わたしの部屋だと案内されたこの部屋は見慣れたものがないわけではない。だけど、どうにも自分には覚えのないものが多すぎてなんとなく落ち着かない。


部屋にある大きな本棚。綺麗に整頓されているそれらを見ると本をとても大切にしていたのだとわかる。この持ち主が自分だと言われて納得する気持ちもある。だけど違和感の方が多く残る。


「……帰りたい」


ハッと口を抑える。自分で自分の言葉に驚いた。
自分の部屋も与えてもらって、好きな海の本もたくさん持って、みんなに愛されて、これが自分が望んでいた生活のはずなのに、なんてことを口走ってしまったのだろう。
帰りたいだなんて自分の帰る場所はここなのに。


「当然だよい」


後ろから聞こえた優しい声に振り返ると扉のところに立ってこちらを見るマルコがいた。
まさか聞かれていたなんて思っていなくてどう訂正しようかと考えるも、マルコの言った言葉はわたしを肯定している言葉でさらに混乱する。そんなわたしの様子を他所にマルコはゆっくり近づいて来た。

戸惑いと驚きで動けないでいるわたしの前にやって来るとわたしと目線の高さが合うように屈み、そっと口を覆っていたわたしの両手を外した。
触れたマルコの手にひどく安心する。少しカサついていて、いつだってわたしのより一回りも二回りも大きい。そんな手の動きを見つめる。


「あ…、ご、ごめんなさい……」
「ん?」


聞き返すマルコの声はとても優しくて、さも、何がだ。と言いたげだ。
そんな時目で追っていた大きな手がわたしの視界よりも高くに行ってポスンと頭に軽い重み。同時に目の前のマルコと目が合う。


「大丈夫。大丈夫だよい。お前のことはおれが守ってやる」


頭に乗っていたはずのマルコの手がいつのまにか後頭部に回って、もう片方の手もわたしの背中に回って、ゆっくり導くようにわたしをマルコの中へと引き寄せた。
気付いた時にはもうマルコに抱きしめられていて、マルコは規則正しくわたしの頭と背中を撫でつける。

知ってる…。
その優しい笑顔は、いつだってわたしに向けてくれる大好きなマルコのものだ。


じわり。じわり。

自分の中で何かがせりあがって来るのを感じた。気を抜けば一気に溢れそうな。


「マ…ルコ…」


ぽたり。

耐えていたはずが一滴でも零れてしまえばもう自分でも歯止めが利かない。
どんなに我慢しようと思ったところでマルコによって溢れた感情はもう引いてくれそうもなかった。

マルコの肩に落ちた涙がじんわりと染み込んでいく。


「ここにいるのはちゃんと、お前の知ってるおれだよい」


自分の知らない自分、家族。
そんなわたしの不安は全てお見通しだったというようにマルコは言葉をくれる。


「大丈夫だ。大丈夫」


低く優しい声が耳元で繰り返される。
もう大丈夫自分でもわかっている。なのに涙が止まらない。

そっか、安心してるんだ。

自分の知らないことばかりじゃない。マルコはいつだって変わらずわたしを大切に思ってくれている。その事実だけでわたしは生きていける。


「マ…ルコ…?」
「ん?」
「ありがとう…」
「ん」
「もう…、大丈夫」
「そうか」


マルコの腕が緩んで少し離れる。
しっかり伝えなければ、マルコも安心させてあげなければ。


「大丈夫!」


心の底から笑う。ぎこちなくないこの家族に教えてもらった笑顔を。
わたしが笑顔を見せるとマルコは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに優しく微笑んだ。


「強くなったな」


ポンと頭に手が乗せられたかと思うと、ひょいと身体が浮いた。
抱きあげられていると気付いた時にはもうマルコは歩き出していて慌ててマルコの服を掴んだ。
優しく降ろされた先はわたしのベッドの上だと理解はできたものの、すぐにギシリという音と共にベッドが揺れたことで思考が止まる。

マルコがわたしの隣に寝そべっている。


「さ、もう寝るかよい」
「えぇっ、マルコここで寝るの?」
「あぁ、たまにはいいだろい」
「そうだけど…」


布団が掛けられその上からマルコの腕が乗り、その掌が規則正しく布団を叩く。


「名前、おいで」


マルコなりに甘やかしてくれてる。

そんなマルコの優しさが嫌なわけではない。むしろうれしいくらいだ。
だけど、ただ、恥ずかしい。

戸惑っているわたしを見兼ねたのか、マルコからわたしに近づいて抱きしめるようにした。


「今日はゆっくり寝ろい」


さっきよりもうんと近くなったマルコの身体。安心できるマルコの匂いに包まれてマルコの心臓の音が聞こえる。温かい手が頭を撫で、わたしは幸せを感じながら眠りについた。

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