早く家に帰ろうと、近道を取った。
道中何を考えていたのか、よく分からない。
深く思考に耽っていたかと思えば、目の前に転がる小石を蹴ることに夢中になったり。
とにかく、ぐちゃぐちゃだった。
かなり道のりをカットできるので、薄暗くはあったが神社の参道に入った。
僕には、これくらい暗い道の方が似合っている。
少し急ぎ足で歩いていると、不意に後ろからついてくる足音に気がついた。
こんな時間にこんなところを歩いているなんて変だ。
これはもしかしなくても、僕の後をつけている。
いつからついてきていたのかは分からないけど、参道に入ったことで辺りが静かになり、その不自然な足音がやたら耳につくようになった。
家まで来られたらたまったもんじゃない。
そう思って歩みを止めると、僕は自ら振り返った。
「何か用ですか」
視界に入ってきたその男の人に見覚えは全くない。
それで、これはヤバいな、と僕はますます警戒を強めた。
「君さ、さっきバーにいたよね?」
それを聞いて、あぁ、バーからつけてきていたのか、と納得する。
「……だったら何なんですか」
今日はどうしてこうもツイてないんだろう…。
「いや、君、いいな、と思ってさ」
"いいな"に込められた意味は、嫌というほど分かってしまう。
「……すいません、僕そういうの無理なんで」
男がじり、じり、と間を詰めてきて、僕はたまらずに後ずさる。
「どうして?君、相当遊んでるんでしょ?」
「それは否定しませんけど、僕が遊ぶのは女の子とだけです」
「でも、俺全部見ちゃったんだよねー」
相当酔っ払っているのか、にやりと笑って近付いてくるその人を、僕は単純に気持ち悪いと思った。
「……そうですか。でも僕、男色なわけじゃないんで」
「どうして。さっきはそうだって言ってたじゃんか」
「僕は一人以外絶対好きになれないし、身体を許すつもりもないんです」
「そう。なら、まぁそれでもいいよ。その方が、犯し甲斐があるってもんだ」
「…っ……失礼します」
何を言っても無駄だと思った。
僕はくるりと身体の向きをかえると、家とは反対方向に向かって、一目散に逃げ出した。
とりあえず家がバレることだけは絶対に避けたいから、それならまた繁華街の方に戻った方がいいと判断した。
「あ、ちょっと君!!」
すぐにその人が後ろから追いかけてくるのが分かった。
僕は怖くなって、全速力で参道を駆け抜けると、男を撒くために必死で逃げた。
怖い……怖い……
捕まったらどうしよう。
散々遊んでる僕が今更何をって感じだけど、男は絶対に駄目。
それは僕が守り続けてきた、最後の砦なんだから。
嫌だ、絶対に捕まりたくない…
あまりの焦燥感に、僕は益々薄暗い路地の方へ来てしまった。
このままではまずい。
早く、人通りのある大通りの方へ行かなければ……
そう思ってビルの角を曲がった瞬間、腕をぐい、と引かれた。
そのまま薄暗いビルの駐車場へと引きずり込まれる。
捕まった…………
僕は絶望にくれ、緊張で身体を強ばらせた。
絶対手籠めになんかなるもんか。
そう思って、気力だけで必死に暴れる。
「嫌だっ!離せ!離せよっ!」
「馬鹿。見つかりたくなかったら騒ぐんじゃねぇよ」
「嫌だぁぁぁっ!誰があんたなんかにっ…誰か助けっ………んぐっ!」
大きな手で口を塞がれて、僕は益々パニックになる。
四肢をばたつかせ、全力で抵抗した。
「ん〜っ!…んん〜〜っ!!」
「……少しは落ち着いたらどうだ。俺を見ろ、総司」
名前を呼ばれて、やっと何かがおかしいことに気付いた。
恐る恐る顔を上げると、通りの方を睨んで息を潜めている、端正な横顔が目に入った。
胸の中に抱え込まれて、香ってくるのは懐かしい匂い。
嘘………
土方、さん…
僕は驚きのあまり、どうしていいか分からなくなって、身体を硬直させた。
すると、僕を抱き締めている土方さんの腕の力が、ますます強くなる。
「…じっとしてろ」
二年ぶりの土方さんの抱擁に、全く息ができなかった。
どうして土方さんがこんなところにいるのかとか、彼女はどうしたのかとか、疑問ばかりが浮かんでくる。
再びパニックになりかけていると、通りの方でバタバタと足音がした。
びくっと身体を震わせて、僕は息を潜める。
土方さんは、ますます僕のことを隠すように身体を押しつけてきた。
鼻孔が土方さんの香りでいっぱいになり、心臓は早鐘を打っている。
ずっと走ってきた所為で、息も荒い。
どうしていいか分からず、僕はギュッと目を瞑った。
「ったく、どこに行きやがった!」
通りで、先ほどの男が騒いでいるのが聞こえた。
「くそっ、あんな上玉なかなか…」
男の余りにも直接的な言葉に身体が震え目からは涙が零れ落ちた。
自分の所為だと分かっていたけど、怖くて怖くて堪らなかった。
すると、土方さんがぎゅっと抱き締めてくれた。
思わず顔を上げると、口パクで大丈夫だと言われた。
それで更に涙が溢れてくる。
どうしてこんなに安心してしまうんだろう……
「ちっ………今日は諦めるか…」
やがて、辺りを彷徨いていた男の足音が遠ざかって行くのが聞こえた。
緊迫した空気が一気に緩む。
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