「おはよう、総司」
僕の1日は、土方さんの一声で始まる。
最初は僕専用のタオルの上で寝てたんだけど、ある日土方さんのベッドの隅に乗り上げてみても何も言われなかったから、それからはそこが僕の定位置となった。
眠たがりの僕はまだ起きたくない時間から、土方さんは起き出してしまう。
布団を捲られれば、僕はごろんと床に落ちるしかないから、必然的に起こされることとなる。
いささか乱暴な起こされ方だけど、土方さんの声が文字通り猫なで声で心地いいから、よしとする。
床の上をとことこ歩いて行って、ミルク皿の前で土方さんを待ち構える。
「総司もそろそろ、ツナ缶とか食えるんじゃねぇか?」
ミルクを注ぎながら言う土方さんに向かって、僕は首を傾げた。
ツナ缶ってなに?美味しいの?
「………でも、今家にねぇな。よし、今日出かけるついでに買ってきてやろう」
「にゃー?」
えっ、今日土方さん出かけるの?
「そうそう、まだ言ってなかったけどな、今日はお客が来るんだ」
「にゃ?」
「俺の部下たちなんだが、きっとみんな、お前のことを気に入るぜ」
「……………」
何それ。そんなの聞いてない。
僕の頭をぽんぽんと叩くと、そのまま自分の朝食を用意しに行ってしまった土方さんに、僕は何だかいやーな予感がした。
*
夜になって土方さんが帰宅した。
朝言っていた通り、オマケが2つもついて来た。
「おー!このチビが拾ったっつーにゃんこか!!」
誰このおっきい人。
声もおっきいし動作もおっきいし、いろいろ土方さんと違う。
「マジでちいせぇんだな。よしよし、にゃーご」
その横から、これまたおっきい人が顔を出す。
最初の人よりはマシだけど、こちらも興味津々な目で僕を眺めては、大きな手で撫で回してくる。
「あー、左之ずりぃぞ!俺にも触らせろ!」
「これでもデカくなったって、本当なのか?土方さん」
「おいおい、あんまり虐めてくれるなよ」
この人たちのためにビールやらおつまみやらを用意しに行っていた土方さんが、ようやく戻ってきて僕を救済してくれた。
「いいじゃねぇかよ。俺たちゃ土方さんの愛猫がどんなもんか知りてぇんだよ」
「まったくだ。急に定時でバタバタ帰宅しちまうようになったから、土方さんにもようやく決まった彼女でもできたのかと思ったらよ、まさかの猫だもんな」
「そうそう。しかも拾ったとか、天変地異かと思ったぜ」
「うっせぇ。あんまり死にそうだったから、放っておけなかっただけだ」
バツが悪そうに頭を掻く土方さんに、僕は抗議の目を向ける。
なに、その仕方なさそうな理由。ムカつくんだけど。
「……なぁ、土方さん、なんだか猫ちゃんの機嫌が悪そうなんだけど」
「しゃー」
「うわ!噛みつかれるところだった!」
僕は猫ちゃんじゃない!
総司だもん!
「どうした総司、腹でも減ってんのか?」
土方さんが心配そうに僕を抱き上げる。
すると……
「「そ、総司ーーぃぃぃ!?!?」」
土方さんの客人二人が、声をそろえて絶叫した。
「うっせぇよ、特に新八」
「いやいやいやいや、いや、」
「な、な、なんでよりにもよって、総司なんだよ!?!?」
「あぁ?だってよ、似てるじゃねぇか。ほら」
僕は土方さんによって、"左之"と"新八"の前にずいっと突き出された。
僕はじたばたとお腹を捩って、逃げだそうと画策する。
「はぁ?……どこが?」
「いや、よく見たら似てねぇこともねぇな……」
「だろ?」
「茶色い毛並みと緑の目か?!」
なるほど、という感じで、"新八"が頷く。
「それにこいつ、悪戯っ子で寂しがり屋で甘えん坊なんだ」
「マジで!?」
「そいつは、どっからどう見ても総司だな」
「だろ?」
どや顔の土方さんの手に、軽く爪を立てる。
総司ってなに?僕の名前じゃないの?
「いてて。こら、爪立てるなっていつも言ってるだろ」
僕は元通り床に下ろされた。
「へぇ〜そうか、総司は猫になっちまったのか〜」
そしてまた、"左之"と"新八"のおもちゃにされる。
「でもよ、あの憎まれ口が聞けねぇってのも寂しい話だよな」
「人間の総司もどっかにいるかもしれねぇぞ?」
「もし居たら、今頃高校生でもしてんのかな」
僕の知らない誰かのことで会話が弾む。
僕はそれを面白くなく聞いていた。
「まぁ、それはそうと、さっさと飲み始めようぜ」
「おーそうだった。土方さんが家じゃなきゃ飲み会なんてしねぇって言うから、わざわざ来たんだった」
「悪かったな、"わざわざ"来てもらってよ」
だったら飲まなきゃいいだろ、と土方さんがぶつくさ文句を言っている。
「……それも全部、お前の所為なんだぜー、総司」
"左之"が僕の頭を撫でる。
「お前を長々とほっとけねーんだとさ」
「みゃー」
「うおっ、鳴いた!」
「そりゃあ猫なんだから鳴くだろ」
それから三人は、和気あいあいと飲み会を始めてしまった。
土方さんも始終和やかで、僕が構ってと服を引っ張ったり、足を引っかいたりしても軽く流されてしまう。
「ったく、総司、大人しくしてろよ」
「にゃあ」
「クク、構ってほしいんじゃねぇのか?総司」
「あとで構ってやるから、ほら、あっち行ってろ」
「にゃあにゃあ」
「いやー、でも懐かしいな、総司って」
「あいつ元気にしてんのかな」
僕はここにいるのに!!
拗ねてみても、怒ってみても、誰にも気持ちが伝わらない。
僕はすっかりしょげ返って、暫く使ってなかったタオルのところに行くと、その上で丸くなって不貞寝を決め込むことにした。
*
「総司、ほら、寝室行くぞ」
「…みー………」
土方さんに背中を撫でられて、僕は目を覚ました。
あれからどのくらい経ったのか、いつの間にか"左之"と"新八"がいなくなっている。
ようやく帰ったのかと、静まり返った部屋を見回した。
すると、だいぶ酔っ払った様子の土方さんが僕のことを持ち上げて、寝室へと連れて行く。
「今日は、こっちで寝ていいぞ」
そう言って、土方さんのすぐ隣に下ろされた。
「にゃ?」
「おやすみ、総司」
言うや否や、すぐ寝入ってしまった土方さんを暫く見つめる。
それから、そのすぐ近くで丸くなると、許された特別な場所を満喫するべく、僕は気持ちよく目を閉じた。
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