きみのね | ナノ
出逢う

「あ―――暇!」
「仕方ないよ兄さん。骨折に打撲その他諸々。全治2か月なんだから。」
「いーや1か月完治だ!んでもって2週間で退院!!」

3月も終わりのある日。
やっと寒さも消えて来て、過ごしやすい日が増えてきた。
開け放たれた窓からは暖かな風が吹いてきてオレの頬をふわりと掠める。
ここは北部寄りの東部、リュステールという田舎町にある病院だ。
東部では数少ないわりと医療器具の整った所で、オレは昨日からここに入院している。

上半身をベッドに思い切り倒すと、痛みが走った。そうか、腕骨折してんの忘れてた。
心の中で悲鳴をあげながら、しかし目の前にいる弟に弱気な姿は見せられまいとオレは無表情のまま頭を枕に沈めた。

「まあ、いい機会じゃない。この際しっかり休もうよ。」
「む・・・・よし、分かった。アル、図書館行って本借りて来てくれ。」
「図書館なんてないよ。」
「ええ?」
「ここは田舎町だからね。リゼンブールも近いし、ボクはウィンリィとばっちゃんの所に泊まらせてもらうよ。」

何と言うことだろうか。
オレ的にはさっさと退院してセントラルにでも行って、国立図書館で賢者の石についての資料を探すつもりでいた。
しかしアルの言葉でその目論見は実行できそうにないと思いなおす。
賢者の石についての情報を聞いてから、ここんとこ寝ず食わずで走り回ってたからなあ。
鎧姿でいくら疲れも空腹感も感じないからといって、精神的に疲れさせてしまっては悪いとしか言いようがない。

「じゃ、ボクはそろそろ行くよ。」
「おお。下まで見送る。」
「いいよ別に。」
「昨日から寝っぱなしでだるいんだよ。体動かさねーと。」

そういってぺたりと病院の冷たい床に足をつける。
アルは程々にね、と笑いながら手を貸してくれた。



病院の廊下を二人で歩く。
ここは田舎町なので、院内にいる人もちらほらとしか見かけない。

「しっかし、兄さんがあんなのにやられるなんて思ってなかったよ。」
「寝てなかったからな。油断した。」
「無茶ばっかりして、ウィンリィに怒られるよ?」
「全くだ。」

相手はただの盗っ人野郎だった。
オレの研究手帳を盗んだそいつを追っかけてぶちのめす筈だったのだが、
疲労がピークに達していたオレは、逆にまんまとやられてしまったという訳だ。

その後アルが駆けつけてくれて、無事に手帳は戻って来た。

「兄さんは全然無事じゃないけどね。」
「るせー!ほら、着いたぞ。」
「うん。じゃあまた明日ね。」
「おう。」

鎧の後ろ姿が遠ざかって行く。
いつも隣か、オレの方が前を歩いていたから、なんだか新鮮な気がした。
ふうと一息ついてから自分の病室に戻ろうとした時、


Twinkle, twinkle, little star.
How I wonder what you are.


声が聞こえた。
奇妙なほどに透き通っているその歌声は、オレの身体にすうと溶け込んで消えてしまう。
か細くて、小さい。自信なんてこれっぽっちも伝わってこないのに、どうしてかオレは声のする方から視線が離せなかった。

誰が、この歌を

好奇心が芽生えた。
オレはゆっくり声の方へと足を動かす。
気になったら即行動がモットーと言ってもいい位のオレなのに、
何故かいつもより緩慢な動きで、躊躇する様に足を進める。

中庭に出た。

そこに出ると直に、声の主は判明した。
中庭の隅っこ。木陰に少女は座って、歌を歌っていた。
黒くて肩の辺りを揺れる髪、木陰から出ている肌は真っ白で、光が当たるとまぶしく輝いている。
近づいていくと、声はだんだんはっきりとオレの鼓膜を揺らしていく。


Up,above the world,so high,
Like a diamond in the sky.

Twinkle, twinkle, little star.
How I wonder what you are.


近くで聴くと、また違った印象を受けた。
透明感は変わらないものの、先程の奇妙さは全く感じられなかった。懐かしい、そんな感覚に襲われた。

美しい、と思う。

芸術的な感性なんて持ち合わせていないオレでも、
いや、素人だからかもしれないけれど、
とても綺麗だと思った。

「・・・あ」
「あ、や、悪い。聞こえてきたから。」
「ごめんなさい、煩くして。」
「いや、別に不快だった訳じゃなくて…むしろその……逆っつーか…。」

もごもごと語尾を濁してオレは言葉を消した。
目の前に座っている少女は首を傾げる。
微妙な沈黙が訪れそうになったのを察知して、オレは急いで口を開いた。

「こ、ここの患者なのか?」
「はい。・・・えと、あなたは?」
「昨日から。エドワード・エルリックってんだ。よろしくな。・・・えっと」
「名前。名前・フューストです。」

名前は笑わなかった。
口角を若干あげてはいるものの、俗に言う"愛想笑い"と受け取れる様な物ではなかった。
握手をした手は小さく、白かった。
腕も平均的なそれと比べると随分細く、骨折とかじゃなくて病気なのかなと思う。
しばらく二人で話をして、名前はオレと同い年と言う事が分かった。

彼女は生まれも育ちもセントラルらしい。じゃあどうしてこんな田舎の病院に、と聞くと

「確かに医療器具なんかはむこう方が充実してると思う。でも、リュステールには大事な思い出があるの。」

名前は遠くを見ながらポツリと呟いた。

「なあ」
「うん?」
「・・・また話しに来てもいいか?ここなんもなくてオレ、暇なんだよ。」
「勿論。嬉しい。」

あ、笑った。
想像していたのよりもずっと無邪気な笑顔を彼女はオレに見せてくれた。
胸が高鳴って、本当に嬉しそうに笑う名前から目が離せない。

オレはこの時、生まれてはじめて"ひとめぼれ"っつーもんの意味が分かった。




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