「これ…」
「ビブルカード…?」
操舵室に戻って二人にビブルカードを見せれば不思議そうな顔をされた。
「わたしの部屋にありました。たぶんユマちゃんはこれで海軍を誘導してたんだと思う」
デュースさんとエースくんはビブルカードを見つめる。
手のひらにあるそれはまた僅かに動いた。
「いやけど、ユマはただの賞金稼ぎだろう。いくらなんでもあれだけの軍艦を動かすなんてできるか…?」
デュースさんの言うことはもっとも。
ただの賞金稼ぎがこんな一海賊を追うために軍艦を何台も動かせるはずがない。
だけど、わたしだけが知っていた。
ユマちゃんのご両親は海軍本部の海兵。
ここに書いてある通り、ご両親はこのビブルカードの切れ端を持っているのだから、この船を追うことだって可能…。
それに、ここまでの襲撃で軍艦を追手として使っていることからも、軍の中でも相当な力を持っているんだろう。
これらのことをわたしが話終えると、エースくんは変わらず険しい顔をして、デュースさんは未だ信じられないという表情をしている。
「ユマちゃんの両親のことは黙っててすみませんでした。隠してるつもりもなかったんですけど」
「いや…、まぁ要因がわかってよかった」
頭を下げたわたしを、デュースさんが肩を持って上げさせる。
エースくんは表情を緩めないままわたしを見つめていた。
そして真っすぐにわたしを見つめて口を開いた。
「名前、それ捨てろ」
「えっ...」
エースくんの言ったことに言葉が詰まる。
「まさか、お前ユマが戻って来るとか期待してねぇか」
「……」
エースくんの言葉には思わず押し黙る。
当たらずといえども遠からず、エースくんに本心を見抜かれた感じがした。
わたしの沈黙を肯定と捉えたのか、途端に眉を吊り上げてわたしに近づく。
「でも…っ」
ビブルカードを握り締めてエースくんから離れるように後ずさる。
そんな距離エースくんはあっという間に詰めてきて、ビブルカードを持っている手首を捕まえられる。
「現に海軍が追って来てるんだぞ!」
「っ…」
「それがあいつの答えだ!」
ぐいぐいと手首を引かれるも、グッと目を瞑り無言で抵抗する。
期待してたわけじゃない。
でも、もしも、もしも、ユマちゃんがわたし達を海軍に売っていなかったら...。
ここに戻ってくるための唯一の方法を、わたしは捨てられない...。
「……」
手首を掴む力が弱まることはなく、未だ黙っているわたしに苛立ちを隠そうともせずにエースくんは舌打ちした。
「来い」
ぐい。とそのまま手首を引かれる。
どう抵抗してもエースくんには敵わなくて、そのまま引きずられるように部屋を出た。
「お、おい、どこ行く…!!」
デュースさん達も戸惑うようにエースくんと、引きずられるわたしの後をついて来た。
操舵室を出て廊下を進み、船内から甲板へ出る扉を開く。
バタンッ!と激しい音を立てて開いた扉に甲板にいたクルーたちも何事だと集まって来た。
みんながわたし達に注目している。
甲板の端、船縁まで来るとエースくんは手を離した。
エースくんと対峙するとビュッと風が吹いて、それぞれの髪が揺れた。
髪の間から鋭い視線がこちらを射抜く。
「お前はユマを捨てられねぇって言うんだな…」
「……」
エースくんから視線を逸らせないまま、力なく頷く。
わたしの返答に一瞬の沈黙があったけど、エースくんは表情を変えず、冷めた口調で言い放った。
「じゃあ選べ。ユマか、おれか」
「…っ」
一瞬で思考が止まる。
驚きで見開いてしまった。
わたしが戸惑ったことに気付いてエースくんは続ける。
「お前がそれを持ってる限り、この船は海軍に追われ続けるんだ。これ以上仲間達を危険には晒せねぇ」
「......」
「もしお前がユマを選ぶって言うんなら...」
「そんなの…」
エースくんの視線の気迫に押し黙る。
エースくんは本気だ。
冗談なんかではないことが伝わってくる。
ビブルカードを見る。
変わらずズズッと小さく動いた。
「は…」
ぐっと目を閉じて、ビブルカードを握り締める。
もしかすると、ユマちゃんはわたし達を売っていないかもしれない。
でも...エースくんかユマちゃんを選べなんて...
そんな選択肢...
わたしは...
「ごめんなさい…っ」
ぐっと腕を振りかざす。
一瞬躊躇しつつも、海へ向かって掌を開いた。
手から離れた紙はひらひらと宙に舞い、風に乗ってわたし達の頭上を旋回する。
全員の視線が集まる中、最後には海に落ち、ゆっくりと沈んでいった。
船縁から乗り出してその様子を見守った。
ごめんなさい......
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