糠星
「収穫祭?」
「そう!」
本格的に暑くなってくる時期。しかしこのリュステールは北部寄りにある為、夏でもそこまで暑くはならない。
今日も開け放たれた窓からはさわやかな風が吹いてくる。
そんな風に中てられたのか、彼女はきらきらとした目でこちらを見てきた。
「お医者様に言ったらね、外出許可が出たの!エド、一緒に行こう!」
「おま、体平気なのかよ?」
「最近は調子がいいの。ね?行こう!」
外に出るのなんて久しぶり、と名前はベッドの上で嬉しそうにはしゃぐ。そんな彼女に、オレからも笑みが毀れた。
収穫祭、とはセントラルで毎年開催されている祭りだ。今は一年で最も取れ高が高い季節。収穫物が得られたことへの感謝と、来年もという祈願の為の祭りだ。
収穫祭では夜店や花火なんかもあるから、農業に携わっていない人間も、大勢がその祭りに参加する。
「別にオレはいいけど。」
「やったあ!約束ね!」
そう言って、当たり前の様に差し出される左手の小指。オレはそんな些細なことにも一々顔を赤くさせてしまった。
くそ、カッコわりい。
実際、名前には告白のあれ以来一度も触れていない。というか、触れられなかった。
あまりにも彼女がか細くて、オレなんかが触ったら、途端に名前は壊れてしまって、オレの前からいなくなってしまうのではないかと思ったからだ。
ぎこちなく絡められたお互いの小指は何処か熱を帯びていた。
「楽しみだなあ。トウモロコシと、水飴と、あとあと」
「何だそりゃ。」
食う事ばっかじゃねえか。
オレが呆れたように笑うと、名前もふにゃりと笑顔を返してくれた。そのことが、なんだかオレにはすごく嬉しくて、時間が止まってしまえばいい、なんてオレらしからぬメルヘンな思考にまで至ってしまう。
終わりなんてくる筈ないと、心の中でオレは思っていた。
だってこんなに無邪気に笑う少女がいなくなるなんて、信じられる沙汰ではなかったから。
「たでーまー」
「お帰り兄さん。」
「おう。」
リュステールから汽車で2駅。田舎でもなく都会でもなく、ベッドタウンのホテルに辿り着いたのは、日付が変わった頃だった。
アルは読んでいた本から顔をあげて、遅かったねとオレに言葉を掛けた。
「あー。まあな。」
「名前のとこ?」
「なっ!?」
何故分かった!?エルリックテレパシー・・・?
「何馬鹿な事言ってるのさ。」
「え?」
「最近兄さん毎日の様に出掛けてるし、この町には賢者の石についての情報もないのにずっと滞在してるし。思い当たる理由としたら一つでしょ。」
「ご、ご名答・・・。」
「ふふ、本当に兄さんは名前のことが好きなんだね。まあ頑張りなよ。」
「なんだその上から目線は・・・。」
アルに名前の身体のことは言っていない。そのことをあまり彼女が望まないからだ。名前は自分の死期の事を言うと皆が離れて言ってしまうと思いこんでいるらしい。オレがどんなにそんなことない、って言っても、彼女は只怯える様に首を振るだけだった。
「なあアル・・・」
「何?」
「アルは、名前のこと」
「好きだよ?」
「は!?」
「あははは!大丈夫だって、兄さん程じゃないからね。」
「お・・・お、お前は、んっとに・・・!!!!」
「まあまあ怒らないでよ兄さん。」
顔の熱が沸点を超える。オレは赤くなった顔を隠す様にしてベッドに潜りこんだ。
もう寝てやる!
「兄さん程じゃない・・・か。」
兄さんが寝静まって、この部屋は再び静寂に包まれた。
読んでいた本を閉じて、ボクは窓の外を見る。数えきれないほどの星々が夜空に輝いていた。
強く輝く星達の中で弱々しく、それでも一生懸命何かを伝えようと光る星をつい自分自身と重ねてしまって自己嫌悪する。
「名前・・・」
まだあの笑顔が忘れられない。兄さんを邪魔するつもりはない。
二つの気持ちがぶつかりあって、ボクはとうとう思考を止めてしまった。
ボクは弱い、弱い人間、だ。
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