二年ぶりにぐっすり眠れた。
朝目覚めても、変わらずに土方さんの腕に包まれていたことに気付いて安心する。
夢じゃなかった。
土方さんが、僕を抱き締めてくれている。
その存在を確かめるように、僕は土方さんの胸に手を這わせた。
もちろん着替えなんかないし、ワイシャツを皺くちゃにしながら寝ている土方さんは、少しだけ可愛らしい。
余程疲れていたのだろう、死んだように眠っている端正な顔を見つめていたら、懐かしさやら愛しさやらで、自然と顔が綻んだ。
暫く近距離で土方さんを見つめてから、僕はようやく満足して、顔を彼の胸にうずめると、しっかり抱きついたまま目を閉じた。
今まで一度も二度寝なんかしたことがなかったのに、土方さんの温もりは心地よすぎた。
再び意識が薄れていく。
――周りが何と言おうと、お前が嫌がろうと、もう二度と離さねぇからな
あの土方さんの言葉が頭の中でずっと繰り返されている。
「夢じゃ、ない…よね」
僕は土方さんの手にそっと指を這わせると、そのまままた眠りについた。
*
次に起きた時、既に日は十分高いところにあった。
時計を見ると、とっくにお昼を過ぎている。
「っ!」
僕は吃驚して飛び起きた。
それから今日が土曜日であったことを思い出してほっとし、土方さんがいなくなったりしていないのを見てまたほっとした。
相変わらず、息をしているのかしていないのか分からないくらい深く眠っている。
僕は密かに微笑むと、狭い台所へ行ってこれまた小さな冷蔵庫を開けた。
――――何もなかった。
いつだって僕は食に対する拘りがなかったから。
拘りがないどころの話ではなく、放っておかれれば平気で何も食べないでいるような奴だ。
最近では体力がもたないから、何も食べないということは流石になくなったが、カロリーメイトやらウイダーやらばかり口にしていた所為で、ろくな食材は何一つ入っていない。
これでは土方さんも困るだろうと、僕は財布を掴んで家を出た。
因みに、後処理は軽くティッシュで拭いただけだったらしく―――まぁそれでもしてくれただけありがたいのだが――身体がべとべとして気持ち悪かった。
頭も寝癖だらけでボサボサだし、とても外を出歩ける状態ではない。
でもどうせ歩いて五分もかからないコンビニだし、と思って、僕は気にせず真っ昼間の街を歩いていった。
顔見知りの店員さんには驚いたような顔をされたけど、僕はそれすら構わずに、土方さんの好きそうな梅のおにぎりと沢庵、それと僕の菓子パンを買ってコンビニを出た。
前は、土方さんの家に行くと必ずご飯を手作りしていた。
どちらかと言えば料理は苦手だったし、大して美味くないだろうに、土方さんは僕の手作りがいいって言ってくれたなぁと暫し思いを馳せる。
それからついでにドラッグストアに寄って、髪の毛の染料も買った。
自分の以前の髪を思い浮かべて、ああでもない、こうでもないと悩んだ末にようやく一つ選んでレジに持って行く。
美容院に行って染めてもよかったけど、なるべく早く変えたかったんだ。
多分、全部で20分もかからなかったと思う。
なのに、家に帰って玄関のドアを開けた瞬間、ぎゅうっとキツく抱き締められた。
ぱさり、と手の中のビニール袋が床に落ちる。
咄嗟に状況が飲み込めず、僕はキョトンとしながら土方さんを見上げた。
「またいなくなったかと思った……」
微かに震えている土方さんに、僕は目を丸くする。
どうやら、僕は土方さんを心配させてしまったようだ。
「大丈夫ですよ。買い物に行ってただけですから」
土方さんは、僕のボサボサの頭を見て、少し顔を緩ませた。
「それに、もう絶対にどこにも行ったりしません。土方さんが嫌がっても、ずっと土方さんの傍にいます」
昨日のお返しに、同じようなことを言ってみた。
「総司…」
土方さんがドアを閉めながら、僕のおでこにキスをしてくれた。
「ん…」
僕はビニール袋を拾うと、部屋へ戻っていく土方さんを慌てて追いかけた。
「ごめんなさい…お腹すいてるでしょ?でも今家に何もなくって…」
袋を差し出しながら言うと、中身を確認した土方さんが眉をしかめた。
あー。
やっぱりコンビニのおにぎりなんか食べないか。
そう思って困っていると、土方さんから意外なことを言われた。
「もしかして、お前はこの菓子パンを食うつもりか?」
「え?あぁ、そうですけど……」
「………着替えろ」
「は?」
唐突に言うなり身支度を始めた土方さんを、僕は唖然として眺める。
「ほら、飯食いに行くから早くしろ」
「何で!?」
「お前はもっと栄養のあるもんを食べなきゃ駄目だ」
「えー、別に僕は……」
「俺が駄目だと言ってるんだ。さっさとしろ」
「でも、おにぎり…」
「んなもん後で食うさ」
尚も戸惑っていると、土方さんが僕を無理やり着替えさせ始めた。
それには流石の僕も慌てて、全力で抵抗する。
「わ、ち、ちょっと!それくらい自分でできますから!」
それから土方さんに背を向けて着替え始めた。
背中に刺すような視線を感じ、たまらずに振り返ると、口元を歪めて土方さんが僕を眺めていた。
「お前、もしかして恥ずかしがってんのか?」
「っ見ないでください!」
分かっててわざと聞いてくるからたちが悪い。
今更だろうと鼻で笑われて癪に障った。
しかし、こういう無意味なやりとりでさえも今は愛おしい。
「…あっち行っててくださいよ」
「あっちって言われてもなぁ。一部屋じゃどうにもならねぇんだが」
「もうっ!じゃあ向こう向いててください!」
身体にはたくさんの赤い痕が散りばめられていて、確かに今更だけど恥ずかしかった。
まぁ、久しぶりだし仕方ないと思う。
僕は目にも留まらぬ早さで着替えると、大人しく壁を睨んで待っていた土方さんに抱きついた。
「それで、どこに連れて行ってくれるんですか?」
土方さんは僕だけに見せる、優しい笑顔で言った。
「総司が行きたいところ。どこでもいいぞ」
「ほんとっ!?えっとね、じゃあ…」
「あー、でもその前に、お前の実家に行かねえとな」
「へ?何で?」
「………お前の親御さんに、きちんと言わなきゃならねぇだろ。総司を俺にくれって」
「なっ……!」
「反対されるだろうが……俺は諦めるつもりはねぇからな」
僕は真っ赤になって俯いた。
「………ありがと…嬉しい、です…」
土方さんはふっと笑みを零して、僕に軽くキスしてくれた。
「ほら、行くぞ」
「…………はいっ」
差し出された土方さんの手を、僕はしっかりと握り返した。
おわり
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