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刃物の扱いはお任せあれ。 オーブンの使い方は見たことあるから知っている。

リンゴは農家からちょっと拝借してきたピカピカのもぎたてだし、砂糖と小麦粉とバターの量だって、戸棚をひっくり返して見つけた秤でちゃあんと計った。

それなのに目の前のアッフェルクーヘンはどうしてこんなに不格好なんだろう。

テーブルの回りをぐるぐる回って、ほかほか湯気を立てている小麦粉の固まりをためすすがめつ観察していたハーネマンは、たとえその部分を欠いたとしても、全体的バランスには多大な影響をおよぼさないと思われる出っぱりを発見して、そこをほんの少しだけ削り取るとおそるおそる口に運んだ。

そのとたん口の中に広がるのは、まっ黒に焦げた小麦粉の苦みとねっとり生っぽい匂い。
互いに相容れない味の恐るべき二重奏に、少年の眉間には深いしわが刻まれた。

こんな大きくて使い慣れない包丁じゃなくって、ヴァイキー叔父さんがくれたナイフでリンゴを切ればよかったんだ。

ハーネマンの心には、いつもポケットに忍ばせて暇さえあればいじり回している、隣の家の無愛想な親父にもらった小刀を使わなかったことへの後悔の念がふつふつと沸き上がる。

そう考え始めるとこの失敗の原因はすべて道具の選択ミスにある気がしてきて、少年は大事な場面でいつもしくじる不器用な自分がほとほと恨めしくなってきた。

不細工な子には不細工なものしか作れないのさ。

誰かがケタケタ笑いながらそんなことを言っている声までがどこか遠くから聞こえてきて、目の前のケーキを見つめれば見つめるほど、どんどん悲しくなってくる痩せっぽちの少年。


その時、チャッチャッチャッ...と床を引っかくかすかな音がして、ハーネマンはうしろを振り返った。

するとそこには短い四つ足をふんばって立っている、ちっちゃなノーリッチ・テリア。

バターの匂いに誘われたのだろうか、隣の家とこっち側を勝手に行き来している自由きままなワン公は、もしゃもしゃの毛の間からのぞくブドウのような目をキラキラ期待に輝かせた。

そして少年が何も言ってくれないのに気付くとお愛想代わりに短い尻尾をかすかに振ってみせる。

「なんだよお前、いじきたない奴だなあ!」

小さなテリアの呑気な顔にすっかり拍子抜けしたハーネマンは、あわててケーキを抱え上げる。

「悪いけどこれはお前の分じゃない。
ま、あとからちょっとくらい分けてやるよ...あんまり美味くないとは思うけどな」

そして、磨き上げられたメープル材の飾り棚の隙間に大切な作品をそっと置くと、「ほら来い!花を取りに行くぞ!」 と犬を呼び、季節の花々が咲く庭へと駆けだしたのだった。



今日はハーネマンが一番好きな人のバースデー。

顔も覚えていないほど小さな頃にこの世を去った父親。
息子が成長するにつれてだんだん家に帰ってくることが少なくなって、今ではどこか別の場所で知らない人と住んでいる母親。
両親に代わり、ひとりぼっちの少年を慈しみ育ててくれたのは祖母だった。

だからバースデーには何をプレゼントしようかさんざん迷った挙げ句、手作りのアッフェルクーヘン、リンゴを生地に混ぜて焼きあげた、祖母と自分のお気に入りにしようと決めていたのだ。

祖母はいつもほっぺたが落ちるほど美味しいアッフェルクーヘンを焼いてくれて、ハーネマンはその横で椅子に座って足をぶらぶらさせながら、こんな美味しいものを一体どうやって作るのか、魔法をかけるかのようになめらかに動く指先をじっと見つめていた。

そんなだから今日の首尾にはぬかりがなかったはず。基本的にはどこも間違ってないはずなんだけど...。

ハーネマンは飾り棚からうやうやしく運んできた作品に自ら包丁を入れた。
そして取り分けられたケーキを嬉しそうに口に運ぶ祖母の口元を凝視して、ごくりとつばを呑み込んだ。

「ど...どう?...なんか変じゃない?」

おそるおそる尋ねると、 のんびりと咀嚼を繰り返していた祖母はケーキを呑み下してこの上なく優しい微笑みを浮かべた。

「すごく美味しいわ!
ありがとう、本当に素敵なプレゼント。
お前は優しい子だねえ。心の底から大好きよ、私の可愛いミヒャエル!」

自分のケーキはお世辞にも美味しいものではないとは分かっていたけれども、ハーネマンは踊り出したくなるほど嬉しくなって、誕生日の歌を口ずさみながらもう一つのプレゼントー両手一杯の花束を差し出した。

お誕生日おめでとう、おめでとうおばあちゃん。

お誕生日おめでとう、ハーネマンさん、あなたに神のお恵みを・・・・・・。

<2>につづく

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