・「十年目の桜」のこぼれ話
・何の萌えもない
そのうちに、桜より一足早く、梅が咲いた。
近所の神社の参道に咲いていたのを、誰も見ていないのを良いことに、仕事帰りに折ってきた。
総司は梅の花は好きだろうか。
桜の花ももうすぐだと、元気づけてやりたい。
そう思い、総司の家に寄り道した。
「おぉ、トシ!いつも悪いな」
出迎えてくれた近藤に、土方は労いの言葉をかける。
「近藤さんこそ、看病ばかりで疲れんだろ」
「いや、いいんだよ。総司と一緒にいられるからな……それよりほら、早く顔を見せてやってくれ」
急かされながら寝室へ行くと、布団にくるまって小さくなっている総司が視界に入った。
「寝てんのか?」
「さぁ…?……ついさっきまでは起きていたんだが…」
土方は足音を立てないように近付くと、そっとその顔を覗き込んだ。
「あぁ……寝てんだな」
少し残念だった。
仕方なく、手折ってきた梅の花を枕元に置く。
「総司、早く元気になれよ。そしたら花見に連れて行ってやるからな」
一度だけ茶色い頭を撫でてから、土方は部屋を後にした。
*
目が覚めた。
「………ん?」
枕元に、眠る前にはなかったものが置いてある。
梅の花。
すごくいい香りだった。
何となく、あの人かなぁと思う。
根拠はないけれど。
「お、総司。起きたのか」
近藤が部屋に入ってきた。
声を出すのが億劫だったので、目で訴える。
「ん?どうした?……あぁ、その花か!それはな、トシが持ってきてくれたんだ」
やっぱり、と思った。
こんなことをしてくれるのは、あの人しかいない。
「土方さん、来たんですか?」
「あぁ、すぐ帰ってしまったがな」
「何だ……起こしてくれれば良かったのに」
「いやぁ、総司がよく眠っていたからな。起こすのは可哀想だと思ったんだろう」
ふーん、と口を噤む。
「近藤さん、今度土方さんに会ったら言っておいてください―――花は手折っちゃダメですって」
そう言うと、近藤は大きく口を開けて盛大に笑った。
「あっはっは!確かにそうだな!枝ごと切るのは、いくら何でもいかんよなぁ」
「…花だって、生きてるんだから」
総司の言葉を聞いて、近藤は途端に悲しそうな表情になった。
恐らくは、総司の寿命のことを思ったのだろう。
「桜が咲いたら、トシと三人で見に行こう、な?」
「はい」
元気づけようとしてくれている近藤を気遣って、総司は出来るだけ明るい笑顔で、にっこりと微笑んだ。
▲ ―|top|tsugi#