bookシリーズ | ナノ


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頭に来た。

もう我慢の限界だ。

大人って、どうしてこうも嘘つきで、約束を守らない生き物なんだろう。


「総司、行ってくるな。いい子で留守番してろよ」

「……………」


いい子ってなに。

いい子にしてたら、何してくれるの。

頭を雑に撫でて慌ただしく出勤していく土方さんを見て、僕はぶすーっとふてくされた。


「ちぇっ。つまんないのー」


僕の中学は夏休みに入った。

今までは夏休みになったって、世間一般の子供たちのように、旅行に連れて行ってくれる家族もいないし、なかなか遊びにも行けないし、取り立てて楽しいことは何もなくて、学校にも行けないからむしろ苦痛だった。

けど、今年は違う。

初めての、おうちで過ごす夏休みだ。

土方さんという立派な保護者がいて、期末テストが終わった頃には、夏休みになったら色んなところに連れて行ってやると約束もしてくれた。

勉強もみっちり教えてくれると言っていたし、土方さんや、家庭での生活にもだいぶ慣れたし、楽しいことしか待っていないはずだった。


………それなのに。

来る日も来る日も土方さんは仕事。

教師に夏休みはないらしく、お盆までみっちりやることがあるのだと昨日言われた。

じゃあなに、土方さんの言っていた夏休みというのは、お盆休みの一週間弱のことだったわけ?

残り一カ月以上もの間、僕は一人で過ごさなきゃいけないの?

