総司に海外への転勤を告げられないまま、とりとめのない数日が経過した。
総司は相変わらず調査に駆り出されていたが、毎日夕飯を食べに来たし、言う機会はいくらでもあった。
が、姉はなにも催促してこないし、土方もまた口を割らない。
言わなければというプレッシャーと、言った後の最悪の結果を想像するたびに感じるストレスで、土方の気は全く休まることがなかった。
「総司!土方さん!大変なんだ!早く来てよ!」
そんなある日のことだ。
いつものように総司と共に役所に顔を出すなり、平助が血相を変えて駆け寄ってきた。
総司は土方が此方にいる間は残業を減らすことにしたらしいが、平助はほぼ毎日泊まり込んでいる。
その分新たな情報を入手するのも早い。
「黄泉がえりの原因が分かったかもしれねぇんだ!」
「何だって?!」
土方は総司と顔を見合わせてから、興奮して平助の後について行った。
「これ、ほら!」
通されたのはコンピュータがずらりと並んでいる情報室で、一台のコンピュータの前に、何やら黒山の人だかりができている。
それをかき分け画面を覗き込むと、山の等高線のようなものと、そこに点滅しながら無数に集まり大きな円を形成している、何かの印が映し出されていた。
「なにこれ。これって裏山の地図だよね?県境の」
一言で裏山と言っても、その規模はかなり大きい。
この役所の裏から、新幹線の駅を通り越して更にその先、隣の県まで山裾を伸ばしている。
「そう。これはちょうど新幹線の駅の手前くらいかな。そこでさ、今朝方大きなクレーターみたいなのが見つかったんだ。環境保護団体がゴミ拾いしに山に入って見つけたらしいんだけどさ」
「この点滅してるやつは何だ?」
「これは、現段階で検知されてるエネルギーを点状に表したもので、何のエネルギーか特定できてないから何とも言えないんだけど、今のところ人体に影響は出てない」
「つまり、得体の知れない高エネルギーが、このデケぇ穴から放出されてるってことか」
平助は肩を竦めた。
「どうも、このエネルギーが有り得ないくらい大きな生体反応を示してるらしくてさ。直接黄泉がえりとの結びつきが見つかった訳じゃないけど、超常現象同士結びつけるのが妥当なんじゃないかって、話がまとまってる」
「まぁ、そう考えるのが自然ではあるよね」
「しかもな、今まで申告のあった黄泉がえりの人たちの家とかお墓とかをこの地図に重ねると、………ほら」
そこには、クレーターを中心にした、半径が数キロもある巨大な円ができあがっていた。
「多分、この範囲にお墓とか生前の痕跡とかがある人たちに、黄泉がえり現象が起きてるんだと思う」
土方は地図を食い入るように見つめた。
が、残念なことに、求めているものは黄泉がえりの範囲には入っていなかった。
「なら、この範囲に遺体とか遺骨とかを持ってけば、誰でも黄泉がえるっつーことか?」
思わず平助に聞くと、彼は不気味そうに肩を震わせた。
「オレに聞かないでくれよ!分かんねぇし、例えできたとしてもやりたくない」
「ただのたとえ話だろうが」
口ではそう言いながらも、土方の頭の中では違う考えが進行していた。
もし彼のDNAが一部でも手に入れば、彼を黄泉がえらせることも可能ということだ。
そうすれば、きっと総司を喜ばせることができる。
彼を総司から奪ってしまった自分が彼を連れ戻せば、総司も許してくれるかもしれない…。
物思いに耽る土方を、平助も総司も不思議そうに見つめていた。
「土方さん、ここに居たのか」
土方が一人、役所の食堂に備え付けられたテレビでワイドショーを見るともなしに眺めていると、暑そうに団扇をパタパタさせながら平助がやってきた。
謎のクレーターとエネルギー反応の所為で東奔西走する公務員たちに気兼ねして大人しくしていたのだが、古い型の分厚いテレビは写りが悪く、かといって他にすることもないので、土方は暇を持て余していたところだった。
「ご苦労さんだな」
そう言ってセルフサービスの水を持ってきてやると、平助は大きな目をまん丸に見開いた。
「土方さん、何か変わった?」
「何が?」
「なんか、よくわかんねえけど、優しくなったっつうか、丸くなったっつうか」
「そんなに俺が水を提供するのは珍しいか?」
「あ、いや、まぁ…」
平助はガシガシと頭を掻き、目を逸らしながらコップを煽った。
「あ〜、あちぃあちぃ」
「総司は?」
「総司は頭良いチームで解析中」
「アイツ、頭良かったのか」
「良いよ、っていうか知らなかったのかよ。総司は県外の大学に行こうとしてめっちゃ頑張ってたんだぞ?」
あんぐりと口を開けると、平助が呆れきった目で睥睨してくる。
「じゃあ、アイツ、なんで、」
「結局行かないで地元に留まったんだよ。ったくよー、その調子じゃ理由も何にも知らねえんだろ?」
「理由?」
平助に、やれやれと溜め息を吐かれてしまった。
