「おま…、ほんとに本好きだな」
「へへへ…もうなかなか来られないと思うとつい…」


当初の予定通りまたもあの本屋さんへ連れて来てやると、数時間後名前は戻って来た。
しかも前回よりも買った本の量が多いのは気のせいではないはず。前回は抱えている本の上から見えていた名前の顔が見えねぇ。

名前は一瞬抵抗を見せたがそのまま本を奪い取った。
そのまま向かうのは次の目的地だ。


「エースくんの居場所わかるんですか?」
「あぁ、スカルから聞いてる」
「あの…本当に行くんですか…?」


さっきから戸惑い気味に質問を繰り返す名前は言葉で止めようとしているようにも感じる。
少なからず島でのエースに踏み込むことが不安なんだろう。

しかし、エースならきっと島の女なんかよりも名前を選ぶはず。
その姿を見ればきっと、この二人の距離は少しは縮まるはずだ。


「名前。いいか。エースは絶対お前を嫌ってなんかない。おれが証明してやるから」


立ち止まって諭すようにそう言えば名前は諦めたように頷いておれの後をついて来た。

スカルの言っていた店についてはぁ。と溜息を吐く。
やっぱりここかよ…。

この間も見かけた店だ。あの女達に相当気に入られたのか、はたまたエースが気に入ったのか。
歩みが遅くなっている名前に気づいて彼女の小さな背中を押して店に入る。
外は太陽が沈んで暗かったが、店内にはカラフルな照明によって明るく照らされていた。

当然中は騒がしく、酒の匂いが充満していた。

エースの奴は…。きっと、奴のことだ盛り上がってる中心にいるんだろう。
そう思って店内を見回す。

予想通りエースは場の中心にいた。
しかし、そんな奴の姿を見てあれを彼女には見せられないと慌てて名前をみるが時すでに遅し。

名前はその一点から目を離せずに固まっていた。


エースは、両脇に座る女の一人とキスをしていた。それも濃厚な奴。
片方が終われば次はわたしだと反対側の女の顔が近づく。それも簡単に受け入れてしまうエースの姿を名前はただ呆然と見つめていた。


キュッ。


ふと左の袖を引っ張られる感覚がして見てみれば名前の小さな手がおれのコートを小さく掴んでいた。

泣きそうな、諦めたような表情の名前


「ああいうの、嫌なら嫌だって言えよ」
「そんな…。エースくんの自由ですから」


そんな表情をしておきながらそう言う名前におれの眉が寄る。


「あいつ、お前に手出してるだろ」
「えっ…?」
「マーク付けられてんぞ、気付くに決まってんだろ」
「えっ!」


前々から何かあるとは思ってたが最近名前の首元に出来たこの紅い痕で確信した。
名前は驚いたように手で隠そうとするけどおれはその手を掴んで阻止した。


「でも…」


少し顔を伏せて言葉紡ぐ名前におれは黙る。
ここはうるさいからしっかり聞こうとしないと彼女の声がかき消されそうだ。


「エースくんの自由だから…」
「お前な…」


手首を掴む力が弱まるけど、名前は振り払わず、そのまま弱弱しく言葉を続ける。


「エースくんはわたしを航海士にしてくれたけど、わたしはエースくんに何もしてあげられていないんです」
「お前はいつもよくやってくれてる」


おれの言葉を聞いて小さく微笑み、緩く首を振った。


「エースくんの夢は誰よりも自由に生きることなんです。だからわたしにはエースくんを縛れない」


おれはなんて言ったらいいのかわからなかった。
自分はエースに縛られてるってのに、どうしてここまでエースに尽くせるのか、不思議でならない。


エースもエースだ。
先生から聞いたが、特訓を止めるきっかけになったあの怪我にはおそらくエースが絡んでる。そこまでして危険な目に遭わせたくないのに何で素直に守ってやらねぇ…。



