きみのね | ナノ
須臾の幸せ

「美味しい!」
「おう、まじで美味いな。」

トウモロコシは半分ずつにして食った。他にも何かいい匂いがすればそちらへすっとんでいく彼女が面白くて、オレは今日何度目かの爆笑にカウントを加えた。

「あ、」
「ん?」

珍しく名前が駆け寄っていったのは食べ物ではなく、射的だった。
私もやってみたい!と言ってお金を払い、彼女は射的用の銃を店主から借りる。
彼女の小さな体には不釣り合いにも程があるそれを担いで、引き金を引く。まあ予想通り、ノーコンだ。色んな所に弾が飛んでいくもんだから、もはや何を狙っているのかわからない。
このままでは金の無駄だ。オレは名前の腕から銃を引っ手繰った。

「あ!」
「どれ欲しいんだ?」
「あのうさぎ!」
「あれかよ!?」

名前が欲したのは、うさぎのぬいぐるみだった。お前いくつだと彼女を茶化しながらも狙いをそれに定める。こーいうのは結構自信あんだ。
パンッという音がして、ぱたりとぬいぐるみが倒れる。
よっしゃ!とガッツポーズしてから、ぬいぐるみを受け取った。名前に渡してやろうと彼女の方をむくと、すごい!と名前に飛びつかれた。

「なあっ・・・!?」
「すごいすごい!私一発も当たらなかったのに!上手!」

顔をほんのりと赤く染めて、興奮した様にはしゃぐ名前がかわ・・・可愛く、て。オレは固まってしまった。
つ、次は何食うんだ、とそっぽを向いて問うと、名前はもう、と頬を膨らませる。

「何その食べ物前提の言い方!」
「実際そーだろ。」
「次は花火!もうすぐだから場所取り!」



セントラルの丁度中心の辺りにある広場。既にそこは人で賑わっていた。
私達は適当な場所に腰を下ろして空を見つめた。

「花火、いつも部屋のベランダから見てたから、こんなに近いのはじめて!」
「へえ。」
「あ、始まった!」

ひゅるるるる、どーん
私が知っているものより一回りも二回りも大きな花火を見上げる。
真っ暗な闇に色とりどりの花を咲かせる花火は、何処か私に既視感を覚えさせた。
そうか。私によく似ているんだ。私の心の中に。
灰色の世界に一人ぼっちで、色なんてそんな鮮やかなものを知らなくて、でもエドのお陰で知る事が出来た。彼と話すたびに、会うたびに色んな色が心の中に広がって行った。
夜空に咲く色とりどりの花をもう一度見上げる。
色を知ってからの世界は、こんなに愛おしい。こんなに、手放し難いものになってしまった。

「綺麗だね。」
「おう。」

目に映る全ての物が。


Then the traveler in the dark,
Thanks you for your tiny spark,


He could not see which way to go,
If you did not twinkle so.

Twinkle, twinkle, little star,
How I wonder what you are.


気付けば歌を口づさんでいた。
花火の音で、恐らく彼にはよく聞こえてはいないだろう。
しかし、彼は笑顔で頷いてくれた。

「エド」
「ん?」
「ありがとう、一緒にお祭り来てくれて。すごい、楽しかった。」
「・・・来年もな。」
「え?」
「来年も収穫祭あんだから、一緒に行こうぜ。」

当たり前の様に未来の話をするエドに、胸がきゅうと苦しくなった。

「生きたいな。」




彼女の口から洩れた小さな声を、オレは聞き逃さなかった。

「生きて、もっとエドと色んな所にお出かけしたいな。」
「出来るよ。」
「そうかな・・・。」
「出来る。」
「最近ね、足が痛むの。今日は全然痛くないんだけど。きっともうすぐ、私の足、動かなくなっちゃうんだよ。」

名前の声が掠れていく。
オレは堪らずに、彼女の細い体を抱き寄せた。
生ぬるい風がオレ達の身体を包む。相変わらず空に大輪の花を咲かせる花火の音が耳に木霊した。

「きっと、これから今まで出来たことも出来なくなる。エドに駆け寄る事も出来なくなっちゃって。」
「名前」
「エドって、呼びかける事も出来なくなる。」
「名前」
「怖い。怖くなんかない筈なのに、今、すっごい怖・・・」
「名前!」

気付けば、オレは彼女の唇にオレのそれを重ねていた。
彼女は驚いた様に肩を震わせていたが、すぐに目を閉じた様で、頬に添えた手に名前の涙が伝うのが分かった。




「エド」

帰りの汽車の中、うさぎのぬいぐるみを抱きしめて、オレの肩に寄りかかっていた名前は目を瞑ったままオレの名前を呼んだ。

「ごめんね。」

こんな時でもオレを心配して謝る名前に、オレは何もしてあげる事は出来ないのかと悔しさで一杯になった。




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