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「土方、さ」


寝ていたはずの土方さんが、しっかり目を開けてこちらを見ていた。

驚いて涙を引っ込めた僕に、土方さんは柔らかな微笑みを投げかける。

止めてよ、そんな顔されたら、僕期待しちゃうよ。


「起きちゃいました…?」

「いんや、最初っから狸寝入りだ」

「えっ」

「お前に会ってねぇのにすやすや眠れるほど図太い神経はしてねぇよ」


…騙された。

この僕が騙されるなんて。

思えば初めて会ったときからそうだったけど、ホント土方さんには適わない。


「総司、やっと来てくれたな。痺れ切らして、俺がそっちに行くところだった」


そう言って、土方さんは動く方の手で僕の髪の毛を撫でてくれた。

すごく気持ちいい。


「……顔も見せてくれねぇで、今まで何してやがったんだよ」


色々考えてたんだ、土方さんのこと。


「寂しかったんだからな」

「寂しい…?」


眉を寄せると、土方さんはやれやれと肩を竦めた。


「兄貴の気持ちくらい分かれよ、弟だろ」


ワザとかな。

僕に認識させるために、ワザと兄弟って強調してるのかな。


「だって…僕土方さんのこと撃っ」

「守ってくれたんだろ?」

「え……?」

「だから、お前は俺を助けるために、あの時撃ったんだろ?」

「何、で…」

「はぁ……ったく、人の話はきちんと聞け。『分かってるから、自分を責めるな』って言わなかったか?」

「そんな、の……」


確かにそんなようなことを言われたような気もする。

だけど、そう言われたからって自分を責めないでいられる人なんていないと思う。

傷つけた相手のことを深く思っていれば、尚更だ。


「もう、自分を責めないでくれ。お前は何も悪いことはしてねぇんだ。むしろ、命を張って守ろうとしてくれたじゃねぇか。頼むから、気を遣わねぇで俺に甘えてくれよ」


半分掠れたような声で言う土方さんに、しかし僕は首肯できない。

だって、甘えとはちょっと違うと思う。

気を遣ったりしてるんでもない。

ただ僕は………そう、


「大切な人を無傷で守れなかったことが…………悔しくて」


声に出して言えば、土方さんは驚いたように目を見開いた。


「大切……?」

「あ………や、…その…」


そういえば、土方さんに面と向かってこういうことを言うのは初めてだったかもしれない。

自覚した途端急に恥ずかしくなって、僕はベッドに隠れるようにしてうずくまった。

すると暫しの間があってから、土方さんがぎこちなく体を起こして、此方を覗き込んできた。


「総司…」

「…………」

「総司、顔上げろ」

「…………」


無性に恥ずかしくなって土方さんを無視していたら、突然グイッと腕を掴まれた。

片手でよくもこんなに、と思うほどの力で引き上げられ、右腕を背中に回される。

動かないよう、包帯で固定されている左肩に体が当たりそうになって、僕は慌てて隙間をあけた。

それでも尚、土方さんは僕のことを引き寄せてくる。


「は……この腕じゃあ抱き締めてやれねぇな」

「……怪我、大丈夫なんですか?」

「あぁ。弾さえ抜いちまえば大したことねぇって言われた。お前の腕が良かったおかげだな」


あれ、誰かさんと同じこと言ってる。


「まぁ、総司から受けた傷なら嬉しいもんだ。親父の代わりになっちまうが、お前を捨てた罰を、やっと受けることができた気がする」


耳元で囁かれるその内容に、僕は瞠目して土方さんを押し返す。


「罰なんて……やめてくださいよ、僕そんなつもりなかった…」

「分かってる。これは俺の気持ちの問題だ」


土方さんの気持ちって……土方さんも色々葛藤があったりしたんだろうか。

僕には想像もつかないけど。


「僕に気なんか遣わないでください…」

「そう思うなら、お前も俺に気なんか遣うな」

「……………」

「どうして俺がそう言うか、分かるか?」


顔を上げて土方さんを見れば、彼は驚くほど真剣な顔で僕を見据えていた。


「………僕が、弟だから?」


血を分けた、たった一人の家族だから?


