目の前にある木の扉



ジッとその扉を見つめ、ゴクリと息を呑んだ。


拳を扉の前に持って来て、一瞬ためらったけど、コンコンと音を鳴らした。



「……」



予想通りというか、返事はない。



「ユマちゃん…」



呟いた声は木の扉に阻まれて彼女には届かない。

もう一度だけ鳴らそうと、手を扉の前に持ってくる。



「あんたと話す気はないから」



扉まであと数センチというところで手が止まる。


ユマちゃんの言葉はしっかりとわたしの元に届いて、それは恨みや嫌悪の籠ったものだった。心の中がもやみたいなもので覆われていく。


ユマちゃんの気持ちも考えられずに軽率なことをして、ユマちゃんにどう思われても仕方がない。

そうわかっているのに、簡単に傷ついている自分が情けない。



「ごめんなさい…」



唯一でたのは謝罪の言葉で、それ以外は何も浮かばなかった…。


バンッ!


突如扉が開いたと思ったら、目の周りを赤く腫らしたユマちゃんが出てきた。
それも鋭い視線をこちらへと向ける。



「それは何に対しての謝罪なの!?あたしに協力するフリしてたこと!?それとも裏で船長と出来てたこと!?」



わたしが何も答えられずに黙っていると、適当に謝らないで!!と強く言い放った。

自分から会いに来たはずなのに、わたしから視線を合わせられない。



「ごめっ…」
「だからっ…!!」



顔を俯かせるわたしを見て、ユマちゃんの視線は首元のガーゼを捉えたようだった。
言葉を止めて怪しむような表情



「何よそれ…、キスマでも付けられたわけ…?」
「これは…」


パチンッ


頬に走る衝撃に目を見開く。
反動で顔は横を向いていて、視界の端でユマちゃんを捉える。

唇はわなわなと震えていて、わたしへの嫌悪を表していた。


ジンジンと痛む頬を抑えていると、ユマちゃんは一度部屋の中へ入り何かを持って戻って来た。
次の瞬間、ユマちゃんの手からその何かを投げられる。

一瞬、それがスローモーションに見えたのだけれど、それを避けられるような瞬発力は持ち合わせていない。
反射的に目だけを瞑ると、何かに腕を引かれた。


ビシャッ!!


水音が響き、パリンとガラスの割れる音もする。

だけど、来ると思っていた衝撃はわたしにはきていない。
閉じていた目を開くと、そこには見慣れた大きな背中があった。

背中越しに見えるユマちゃんの表情は強張っている。
先ほどとは違う、少し恐怖の混じった表情で口を震わせている。


目の前の人物、エースくんはわたしを庇って、ユマちゃんの投げたグラスの水を被ってしまっていた。エースくんの黒髪から水が滴り落ちる。

掌で顔にかかった水を払うと、こちらを向いたエースくんが「大丈夫か」と、わたしの身なりを確認する。

さっき腕を引かれた時だろうか、ガーゼを止めていたテープが緩んで、ガーゼが少し外れてしまった。そこにある噛み痕を見たユマちゃんは目を見開いていた。

少し顔を俯け、手を握り込んだ。



「もう降りる…。こんな船…」



小さく震える声で言ったユマちゃんはわたしとエースくんの横をすり抜けてその場を去ってしまった。



「ユマちゃ…」
「やめとけ」



すぐにエースくんに手を取られ、追うのを止められる。

ポタ…。と垂れてきた雫で、わたしを庇ったせいでエースくんがびしょ濡れになってしまったことを思い出した。


「と、とにかく何かで拭かないと…」
「いや、いい」
「でも…」
「名前…」



じっと熱の籠った目で見つめられ、危ない雰囲気に一歩後ずさる。
瞬間、頬と腰をエースくんの手に捕らえられ唇を塞がれた。


「んっ…ふ…っ」


さっき水を被ったせいでエースくんから滴る水が頬に落ちる。
唇から割入ったエースくんがわたしの舌を捕らえると、絡められ、軽く吸い上げられて離された。

突然のキスに虚ろにエースくんを見ると、その視線はわたしの肩口にあった。



「これ、隠してんじゃねぇよ」



ガーゼを剥ぎ取られ、噛み痕が露わになると、エースくんはペロリと舌を這わせる。

それに反応して小さく肩が跳ねればエースくんは満足そうな表情をした。
最後に、わたしの頭にポンと手を乗せると、その場を去って行った。

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