問に、目を白黒させたターナーとオデッサは、声を合わせて繰り返した。

「バースデー!!」「プレゼント!!」

<2>につづく

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