「あれ、総司?……と、土方さん!?」
いつものようにドアを開けてカウンターに座ると、左之さんは仰天したような顔で僕たちを見た。
「どうも………って何で俺の名前がバレてるんだよ」
「あー……えへへ、内緒です」
舌を出して笑うと、土方さんに小突かれた。
「ちゃんと言え」
「やだなぁもう。二年間、色々話を聞いてもらってたからですー」
「なっ…じゃあマスターは全部知ってるのか?!」
「だってー、僕辛かったんですもん」
「ま、待って、総司……もしかして、土方さんと…」
状況が全く飲み込めないという様子で、左之さんが慌てて聞いてきた。
「そうなんですっ!無事、復縁ですっ」
語尾にハートマークをつけて言う僕に、土方さんが溜め息をついた。
しかし、その顔は心なしか緩んでいる。
「そうかぁ、よかったな総司!俺まで嬉しくて…何だか泣きそうだぜ…」
「えええっ!左之さん!泣かないでくださいよ!」
「総司、髪の毛もすっかり元に戻って…本当によかったな!」
「えへへ。ちゃんと、親にも許してもらえたんですよっ」
あれから数週間。
僕は今、土方さんと暮らしている。
土方さんは随分前に、より高級なマンションへと引っ越していたのだが、実家に寄り付いていなかった僕はそれを全く知らなかった。
今回のことで家に帰ってみて初めてそれを知り、愕然としたわけだ。
「今までお隣さんだったのに……」
「これからは一緒に住むんだ。関係ねぇだろ」
「まぁ、それもそうですね………って、えぇ!?い、一緒!??」
「何だ、嫌なのか?」
「えっ、い、いや……そんなこと……ないです…けど…」
そんな会話をしたのが、随分前のことに思える。
土方さんと二人揃って実家に行った時、案の定両親は開いた口が塞がらない、という顔をしていた。
姉さんはとっくに結婚して家を出ていたけど、あの日は休日だったから父親もいた。
「ご連絡もせずに急にお伺いして、申し訳ありません」
普段口の悪さからは想像もできないほど改まった"営業向け"の態度で、にこやかな笑顔を浮かべながら、土方さんはお土産の菓子折りを差し出した。
あれ、僕こういう光景、どこかで見たことあるぞ。
あぁ、テレビドラマとかでよく見るやつだ。
婚約者の親に結婚の許可をもらいに行く彼氏みたいな感じだ。
そう思ったら急激に恥ずかしくなって、ずっと居心地が悪かったのを覚えている。
それから土方さんは、ひたすら自分の気持ちやら立場やらを力説していた。
元々人を意のままに動かす天才ではあるから、これまた普段からは想像できないほどよく回る口で、両親を説得しようと頑張っていた。
それが嬉しいようなこそばゆいような信じられないような。
何だか複雑な気持ちだった。
自分は末っ子だから結婚する必要はないのだとか、自分の幸せは総司と一緒にいることなのだとか、この二年間総司のことが忘れられなくてワーカーホリックになるしかなかったから、お陰でとんとん拍子に昇進が決まったんだとか、僕も知らなかった土方さんの二年間を色々と話していた。
だけど自分が総司の幸せを奪うつもりはないし、本当の幸せは結婚して家庭を作ることなのではないかと思うから、無理に自分の意見を押し通そうとは思わない、もちろんご両親の意見や総司の気持ちに従うつもりです、云々。
やけに饒舌に話す土方さんを、格好いいなと思いながらぽうっと眺めていた僕は、土方さんの発言の中にあるまじき言葉を見つけるときっぱりと否定した。
「僕の幸せは、土方さんと一緒にいることです」
僕の言葉に、両親は困ったような笑顔を浮かべていた。
しかし、元より土方さんに惚れている人たちだ。
息子のことをここまで想い、必ず幸せにすると言ってくれることに、悪い気はしなかったのだろう。
割とあっさり許してくれた。
さすがに父親は暫く渋っていたが、母親のフォローもあって、最後には許可してくれた。
そのあまりの呆気なさに、この二年間は一体なんだったのかと腹が立ったが、きっと離れてみて分かることもあっただろうとか、二年間があったからこそ、両親も許してくれたのかもしれないと思うことで、何とか怒りを収めた。
それで。
それからの土方さんは早かった。
早々に僕の部屋を引き払い、諸手続を済ませると、僕を自分のマンションに住まわせた。
家具やら生活用品やらも全て新調してくれて、僕の新しい生活が始まった。
それから僕の就活をすぐに始めさせて、よほど強力な影響力を持っているのか、自分の会社の人事部に(多分半ば脅迫的に)頼み込んで、僕の入社試験をしてくれることになった。
本当は土方さんのコネだけでも入社できたのだが、それは僕が嫌だった。
採用してくれるなら、自分の力できちんと採用されたい。
それから僕はと言えば、一切の遊びをやめ、夜徘徊することもなくなった。
もう必要がないから、煙草もやめた。
元々土方さんが煙草を吸っている、その姿とか匂いとかが好きなだけで、本当は煙草なんて嫌いだったんだから。
髪の毛も元に戻った。
それで、土方さんから、お世話になった斎藤さんとか永倉さんとかいう同僚に全て報告したと聞いて、僕は左之さんを思い出して報告しに来たというわけだ。
「そうか…じゃあ、幸せになったんだな」
土方さんはばつが悪そうにちらちらと左之さんを見ている。
まぁ、自分のことをどう言われてるかわかんないし、居心地は悪いだろうね。
そんなことを言ったら、僕だって、その斎藤さんとか永倉さんとかいう人たちに会ってみたいんだけど。
「でも、あの彼女ってどうなったの?」
「あー、あれね。あれはね、……えーとね、…その……」
「早く言えよ。お前の早とちりだったって」
「なっ……何でそうあっさり言っちゃうんですか!恥ずかしいのに!馬鹿!」
「馬鹿はねぇだろ、馬鹿は!」
痴話喧嘩を始めた僕たちを、左之さんはおかしそうに見ていたが、やがて棚からカクテルグラスを取り出すと、明るく言った。
「じゃあ、今夜は祝宴だな」
「はい!左之さん、今までありがとうございました!」
「今までとは言わずに、これからも来てくれよ?」
「あはは。これからは土方さんと来ますよ。ね?土方さん」
「あぁ」
ぶっきらぼうに言う土方さんの瞳が微かに笑ったのを、僕は見逃さなかった。
その間に、左之さんがカクテルを出してくれる。
「じゃあ、二人の幸せを祈って……乾杯!」
グラスがカチンと音を立て、僕はにっこりと微笑んだ。
End
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