※総司が子猫
※キャラ崩壊
※
こちらを先に読まれることをお勧めします。
土方さんに拾われてからまだほんの数日間。
だけど僕は、だいぶ元気な子猫になったみたいです。
「ほーら総司、いっぱい食えよ」
「にゃ!」
今朝もご飯の時間になると、土方さんがミルクを運んで来てくれた。
土方さんがお皿を床に置くのを待ちきれずに、僕は首をお皿の中に突っ込む。
おかげでお皿が傾いて、中身のミルクが端から溢れ出てしまった。
「あっばか、何してんだよ!」
土方さんが慌てたように、僕の顔を押しのけてくる。
「しゃー」
僕は威嚇するような唸り声を上げ、土方さんの手を甘噛みした。
「うわっいってぇ!」
早く寄越せと催促すると、土方さんは観念したように、ようやくお皿を明け渡してくれた。
早速ぴちゃぴちゃとミルクを舐め始めると、土方さんが頭上でため息を吐く。
「ったく…元気になってくれたのはいいんだけどよ………まだツナ缶すら食えねえくせに豪快な飲みっぷりだぜ」
僕は視線だけを土方さんに向けた。
だって、ミルクは美味しいんだ。
お母さんのお乳の味を知らない僕にとって、土方さんの与えてくれるミルクの味は絶品だった。
「そんなにがっつかなくても誰も取りゃしねぇよ。ゆっくり飲みやがれって」
土方さんは困ったように眉尻を下げて微笑みを浮かべると、すぐに立ち上がってどこかに行ってしまった。
「………?」
僕は急に不安になってお皿から顔を上げると、土方さんが消えた方へ、とてとてと歩いて行った。
「みぃー………」
土方さんを呼ぶように喉の奥から声を出したけど、どこに行っちゃったのか、どこにも姿が見えない。
「みぃー………」
迷子になって、フローリングのつるつる滑る床の上をさ迷っていると、不意に目の前に壁が現れて、僕は避ける間もなく顔面衝突した。
「み゛ゃっ!!」
身体がフローリングの上をつるつると球のように滑っていく。
僕は慌てて四肢を広げると、思い切り爪を立てた。
きー、とフローリングに薄い線が引かれ、身体がやがて停止する。
「なっ…総司?!」
壁の向こう側から現れたのは、他でもない土方さんだった。
ぺちゃんこになった僕に慌てたように駆け寄ってきて、すぐに身体を顔の高さまで持ち上げられる。
「お前何でこんなとこにいんだ?ミルクはどうしたよ、ミルクは」
「みゃー」
僕は舌を伸ばして土方さんの顔を舐めた。
「ぅわっ……くすぐってぇ」
土方さんは驚いたように顔を後ろに引っ込めた。
僕は前足を、その顔を追いかけるようにくいくいと動かす。
「何だよお前……一人じゃいられねぇってか?」
俺はお前の親じゃねぇんだぞ?
笑いながらそう言って、土方さんは僕を抱えたままリビングに戻った。
親じゃないなら何なのさ。
僕はこてんと首を傾げる。
土方さんは、雑巾を取りに行っていたらしい。
"せんめんじょ"でそれを濡らして、"どあ"を開けたら僕が転がって行くのが見えたんだとか。
僕がぶつかった壁は、どうやらどあと言うみたいだ。
そういうことを、土方さんは僕が零した床のミルクを拭きながら説明してくれた。
「悪かったな。痛いとことかねぇか?」
再びミルクのお皿に首を突っ込む僕を見て、土方さんが言う。
別に、痛くはないんだけどね。
急にいなくなったからびっくりしたの。
思うことは色々あったけど、僕は何も言わなかった。
「…………ごめんな」
土方さんは、僕が怒っていると勘違いしたらしい。
猫のご機嫌取りなんて、どうかしてるんじゃないの。
やっぱり土方さんって変だよ、変。
それから土方さんがまた立ち上がったので、僕はつられて顔を上げた。
「じゃあ、お前はそれ食ってろよ。食い終わって眠たくなったら、…ほら、ここで寝てろ」
ここ、と言って土方さんが柔らかそうなタオルの上を指差した。
どうやら、予め用意しておいたらしい。
僕は試しにそのタオルのところまで行って、身体を乗せてみた。
うん、あったかい。気持ちいい。
「よしよし、気に入ったみてぇだな」
土方さんは満足そうにそういうと、思い出したように付け加えた。
「あ、くれぐれもいたずらはするんじゃねぇぞ?」
「みゃ?」
いたずら?何それ楽しいこと?