「何してる」
「……!!」


地を這うような低い声がして同時に名前の手を掴んでいた手首をグッと捻られる。
元々力が入っていなかったのもあって簡単に名前の手は離れそのまま名前の身体は奴に引き寄せられた。


「なんでお前が名前といるんだよ」
「なんでって…」


当然のごとくおれは鋭い視線を向けられた。
だけど、おれはこいつに睨まれるようなことは何もしちゃいない。
いつまでたっても好きな女との距離を縮められず中途半端なことをしているのはエースの方だ。

おれもそのまま睨み返す。

おれとエースの異様な雰囲気に気づいた奴らがこちらに注目し始める。
デュースさんも来たのか!なんでこんなところに名前が?
とそれぞれが声を上げる。

その空気を破ったのは意外にも名前だった。


「あ、あの…」


小さく、伺うようにしてエースを下から覗き込む。
エースもおれから目を逸らし名前を見た。


「わたしがスープ作ったから…。エースくんにも食べてもらいたくて…。デュースさんと呼びに来たの…」


名前が料理を!?聞きつけた船員達が敏感に反応する。
是非食いたい!!と何人かが騒ぎ出す中、エースは名前を見つめたまま何も言わない。
そんなエースに名前は慌てたように顔の前で手を振った。


「で、でも!楽しんでたみたいだったし!ご、ごめんね?邪魔して……」
「いや、…食う」
「え?」
「帰るぞ」


そしてそのまま名前の手を引いて店を飛び出した。


「って、ハァッ!!?」


おれの片腕には名前が大量に買い込んだ本の入った袋。そして目の前の飲みつぶれた奴ら。


「おいエース!支払いは…!」
「ねぇ〜!ちょっと!今の子誰!?船長の女なの!?」
「あの船長だから安くしてたけど帰るならお代はきっちりいただくから!」


そして店の女達に行く手を阻まれてさっきのは誰だと問いただされる。
船員達もそろそろ帰るかと立ち上がる。もちろん誰も支払いなどする気はない。
いつもエースが適当に払っていたんだろうが、そのエースはもういない。


「「ねぇ!!」」
「あぁぁぁもう!払うっての!!いくらだ!!」





いくらひっくり返してみてもすっからかんになった財布からは何も出てきやしない。
あー。と心の中で項垂れる。

左腕に担いでいる本はなかなかの重さでやっとの思いで船に戻って来た。
おれも名前のスープを頂くとしよう…。
そのまま食堂へ足を向けた。


「吐け…!!!」
「イデデデデ!!無茶言わないでくだせぇ!!」


何やら騒がしい。
その中心を見てみるとエースがスカルの首元を持ち上げていた。
それも般若の形相で。


「一体何があった…」
「デュース!!お前は食ったのか!名前のスープ!!」
「はぁ?あぁ…まぁ、味見程度に…」
「吐け!!」
「ハァッ!?」


おれに気づいたエースがこちらへ来るも言ってることが無茶苦茶だ。
訳の分からないまま再度スカルの首を絞めるエース。

すると、ちょこちょこと名前が近くにやって来た。


「実は…わたしたちが帰って来た頃にはもうスープが空になってて…」


どうやらスカルや船に残ってた奴らが美味い美味いと食べきってしまったらしい。
それでこの騒ぎようか…。


「一体どうしたんです…」


この騒ぎを聞きつけたのか先生まで食堂へやって来た。
一日に二度も部屋から出てくるなんて明日は雪でも降るんじゃないだろうか。


「あぁ、あれは美味しかったですよ」


事情を説明すればそんなことを言って、それを聞いたエースはお前も食ってたのかー!!!とさらに怒り出す。

また作ってもらえばいいとおれがなだめたところで事態は変わらず。
数人でエースを押さえつけた。名前が「今度はエースくんのために作るから!」と宣言したところでやっと収まった。まぁ、このセリフはおれが横から吹き込んだだけだが。

とにもかくにもようやくスペード海賊団は落ち着きを取り戻したのである。
根本的な問題は何も解決できていないが、それはまぁ、また今度な。

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