総司が屯所の玄関先に座り込んで、何やらがさごそやっていた。
門番の隊士に用があってたまたま通りがかったのだったが、気になって近寄ってみると、どうやら出掛けようとしているらしい。
もう大分履きふるした下駄を突っ掛けている。
「出掛けるのか?」
後ろから声を掛けると、土方さん、と彼は振り向いた。
「あんみつ食べに行こうと思って」
「一人でか?」
「うん」
「気を付けて行けよ」
五月蝿そうに眉をひそめる総司に、土方は懐から駄賃を取り出して握らせてやった。
それを何かの埋め合わせのように感じたのか、はたまたまるで年上の義務だから渡されたとでも感じたのか、総司は益々鬱陶しそうな顔になったが、駄賃が突き返されることはなく、それはそっと彼の懐に仕舞われた。
「夕飯までには帰るんだぞ」
「そんなこと言われなくても分かってますけど」
じゃあ、と腰を上げる総司を門まで見送ってから、土方は仕事に戻った。
総司の甘いもの好きは今に始まったことではないが、一人で甘味処へ行って何が楽しいのかと疑問に思わないでもない。
非番の日の使い方など各々の自由だし、好きにすればいいのだが、それにしてもなぁと土方は一人苦笑した。
もう大分前だが、総司と非番が重なった時に、一緒に団子を食べに行かないかと誘われたことがある。
団子に興味などなかった土方は一も二もなく断ってしまったのだが、本当は、総司は土方と一緒に出掛けたかっただけだということに薄々気付いていた。
たまには一緒に行ってやればいい話なのだが、どうにも気恥ずかしいのでいつも仕事が立て込んでいる振りをして、駄賃をやることで誤魔化してしまう。
総司もまた、あれ以来一度も土方を誘っては来ないから、向こうも向こうでどこか気恥ずかしさを感じているのだろう。
ああして時々一人で甘味処に出掛けていく姿を見る度に、まるで当て付けのようだと思わないでもなかった。
総司はちょうど夕飯が始まる頃になって漸く帰ってきた。
夕飯まで帰れというのは、夕飯にぎりぎり間に合えば良いという意味で言ったのではない。
当然土方は小言の一つや二つでも聞かせてやろうという気になって、玄関まで総司を迎えに出た。
「随分遅かったじゃねぇか。お前はあんみつ食うのにどんだけ時間かかってんだ」
「もう、五月蝿いなぁ。鼻緒が切れちゃったんですよ」
おや、と思って足元を覗き込むと、鼻緒が新しいものにすげ替えられている。
「お前、それどうしたんだ」
「替えてもらったに決まってるでしょ」
「違う、お前の足のことだ」
新しい鼻緒に慣れなかったのか、指と甲が擦りむけ、赤くなってしまっている。
「別に、慣れるまでの辛抱だし」
総司は不貞腐れたように言った。
彼は昔から、怪我や病気を指摘されるのが嫌いなのだ。
「痛そうだな。後で薬塗ってやる」
「余計なお世話ですよ」
口では鬱陶しそうに言いながらも、顔ではそんなに嫌がってもいない。
むしろ口元はどこか嬉しそうに綻んでいる。
総司はいつだって土方に甘やかされたがっているのを、土方は知っていた。
そして土方も、総司を甘やかすのが嫌ではない。
「まぁ、とりあえずは飯だ。皆待ってるぞ」
はぁい、と総司は間延びした返事を寄越した。
その翌日、土方は総司に己の下駄を貸してやって、彼をうどん屋に誘い出した。
甘いもんばっかり食ってると体に悪いぞと言ってうどん屋を選んだのだが、実はその店は白玉が美味しいことで有名な所だった。
「全く、珍しいこともあるもんですね」
総司は始終そんなようなことを言っては土方の気まぐれを面白がっていたが、本心では喜んでいたのだと思う。
鼻緒が馴染むまで慣らしてやると、代わりに総司の新しい下駄を履いた土方は、それを口実に連れ出したようなものだったが、それが単なる建前であることは総司もよく分かっているようだったし、満更でもなさそうだった。
「まぁ、たまにはな」
土方は照れ隠しにそう言ったのだが、総司は意外に素直な答えを寄越してきた。
「別に、たまにじゃなくてもいいのに」
土方は素直な総司というものには不慣れだったから盛大に驚いた。
が、思っていることは総司と同じである。
「そうだな、これからは、飽きねぇ程度にな」
「僕は土方さんと居て飽きたことだけはありませんよ」
「それもそうか」
「なに、自分で認めちゃうの」
「本当のことだろ」
次は何処へ連れていこうか。
それを考えると、土方の心は自然と弾んだ。
(総司が鼻緒を新調する度に土方さんが馴らしてあげてたらいいな!っていう、それだけです)
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