「お前はいたずらっ子そうだからな……って猫に言っても無駄だよなぁ…」
土方さんは何やら困ったようにボリボリと頭を掻いている。
「…まぁ、破かれて困るようなもんは持ったし、書類もパソコンもねぇし、…んー、まぁいいか」
それから一人でぶつぶつ呟いていたかと思ったら、急に僕の頭をぽんぽんと叩いてきた。
大きな手の平を押し付けられて、頭だけではなく、僕の身体がほぼ丸ごと叩かれる。
「よし、じゃあ行ってくるな」
「………みゃ?」
「お前のことが心配だし、なるべく早く帰ってくっから」
僕はキョトンと土方さんを見上げた。
行く、って聞こえた。
行くって、どこに?
いなくなっちゃうの?
僕は立ち上がって歩き出す土方さんに、慌ててついていった。
「お、何だ?見送ってくれんのか?」
今度は見送りって聞こえた。
やっぱり土方さん、どっか行っちゃうんだ。
やだ。置いてかないでよ。
「みゃー」
僕は精一杯可愛い声を出してみせた。
そうすれば、土方さんが僕を置いていかないでくれると思ったから。
「みゃー…みゃー…」
それでも足を止めない土方さんに、僕は焦って纏わりつく。
足に尻尾を絡めて、身体ごと甲の上に乗り上げるようにすると、土方さんはついに歩みを止めて、やんわりと僕の身体を外しにかかった。
「おいおい、スーツに毛がついちまうだろ。どうしたんだよ急に、甘えただな」
必死に尻尾を絡めたけど、土方さんの力に僕が適うはずもなく。
呆気なく僕は引き剥がされて床の上に置かれてしまった。
「みゃー……」
玄関に辿り着いた土方さんは、立ったまま器用に靴を履いていく。
このままみすみす捨てられてたまるかと、僕はその靴に噛みつこうとした。
……が、口が小さすぎて無理だった。
「こら、遅刻しちまうから離れろって」
「みゃあ!」
僕は抗議するように声を荒げた。
捨てるくらいなら、どうして僕のことを拾ったりしたんだ。責任とれ。
「みゃー…みゃー」
必死でかわいこぶるけど、土方さんを落とすことができない。
だんだん悲しくなってきて、生命の危機すら感じて、僕は何度振り払われても土方さんの足に擦り寄った。
「お前………」
そのうちに、土方さんは何かに気付いたらしい。
諦めたようにしゃがみ込むと、僕の身体を足から引き剥がして、そのまま持ち上げた。
「お前もしかして、また捨てられるって勘違いしてんのか?」
「みゃ?」
勘違い?
僕は首を傾げる。
「……あぁ……マジかよ…」
土方さんは片手でこめかみを抑えた。
それから急に優しそうな笑顔になると、諭すように僕に言った。
「あのなぁ、俺はお前を捨てたりしねぇよ。ただちょっと、仕事に行ってくるだけだ。夜には絶対帰ってくる。分かるか?」
なんだ。
なんだ、土方さん、帰ってくるんだ。
僕また一人ぼっちで置き去りにされるのかと思った。
「まぁ、昼間は一人にしちまうが…きっと寝てりゃあすぐ夜になるさ」
だから、安心して待ってろ。
そう言う土方さんは、何だかちょっぴりカッコ良かった。
「……みゃ」
「よし、いい子だ………じゃあ、今度こそ行ってくるな」
「みゃ」
僕を床の上に下ろすと、土方さんはどあを開けて外に出て行った。
ガチャリと鍵穴の回る音がして、辺りに静寂が訪れる。
「みぃー………」
捨てられた訳じゃない、そう分かっていても一人ぼっちは寂しいもので。
僕は暫くの間、開かない玄関のどあを爪でカリカリと引っ掻いていた。
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