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ケーキ作りというのは何度やってもむつかしいものだ。

オーブンの温度も素材の量にも間違いはないはずなのに、自分の作るアッフェルクーヘンは祖母の作品の足元にも及ばない。

今ではリンゴどころか、牛一頭でも難なく解体できそうなナイフの使い手へと成長したハーネマン。
だというのに繰り返し訪れる亡き祖母の誕生日にこれまで何十個と焼き続けたリンゴのケーキは、どうしたって記憶の中の味にならないのは不思議だった。

ドイツのパン屋の親父を思わせる白いエプロン姿で腰に手を当て、こんがりと焼きあげられた小麦粉の固まりを困ったように見おろしながら深い吐息を漏らした時。
「軍曹、もうオーブン使わないんかねぇ?」と唐突に投げかけられただみ声に、ハーネマンはうしろを振り返った。

そこには太い二本の足をしっかり踏んばって立っている、たっぷり豊かな体の中東系女性。

「急かして悪いねえ。今日はマッコイ中佐のバースデーだってんで、チキンをたんと焼いてくれって頼まれてるんだよ」

通いで厨房の手伝いをしている気のいい叔母さんは、屈託ない笑みを浮かべてハーネマンを見つめた。

「あ、俺はもう終わったから...」

ハーネマンはあわてて皿を持ち上げると、最新の注意を払ってまだ人もまばらな食堂へと運び出した。

だがその時、突拍子もない叫びに驚いて、うっかりケーキを落っことしそうになる。

「あ?アッフェルクーヘン?!ひょっとして自分で焼いたんっスか?」

聞き慣れた声の主は他ならぬロメオ・クーパー。

さっきまで影もかたちも見えなかったのに、一体どこからわいて出たのやら!

「アッフェルクーヘンって...お前そんなこと知ってんのか?」

戸惑いながら尋ねると、当然だろうと言わんばかりの答えがかえってきた。

「ドイツのリンゴケーキでしょ?イギリスでもけっこう人気で、お袋がよく焼いてくれたんっスよ。

へえーっ、うまそう!サージャント、こんなもの焼くだなんて意外と家庭的なんですねえ。へへへっ。
ただ、うちじゃリンゴはこういう風に生地に刺さずに細かく切ったやつを練り込んでましたけど」

そうまくしたてながら自分の肩ごしに興味深げにケーキを覗き込む青年の、キラキラと輝くトルコブルーの瞳を見ると、遠い昔に自分の手元のケーキをじっと見つめていた小さなワン公の姿がふと甦った。

それと同時にハーネマンの胸にはーそういうのは滅多にないことなのだが…
誰かに祖母の思い出を話したくてたまらない気持ちが沸き上がる。

「リンゴは生地に練り込むとか並べるとか、家によって作り方は色々みたいだが...」

そう言いながらケーキをそうっとテーブルに置いて、ギギーッと耳障りな音を立てるプラスチック製の椅子を引くと、青年にも座るように身ぶりで示す。

「うちじゃバアさんがこういう風に生地に刺して焼いてくれてな...」

それから二人は向かい合って、まだ暖かいアッフェルクーヘンをおごそかに食べた。

一年ぶりに焼いたケーキは記憶の中の味と全く同じとは言えなかったものの、いつものよりは多少はましだなとハーネマンは思うのだった。




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