平助に見下される日が来るなど、正直想定外だ。
「だからさ、総司は、土方さんと同じ企業に就職したかったんだよ」
「はぁ?」
「そのためにはいいとこの大学出てないと…みたいな思いが総司にはあって、それで頑張ってたんだ」
「なら、なんで…」
「土方さんから音沙汰がないから」
「…………」
「僕のこと怒ってるんだろうなって、総司言ってたよ。僕が我が儘言ったからあんなことになったんだろうって。だからもう、合わせる顔がないやって」
「それは違うだろうが!あれは俺の所為で……っ」
「それ、オレに言ったってしょうがないよ」
平助の静かな声に、ハッと我に返った。
「……やっぱりまだきちんと話せてなかったんだな」
「…………あぁ」
「二人で腹割って話さなきゃ。いつまで経っても前に進めないじゃん」
「んなこたぁ分かって…」
「分かってるなら、何でうやむやにしてるんだよ?!土方さん、お盆終わったら帰っちまうんだろ?」
「…………」
「オレが言うのもお節介だとは思うけどさ、友達として、二人のこと見てらんないよ」
「…………」
暫くの沈黙があった。
「……オレ、昼飯買ってくるな。土方さんも同じのでよければ一緒に買ってくるけど」
土方は黙ったまま財布を渡した。
平助が走って行くのを見送ってから、大きく息を吐く。
鈍感なようで、その実他人の感情の機微に敏感なのは平助もまた然りだ。
一回り近く年下の平助にあんなことを言われてしまうなんて、プライドも何もあったもんじゃねぇ。
俺は何て情けない大人なんだろう。
土方は一人ごちた。
暫くして、定食のトレーと共に平助が戻ってくる。
二人向かい合って昼食を取った。
「そういえばさ、こうやって二人で飯食うのって初めてだよなぁ」
平助は気持ちの切り替えが早い。
まだどこか鬱々とした気分を拭い切れていなかった土方も、平助の明るさにつられて思わず頬を弛めた。
「そうだな…いっつも三人か、もっと大勢か……とにかく、二人ってのはなかったな」
「オレ、嬉しいよ。いくらお盆休み中だけとはいえ、土方さんが帰って来てくれてさ」
「もう、忘れられたかと思ってた」
はは、と声だけで笑うと、平助が眉を吊り上げて、ご飯をかき込んでいた箸を乱暴に置いた。
「忘れるわけないだろ!」
あまりの剣幕に一瞬怯んだものの、土方はすぐに鬱屈した心でその言葉の意味を捉えた。
「そうだよな……憎しみなんざ、そう簡単に忘れるわけがねぇよな」
「っ!」
平助が、悲痛な顔で此方を見つめている。
長い年月を以てしても土方の心の傷を癒すことはできなかったのだと、重たい現実を突きつけられたような表情をしていた。
「……オレは、そういう意味で言ったんじゃねぇし。変に卑屈にならないでくれよ…」
「平助……」
「別に、誰も土方さんのことを攻めたりしてねぇんだから。みんな、戻ってきてくれて嬉しいって、素直に思ってるんだぜ?」
そうなのか、と土方は何一つ感情を動かすことなく思った。
実際にみんなが嬉しいと思っていたとしても、土方がそう捉えていなければ何の意味もない。
事実とはそんなものだ。
「……ありがとな」
だが、真っ直ぐでひたむきなまま成長したらしい平助の精一杯の言葉は純粋に嬉しかったので、一応そう言っておいた。
平助はまだどこか釈然としていなさそうな様子ではあったが、それきりその話題を持ち出すことはなく、当たり障りのない世間話をして昼食を終えた。
「そういえば、お盆送りの日に、小さなお祭りをやるんだ」
すっかり空腹を満たしたところで、出し抜けに平助が言う。
「祭り?役所が主催すんのか?」
「晴れてたら花火を打ち上げるから、そっちの準備と場所の管理はやってるよ。出店は一般に任せてるけど」
「へぇ」
「へぇって、まったく、土方さんって相変わらず反応薄いんだな!こっちは黄泉がえりの処理と同時進行させられてキッツいっていうのにさ!参加しなかったらマジでぶちギレるからな!」
「お前がか?」
脅しにもならない文句に土方が笑うと、平助は安堵したような、怒ったような、何とも言えない表情を作った。
一服しようとタバコを取り出しながら、土方は平助をじっと見つめる。
「と、とにかく、ここで過ごす最後の夜なんだから、絶対参加してくれよな!盆踊りしろ〜なんて言わないからさ!」
「ん、分かった」
土方の返事を聞くと、平助は満足したのか仕事に戻って行った。
ライターをカチカチとやりながら、祭りか、とぼんやり考える。
祭りどころか露店も花火も、土方には縁遠くなっているものだった。
総司は祭りが大好きで――というのも美味しいものが山ほど食べられるからなのだが――学生時代、よく無理やり同行させられていたのをふと思い出す。
祭りまでに、過去を清算できればいいんだが……と土方は黙って紫煙をくゆらせた。
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