…騙された。

咄嗟に僕はそう思った。

プールに行って、海にも行って、夏祭りに行って、遊園地にも連れて行ってもらって、…っていう僕の計画が、脆くも崩れ去ってしまったんだから。

信じらんないよ。

勉強だってろくに見てくれないし、談笑なんてもってのほか。

毎日行ってきますとお帰りなさいの挨拶を交わすので精一杯だ。

そういうわけで、僕は大変に拗ねていた。

土方さんなんて、大嫌いだ。


やっておくようにと言われた、土方さんお手製の古典のプリントと睨めっこして、鉛筆を置く。

それからテレビをつけて、夏休みに行きたいスポット特集、なんてものをやっていたので即行消す。


「つまんないつまんないつまんなーい」


怒りまかせにプリントをビリビリに引き裂くと、僕はおもむろに立ち上がった。


「…………家出してやる」


家出なんて目じゃない。

施設を抜け出して、数日生き延びられるだけのサバイバル力はある。

怖いものなんて何もない。

僕が家出すれば、さすがの鈍感ボケボケ土方さんだって、僕が寂しいってことがよく分かるだろう。

大体、二人暮らしで、しかも施設から引き取ったばかりのか弱い子供をさ、よく平気で放置しておけるよね。

まったく、家出までしなきゃ分からないなんて、ダメなお父さんだよ。


僕は寝室に行って、クローゼットからショルダーバッグを取り出した。

それからリビングに戻り、ゲームと、土方さんに買ってもらったお菓子たちを大量にバッグに詰め込むと、最後に折りたたみ傘を持って、家を出た。

鍵をかけて、郵便受けからポイッと中に投げ捨てる。

僕は携帯だって持ってないし、土方さん、せいぜい困ればいいんだよ。

土方さんが過保護すぎる所為で、財布の中には五百円――土方さん曰く、困った時の電車賃と飲み物代――しか入ってないから、もしかしたら野垂れ死にしちゃうかもね。

僕は力強い足取りで、半ばウキウキさえしながら、通りを歩いて行った。











それから十二時間。

あたりはすっかり夜になった。

だいぶ充電が少なくなってきたゲーム機で時間を確かめると、十時半を回っていた。

施設から脱走した時にお世話になった公園のベンチを陣取って、一日中そこにいた僕は、そろそろ寝ようかとゲームをしまう。

さっきお菓子を一袋平らげたばかりだし、お腹がいっぱいでだいぶ眠い。

それに疲れた。

一日中楽しそうに遊ぶ親子連ればかり見ていた所為で、ささくれ立った心が余計に荒れている。

警察に見つからなくて、しかも雨除けにもなるところへ移動するため、僕は荷物をまとめて立ち上がった。

そんな便利なところと言ったら、やっぱり公園の遊具の中しかない。

山型になったその遊具は、外側に滑り台なんかがついていて、中は空洞になっている。

昼間は子供たちが秘密基地にして遊んでいるが、夜は僕みたいな奴の格好の寝場所となるわけだ。

中に潜り込んで体育座りをし、壁にもたれかかって目を閉じる。

すると、今までは何でもなかったのに、急に不安が押し寄せてきた。

ホームシックってこんな感じなのかなって、ホームシックなんて知りもしないけど思ってみたりする。

もし、ずっと待ってても、土方さんが迎えに来てくれなかったら。

家出なんかする奴は勘当だ!とか言って、また元通り施設に追い返されてしまったら。

………どうしよう。

僕、そういう可能性をまったく考えてなかった。

土方さんに当てつけることばかり考えて、暫く家出していれば、どうにか探しに来てくれると信じ切っていた。

それだけ僕に、土方さんへの信頼が芽生えているということなんだけど、……土方さんは違うかもしれない。

やっぱり僕のこと、もう厄介払いしようと思うかも……。

今までは家出する家もなかったし、当てつけたり反抗したりする理由も、する相手もいなかった。

だから家出に憧れていたのは事実だけど、本当に憧れていたのは、家出をしたら迎えに来てくれる家族の方だったのかもしれない。

嫌だな、このまま会えないのは。

毎日仕事しててもいいから、また土方さんの家族に戻りたい。

そう思ったら、さっきまでの遠足気分はどこへやら、急にずーんと気持ちが沈んでしまった。


「もう帰ろ………」


帰って、家出してごめんなさい、僕が浅はかでしたって謝ろう。

怒って家に入れてもらえないかもしれないけど、そしたら玄関の前で寝よう。

ここよりはマシだ。


土方さん怒ってるかな……なんて思いつつ、遊具の中から出る。


「総司!」


そしたら突然名前を呼ばれた。

驚いて振り向くと、息急ききって土方さんが駆け寄ってきた。

スーツも脱がないまま、もしかして今までずっと走り回ってたのかな、汗だくだし、ろくに喋れないほど息が荒い。


「土方、さ………何で…」


…まさか、僕を探しに来てくれたの?

呆然と立ち尽くしていると、不意にほっぺたを平手打ちされた。


「っ痛…!」


じーんとほっぺたが熱くなる。

ぶたれたのだと理解した瞬間、じわ、と涙が溢れてきた。

嫌われた……土方さん、怒ってる。

確かに家出はしちゃったけど、僕、別に悪いことはしてないのに。

そう思って、本格的に泣きそうになった瞬間、今度は土方さんに抱き締められた。


「うわっ………」

「……この大馬鹿やろう!」

「な……?!」

「急にいなくなったりするんじゃねぇ!俺がどれだけ心配したと思ってんだ」

「だ、だって……」


僕は顔を上げて、無言で土方さんを睨み付ける。

僕は悪くない、僕はただちょっと…構って欲しかっただけだ。


「あぁ………総司」


土方さんは名前を呼んで、息もできないほどに抱き締めてきた。


「……悪かったな、ずっと仕事三昧で。お前のことを忘れてたわけじゃねぇんだ。ただ、なるべくたくさん休みをもらうために、早く片付けちまおうと思ってな……根詰めてたんだよ」

「そ……そんなことで、許されると思って…」

「だから、八月はほとんど休みにしてもらった。勉強も見てやるし、総司の行きてぇとこには全部行こう」


ごめんごめんと何度も謝る土方さんに、だんだんとこっちまで申し訳ない気持ちになってくる。


「……もう…………家出した効果はあったみたいなんで、許してあげます……」

「俺は……父親失格か?」

「そうですね…」


途端にしゅん、と萎びた白菜のようになる土方さんに、僕は少し思案してからこう言った。


「父親にしては、ちょっと若すぎですよ」


そしてちょっとイケメンすぎ。


さすがにそこまでは言わなかったけど、土方さんは、ホッとしたように目を閉じた。

そんな土方さんに、今度は僕から質問する。


「じゃあ、僕は?僕は、息子失格ですか?」

「……………」


土方さんは暫く僕を見つめていた。

それから、緩んだ表情で、僕の頭を撫でてくれた。

あ、失格じゃないかも、なんて思えるくらい優しい手つき。


「ま、家出の作法も知らねえ奴は、俺の息子ってタマじゃねぇかもな」


ついうっとりしていた僕に、土方さんはそんな爆弾を落としていった。





僕は後で知った。

家出というものは、行き先を書き置いて、家出しますと公言してからするものらしい。

それで、土方さんが探しやすくするのが作法ってもんだと言われた。

ついでに、どうしたら帰るのかも書いておくと、なお良いらしい。

それが正しいのかガセネタなのか、僕には到底知り得ないけど、でも、そんなのどうでもいい。

だって、僕には帰る家と、探しに来てくれる家族がいるんだから。



2012.08.31


間違った家出の仕方を教わった総司くん。

めらんこりっくを更新したらこちらの拍手もたくさんいただいたので、久しぶりに書いてみました。




*maetop|―




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