振り返れば、柵の向こうにはまだ大きな炎が見えて、追ってきている海兵はいなかった。それに安心してわたし達は山の中へ入る。エースくんが手から出す炎を頼りに暗い道を進んだ。険しい山道を置いて行かれないよう必死で歩けば、しばらくして、エースくんが立ち止まった。一点を見つめて、はぁっと大きく息を吐いた。


「あった……」


エースくんの差す先には大きいとは言えないけれど立派な山小屋が立っていた。基地からはかなり離れたし、わたしも今になって疲労を感じ始めていた。ここで少しでも休めればすぐに反対側へ向かえるはず。晴れやかな気持ちでエースくんを見上げる。

…ドサッ。

「え…」


見上げた先にエースくんの顔は見えず。下から苦しそうな声が聞こえた。


「エースくん!!」


地面に倒れているエースくんをの体を抱える。エースくんの額には汗が滲んでいて、息も荒い。心配するわたしを安心させるように、エースくんは笑った。


「わ、わりィ…。ちょっと休ませてくれ…」


そこでやっと、わたしは気が付いた。
エースくんの腕に、顔に、手で触れて確かめる。


「冷たい…」


エースくんの身体は能力のせいか、他の人よりも温かい。それが今は、冷たいと感じるくらいに冷えている。さっき手を繋いでいたときも、思い返せばいつもの体温ではなかった。それに、いつもならあれだけ走っても息を切らさないエースくんが、ずっと汗を滲ませて呼吸が荒かった。さっき銃弾が当たったのもそうだ。


……ずっと、おかしかった。


きっとエースくんは気づいてたんだ。それでも無理をしてくれていた。

わたしのために……。

泣きそうになるのをぐっと堪えた。泣いてる場合じゃない、エースくんを休ませないと。





エースくんを支えながら山小屋へたどり着きその扉を開く。
室内は埃臭さはあるものの、電気はつけられてなんとか使えそうだ。

奥にはベッドがあって、そこにエースくんを寝かせた。

大きな棚を探ってみると、救急箱があり、簡単な処置用品を見つけた。
撃たれた傷に消毒液をポンポンとつけていくとエースくんは顔を歪ませた。


「いって…」
「どうして、こんな…」
「わかんねぇけど…、能力のコントロールがうまくできねぇ…」


手を握ったり開いたりしてみている。


「だめだ。もう完全に使えねぇ」
「火が…出せないの…?」
「あぁ…、さっきまではなんとか出てたんだけどな…」


一体エースくんの体に何が起こっているのかわたしにはわからなかった。エースくんの能力が何故か使えないらしい。一時的なものなのか、能力が消えてしまったのかすらも…。

もし、エースくんの能力が消失してしまったのなら、非常にまずい事態であることはお互いに理解していた。脱出の手段の要であるストライカーはエースくんのメラメラの能力を動力としている。使えないとなると、島からの脱出は不可能だ。

布団の上にある手に触れるが、やはりいつもより冷たく、微かに震えている。


「なんか、寒ィ…」
「ちょ、ちょっと待ってね…!」


キッチンを見ても、やはりというか食材なんてものはなかった。せめてもと、やかんに水を入れ沸かした。


「ごめん、何もなくて…。白湯くらいしか…」
「はっ…、ありがとな…」


エースくんが起き上がるのを助けてコップを手渡す。ゆっくりと口をつけたエースくんは一口飲んでほっと息を吐いた。


「…うまい、ありがとう」
「ううん…。わたしこそ、助けにきてくれてありがとう…」


ずっと言えてなかった感謝をやっと伝えられた。エースくんはわたしの頭に手を乗せてぽんぽんと軽く叩き、力なく笑った。そんな表情に泣きそうになる。すると、頭に乗っていた手がするっと、力なく落ちていった。ポスンと布団の上に落ちる。不思議に思ってエースくんを見ると、はは。と小さく笑った。


「なんか…、力入んねぇ……、あー…」
「大丈夫…!?」


エースくんを横に寝かせて布団をかける。それに、震えはさっきよりも大きくなっているようで、もう一つのベッドから布団を取ってきて上に被せた。ベッドの周りであたふたと動き回っていると手首を掴まれ、動きが止まる。


「名前…」
「…ん?」
「ここ…、来い…」


布団を指して言うエースくんにはいつもの覇気はなく。こんなにも弱りきっている姿を見るのは初めてだった。導かれるように布団に入れば、スッと大きな腕に包み込まれた。エースくんの匂いが鼻腔いっぱいに広がって安心する。ふっと息を吐くと、ぎゅっと、抱きしめる力が強められた。やはり触れる肌から伝わる体温は冷たくて、そっと背に腕を回した。

わたしの体温で少しでもエースくんが温かくなればいいな。


「名前…、あったけぇな…」


とろん。と蕩けそうな声が聞こえて、その後、スースーと寝息が聞こえてきてエースくんが眠ったのだとわかる。見上げれば、思っていたよりも穏やかに眠る様子に安心した。

脱走してからずっと気を張っていたものだから、今になって気が抜けたのかわたしも途端に眠気に襲われる。エースくんの腕のなか、再会できたら伝えたいと思っていた言葉を思い出した。今言ったところで眠っている彼には伝わらないだろう。それでも、言葉にしたいと思った。

もう一度エースくんの胸に顔を埋めた。


「エースくん…、好きです」


自分の言葉に催眠にかかったかのように、わたしは微睡の中に落ちていった。

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