きみのね | ナノ
デート

コンコン、
いつもは明るい返事が返って来るのに、今日はとても慌てた様子で「ま、待って!」と扉の向こうで彼女が叫んだ。
・・・?

数秒してから、どうぞ、と声が掛かる。オレはゆっくりと扉を開けた。

「?、絵でも描いてたのか?」
「う?うーん・・・下手くそ、なんだけどね。」
「見せろよ。」
「や、やだよ!」

彼女のベッドの横にはテーブルが置かれていて、その上にはパレットと絵筆、それから絵の具が置いてあった。しかし肝心の絵はすっかり姿を消していて、何処かに隠してしまったことを物語っていた。
オレがじとっとした目で名前を見れば、彼女は焦った様に話題を変える。

「そ、そんなことより!今日は待ちに待った収穫祭の日ですよ!」
「・・・そうだな。あと一時間位したら出るぞ。」
「うん!」

話題の変え方が無理やりすぎて軽く笑ってしまった。大人しく逸らさせてやるかな。名前が嬉しそうに頷く。その後すぐに彼女は何かを思い出した様にあっ、と声を漏らした。

「この格好でいく訳にもいかないよね。着替えなきゃ。」
「着替えあんの?」
「勿論。」

彼女が今身にまとっているのは病衣。まあ確かにその格好で祭りに行くのはどうだろうかという感じだが。
名前の着替えを待つ為、オレは一旦外に退避という形になった。

「退避とは何ですか退避とは。」
「るせーはよ着替えろ。」

すると、目の前を病院の医者が通った。先生!と言ってオレは医者の元へと駆けていく。彼は振り返って、やあエドワードくんと笑った。

「え、オレの名前・・・」
「名前さんからよく話を聞いているからね。」
「あ、の。どうして今日、名前に外出許可なんか。」

ずっと疑問だった。どうして。
名前は病人だ。祭りなんて人がごった返している所に連れていくのは、体にいいとは言い難い。ずっと病院にいた名前なら尚更のことだ。
すると先生は一瞬悲しそうに顔を歪めてから、それはねと言葉を続けた。

「最近彼女の体調がとてもいいんだ。この状態なら、お祭り位楽しむことも可能だろうと思ったのが一つの理由かな。」
「じゃあ、もう一つは。」
「・・・名前さんの足はもうすぐ動かなくなる。」

目の前が真っ暗になる。
覚悟はしていたつもりだった。
でも名前と過ごす毎日が幸せで、現実を見失いかけていたオレにとって、その言葉は絶望以外の何物でもなかった。
生唾を飲み込む。もう何も聞きたくない、そう頭では叫んでいるのに足は鉛みたいに重くって、口はそれに呼応する様に固く閉じられたままだった。

「足が動く内に、思い通りに歩く事が出来る内に、と思ってね。」
「そ、うなんですか。」
「無理はさせないように、注意してやってくれ。」
「・・・はい。」

体を奮い立たせて、電気が点いていない廊下を一歩、また一歩と歩き出す。
まだお昼時だから景色は明るいが、オレの心は対照的な色で淀んでいた。
こんな調子じゃ、もし名前が―――――
考えることを拒む様に、思考が止まった。今は、考えるのをよそう。
その時、エド!という声がした。顔を上げると、予想通り名前がこちらに走って来る。

「お待たせ!早く行こう!」
「お、おお・・・」

彼女の姿を見て沈み切っていた心がふわりと軽くなったのは、よく見せる無邪気な笑顔のせいだけではないだろう。思わず見とれてしまった、なんて口が裂けても言えない。と思う。
名前は薄くピンクがかったワンピースを着て、上にカーディガンを羽織っている。
相も変わらず腕は細っこい。それでも、私服を纏った名前は本当にただの14歳の女の子にしか見えなかった。これからの未来に胸を躍らせて、将来の夢をキラキラした瞳で語るオレの幼馴染と何ら変わりはない。

オレはありったけの勇気を振り絞ってその腕を引いて歩きだした。握った手からほんのりと暖かさが伝わって来て少し安心した。





汽車に揺られて、オレ達はセントラルへと向かった。
オレとしては乗り飽きた汽車だが、名前にとっては新鮮だったようで、終始彼女ははしゃいでいた。こんなテンション高くて大丈夫なのか、こいつ。

「そういえば、なんで収穫祭に行きたいって思ったんだ?」
「私、セントラルに住んでたのに一度も言った事なかったの。憧れてたのよ。」
「へえ。」

わ、見えて来たー!と窓から身を乗り出す名前を必死で押さえつける。セントラル駅まではもう少しの様だ。



「わあわあ懐かしい!っとと・・・」
「お、おい名前!?」

セントラル駅は人の海だった。まあ、アメストリス中が騒ぐ祭りだから、無理もねえか。名前はそんな人だかりに突っ込んでいき、案の定どんどん流されていく。おいおいおいおい!

