きみのね | ナノ
あなたの目に映る私は

手足が縮こまる程の寒い季節がやってきた。
オレは水道の前で、はあと手に息をふきかける。
名前はついに起き上がることも出来なくなっていた。寝ている時間も多くなってきた。それは何かを予感させる様で、オレに恐怖を与える。
そんな考えを振り切って、慣れた手つきで花瓶に水仙を生けると、病室の扉を開けた。

「綺麗だね、ありがとう。」
「いーえ!」

名前の声は弱弱しく、掠れている。癌が喉にまで転移して、うまく言葉が出せない様だった。目も、耳だって今はもう微力なものだ。それでも彼女は笑う。本当に幸せそうに笑う。その笑顔が嘘ではないことは、オレが一番よく分かっていた。名前は嘘がつけないから。

「そうだ。名前知ってたか?今日雪降ってんだぞ。」
「雪・・・?」
「そ。」

名前の寝た態勢からでは見えないだろうが、それでもとオレはカーテンを開けた。
まだ昼前だってのに、空は暗い。白くて小さな玉がゆらゆらと風に揺れている。
オレは名前がオレの声を聞き取りやすい様に、オレの顔が見やすい様にと顔を近づけた。

「雪だるま、つくりたいなあ・・・」
「雪だるま?」
「雪うさぎも、可愛いかも。」
「積もったら作ってやるよ。ウィンリィとかそういうの得意そうじゃねえ?」
「ふふ、そうかも。」

オレは無理に笑顔を作った。こんなこと、すげえ久しぶりだった。
名前がいなくなっちゃうんじゃないかっていう恐怖に押しつぶされそうだったから。そんな気持ちを振り切る様にして名前の頭をなでる。すると、緩慢な手つきで彼女に手を握られた。


In the dark blue sky you keep,
And often through my curtains peep;


名前が口ずさんだ。すぐに歌だと分かった。


For you never shut your eye,
Till the sun is in the sky.

Twinkle, twinkle, little star.
How I wonder what you are.


掠れていて所々聞き取れない所もあったが、相変わらず綺麗な歌声だった。思わず涙が目に浮かぶ。泣くなんてカッコ悪い、とおれは頬の肉をぎゅうぎゅう噛んで堪えた。

「・・・」

名前が心配そうな顔でオレを見上げた。

「ほんとはね、私はもう死んでる筈だったの。」
「・・・え」
「私、長生きしてるんだよ。」

えへへと得意げに彼女は笑う。
オレと出逢う少し前に、名前は余命半年と宣告されていたらしい。彼女の死期は、本来であれば収穫祭の直後だったのだ。それももう、3か月も前の出来ごとである。

「でもね、生きてる。まだ生きてるの。これってすっごいことなんだよね。あの時私が言った様に、私はもうあなたの傍に駆け寄って行くことは出来ない。声だって掠れて、私があなたを呼んでも、気付いてもらえないかもしれない。耳が聞こえなくなって、あなたにどんなに大きな声で呼ばれても気付けないかもしれない。でもね、私、今、とっても幸せなんだよ。エドと一緒にいられる今が、本当に幸せなの。」

名前が笑う。とても綺麗に笑う。
それはオレだけに向けられているもので、オレだけのものなんだ。
嬉しい筈なのに、オレはやっぱり切なくなった。溢れて来る涙を必死にこらえて笑う。息遣いが上手くいかなくても、何が何でもって笑った。名前はそれに返してくれる。

「もうすぐエドの声が聞こえなくなっちゃうんだって思うとね、すごく悲しいの。もうすぐエドの笑顔が見られなくなっちゃうんだって思うとね、涙が止まらないの。でも、それはきっとエドも同じだよね。」

オレは大きく頷いた。もうすぐ名前の声が聞こえなくなる。もうすぐ名前の笑顔が見られなくなる。信じたくないけど、どんどん迫って来る彼女の命の終わり。結局賢者の石は見つからなくって、オレは苛々して色んなものに当たった。どうして、どうしてなんだよって。今じゃなきゃ駄目なのに、気長に探せって何だよ、って。結局、彼女の為にしてあげられることはなかったんだ。

「私はエドに、傍にいて欲しいよ。」
「え・・・」
「私はもう、きっとすぐに喋れなくなっちゃう。目も見えなくなっちゃう。耳も聞こえなくなっちゃう。ただ心臓が動いてるだけの人になっちゃう。でもね、エドに傍にいて欲しい。私何も出来ないけど、我儘かもしれないけど、お願い、少しの間だけだから、傍にいて。」

声を震わせて名前は言った。
なんて小さな願い。
オレは震える唇で名前にキスを落とした。

「あったりまえだろ!」

にかっと笑ってみせると、名前も笑顔で頷いた。

「エド、だいすきよ。」


雪の降る日、オレは最後の名前の言葉を胸に染み込ませた。





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