「違う。それだからお前は分かってねぇんだ」


真っ向から否定されて、さすがにしょげた。

それ以外の理由なんて思いつかないのに。


「俺はな、お前だからこういうことを言うんだ」

「僕、だから?」

「あぁ。俺の前に現れた弟が、総司だったから大切にしてぇと思うんだ」


それ以上でも、それ以下でもねぇよ。

土方さんはそう言って笑う。

簡単なことを言われているはずなのに、僕にはよく分からなかった。


「俺はな、例えお前が弟じゃなかったとしても、うちで引き取るつもりだった」

「何で、そんな…………」

「弟なんていうのはただの肩書きだろ?総司が欲しいと思ったら、それがたまたま弟だったっていうだけのことだ」


土方さんはそう言って、僕の背中をぽんぽんと叩いた。

子供をあやすように背中を撫でる、温かい手。

意識を集中させるために目を閉じれば、二人分の呼吸がシンクロして聞こえてきた。

あぁ、生きてるんだ。土方さんも僕も。


「………………」


土方さんの弟でよかった、だってそれだけでずっと一緒にいて良いという権利が手に入るから。

今までずっとそう思ってた。

だけど土方さんは、それ以上のものを僕にくれようとしている。

僕という人間を見て、僕だから欲しいと言ってくれている。

考えてみれば簡単なことだ。

僕だって、土方さんがお兄さんだからずっと一緒にいたいと思うわけじゃない。

お兄さんが土方さんだったから、離れたくないと思うんだ。

それは同じようで本質的に全然違うこと。

そして、土方さんという家族に出逢えたことは、僕の喜びだ。

本当に土方さんは…僕の気持ちを溶かすのが上手なんだから。

生きてる喜びを感じるって本当なんですね、土方さん。

今まで、死について考えることはあっても、今生きているということについては考えたことがなかったかもしれない。

それは、生きている実感がなかったから。

でも、今なら分かる。

僕はあなたに必要としてもらえて、すごく嬉しい。

僕が生きている意味を、生きる目的を、やっと見出だせた気がする。


「はは…………困ったなぁ」


思わず笑ってしまった。

久しぶりに心の底から笑った気がする。


「………何で困るんだよ」

「どうしようもなく嬉しいから」


顔が見えていないのをいいことに、素直に述べてみる。


「土方さん、撃ったりしてごめんなさい。勘当されたらどうしようかと思ってたけど、そう言ってもらえてすごく嬉しいです」


すると、土方さんの纏う空気がふっと緩んだ。

それから呆れたように頭をがしがしと掻き回される。


「だからなぁ…………言っただろうが。お前のためなら命だって捨ててやるって」

「そしたら、残された僕はどうなるんですか」


恥ずかしいのを堪えて言ってみたら、驚いたのか、土方さんが微かに身じろいだ。


「……もう、一人ぼっちはいやです」


僕は前とは比べようもないほど弱くなった。

だけどそれは僕が愛を知り、成長したからであって、悪いことじゃない。

むしろ、弱さをさらけ出せる相手ができたことで、より高次の強さを手に入れられたと思う。

揺らぐことのない、信頼や愛によって生まれ得る真の強さを。


「総司……」


土方さんは僕から離れて、じっと顔を見つめてきた。

じゃあ僕も、と土方さんの顔を覗き込む。

美しい顔。

月明かりを受けて仄かに煌めく深いアメジストの瞳は、見れば見るほど吸い込まれそうだ。

僕の父さんはこんな顔をしてたのかなぁなんて、ちょっぴり考える。

その美しい目の奥から今伝わってくるのは、ただひたすら誠実な思いだけ。


「もう、二度と離さねぇ。二度と一人になんざさせねぇから」


真摯な響きをもって僕の耳に、心に伝わる言葉。

触れた肩から伝わる温もりに、じわりと涙が滲んだ。


「初めてここに来た時、お前言ってたよな。自分が育った環境は最悪で、その日生きるために必死だったって。それを知らないで俺はのうのうと生きているんだって」

「確かに……そんなようなことを言ったかもしれないです」