「何やってんだ!」
「ご、ごめんなさい・・・。」

必死に人をかきわけかきわけ、名前の腕を掴んだ。その言葉とは反対に彼女は笑顔だ。何がそんなに可笑しい。

「エドとこんな風にお出かけできるの、嬉しい!」
「!」

恥ずかしげもなく、屈託のない笑顔でそんな事を不意に言われたもんだから、オレの顔の温度は予告もなしにぐんと上がった。
そうか、今まで全く気付かなかったが、これは世に言うアレだ。デートってやつだったんだ。
急に恥ずかしさが込み上げてくる。

「エド?」
「はい!?」
「?早く行こうよ、もう夕方だし、お祭り始まってるよ!」
「お、おおおおおう。」

名前がオレの手を引いてぐいと引っ張って来た。それにつられてオレも歩きだす。
セントラル駅を出ると、早速そこには出店が広がっていた。
色とりどりの屋台がずらりと並んでいる方とは反対に、右側にはテーブルが並んでいて、ビールをかっくらう大人たちの姿が見受けられる。目を輝かせる名前に思わず口元を綻ばせていたら、鋼の、という声が聞こえた。

「げ、」
「随分な歓迎の言葉だね。」

いつもの軍服を着た大佐がいつもの胡散臭い笑顔でやってきた。
今一番出くわしたくない奴ナンバーワンに会っちまった。

「大佐がいるってこたあ、中尉もいんのか?」
「ああ。こんな日にも仕事だなんて勘弁願いたいよ、全く。」
「そりゃーごくろーさん。」
「減らず口も相変わらずだな・・・と、そちらのお譲さんは、」

突っ込まれない筈はないと思っていたが、いざ名前のことを聞かれると、なんと答えていいのか分からなくなる。すると名前がスッと一歩前へ出て深々とお辞儀をした。

「名前・フューストです。はじめまして。」
「ロイ・マスタングだ。やあ、美しい女性だ。鋼のと祭りとは勿体無いな。どうだろうこれから私とお茶でも」
「大佐、何をしているのです困っているでしょう。」
「「中尉」」

大佐に絡まれる名前を助けようと(ナンパか)オレがずん、と一歩前へ出ると、それより先に凛とした制止の声が掛かった。

「ごめんなさいね。えっと・・・」
「あ、名前・フューストです。」
「リザ・ホークアイよ。お祭りを楽しんでね。」
「はい・・・!」

あ、感動してる感動してる。
中尉と大佐が去った後でも、名前はぼうっとその背中を目で追っていた。

「リザさん、素敵だなあ・・・。」
「そーかい。」
「んん?なあにエド、やきもちですか?」
「な訳あるか!」

つっても、こんな沸騰した顔で言っても納得しねえだろうな。名前はまた笑う。最近のこいつは、本当によく笑う様になった。見ているこっちまで笑顔にさせられる明るくて眩しい笑みを。

「うーん、何食べようかなあ・・・あ、ジュース売ってるよエド!私飲みたい!」
「うお!」

ぐんと手を引かれる。名前はにこにこと本当に嬉しそうに走り出した。

ずっと思ってた。彼女を退院させたい、と。
病気なんかさっさと治して、奇跡の回復とか起こしちゃって、そうしたら、きっと名前はいつまでだってこの笑顔でいられて、いつまでだってオレの傍にいてくれんだ。

「エド?」
「あ・・・」
「はい、ジュース!次はトウモロコシ食べたいなあ・・・どこに売ってるのかな。」
「サンキュ」
「・・・どうしたの?気分悪い?ど、どうしよう病院・・・あ、でもちょっと休んでからのがいい?」

何で彼女はオレの心配をするのだろうか。お前は平気なの、と聞くと名前は目を丸くして何が、と言った。

「体調。」
「全然!楽しいよ。」
「そっか。・・・オレ平気だから。トウモロコシだったよな?確かあっちで見たぞ。」
「本当に大丈夫なの?」
「平気だって!」

にひひと笑ってやると、ようやく名前は安心した様に笑った。





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