「俺は…深く反省させられたよ。特に俺の場合は、お前をそういう状況にさせた責任が直接あるようなもんだからな」

「だから、それは気にしてないですってば」

「けどな、この国にはお前や井吹みてぇな生活を強いられてる奴が、他にも沢山いるはずだ。俺にできることがねぇか、色々考えてみようと思う」


土方さんは、すっかり施政者の顔になって言った。


「大袈裟に聞こえるかもしれねぇが、お前と会えたから、俺はそう思えるようになったんだ。お前のおかげだ、総司」


…まさか、僕の言葉がそんなに響いてたなんて。

取るに足らない戯れ言だ、って聞き流されてるのかと思ってた。

……ううん、でも、よく考えてみれば、土方さんはそんなことをするような不誠実な人じゃないよね。


「土方さんが思ってたよりいい人で良かったです」

「思ってたよりって何だよ」


ようやく心が落ち着いて、僕は涙の跡を拭いながら笑った。

土方さんも僕と一緒に笑おうとして、すぐに痛そうに顔を歪める。


「いって………」


肩に力が入ると傷に響くらしい。

僕は慌てて土方さんが横になるのを手伝った。

元通りベッドに潜り込んだ土方さんを、床に膝立ちになって見守る。

すると土方さんは時間をかけて横に移動して、何事かと見つめていた僕に、一緒に寝るよう宣った。

誰かに添い寝してもらう――いや、この場合添い寝してあげる?――のは初めてだし、照れ臭くて渋っていると、再び強引に腕を引かれた。


「僕、寝相悪いから蹴っちゃうかもしれませんよ?」


土方さんの望み通り横に収まってから言ってみたら、鼻で笑って一蹴された。


「別に気にしねぇよ」

「肩に体当たりしちゃうかもしれませんよ……?」

「そしたら、抱き締めて動けねぇようにしてやるから問題ねぇ」


そう言って、土方さんは笑った。

それでまた痛そうにするものだから、おかしくて僕も笑った。

そういえば、土方さんに逢うまで、僕は笑うどころか泣くことすら忘れていた。

泣き方が分からなくて、悲しいのかどうかも分からなくて、ただひたすら自分の意義を探し求めていた。

悲しみがあるから喜びが分かる、幸せじゃないから幸せが分かる――そんな当たり前のことにすら気付けなくて、ずっと霧の中を彷徨っていたような気がする。


「なぁ、総司」


ふかふかの布団の下、微かに触れた手を絡め取りながら、土方さんが口を開く。


「俺は、お前に一つ、任務を与えようと思う」

「任務?」


繋がれた手が気になって、僕はしどろもどろで聞き返した。

だって、こんな風に手を繋ぐのなんか初めてだよ。

どうしよう。手汗酷くないかな。


「簡単なことだ。ただ、途中で放棄されたら困る」

「何ですか…?」


どうしよう。ますます緊張してきた。

今まで数々の任務を与えられてきたけど、一番緊張するかもしれない。

僕は、生唾を飲み込んだ。


「これからも、ずっと俺の傍に居てほしい」

「はい?」


すぐに飲み込めなくて土方さんの顔を覗き込むと、彼は気まずそうにそっぽを向いてしまった。

え、任務ってそんなこと?


「お前が弱くたって、俺が守ってやる。辛ければ頼ればいい。だから、お前も俺を支えてくれねぇか?」


なんだ……確かに、簡単なことだ。


「僕、もう二度とここを出て行ったりしませんよ。出て行こうとも思いません」

「総司………」

「だって、僕も、土方さんのことを守りたいから」


僕のこの戦闘能力を生かせる場所があるとしたらそれは、土方さんの護衛だと思う。

土方さんは僕の言葉を受けて、とっても柔らかくて優しい笑みを浮かべた。


「一生傍にいろよ、いいな」


それは、僕にとって最高の福音。

僕も土方さんも、ろくに愛を知らずに生きてきてしまったけど、そんな僕たちでも、愛を作り出すことはできるようだ。

僕の人生に色を与えてくれたかけがえのない人に、僕は心からの笑みを返した。



もう二度と離れてなんかあげないからね、――兄さん。



end




*maetoptsugi#




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