福笑い

 社会人になりたての頃は、どんなに混雑していても新幹線で必ず帰省して、新年は実家で家族と迎えるようにしていた。
 しかし社会人も6年目になると、お金よりも往復にかかる時間と体力の方が優先度が高くなってしまい、年明けに電話で新年の挨拶を済ませるようになってしまった。
 海堂と同棲してからは、特に。
「乾先輩、お雑煮のお餅に何個ッスか?」
「うーん、3つ」
「ッス。もうすぐ出来るから、そこの蜜柑の皮、捨てて下さいね」
「はいはい」
 炬燵の上に広がった皮を丸めて、それを持った俺は立ち上がって海堂がいる台所へ行った。
「いい匂い。美味しそうだね」
「ほんとは切り餅じゃなくて、丸餅なんですけどね。親父が杵で搗くんで」
「そういえば海堂お父さん、ギックリ腰したんだっけ?帰らなくて良かったの?」
「お袋いるし、まだ葉末も家にいるから大丈夫ッスよ」
 お餅が柔らかくなりすぎないように、ジッと鍋の中を凝視する海堂の横顔を見て、俺は少しホッとしていた。
 どちらかといえば我が道を進んできた俺と、箱入り息子に近い海堂とでは、育った環境が違う。
 俺が「年末年始は帰省しない」と実家に電話した時は、「わざわざ布団干したり掃除したりしなくていいから、その方が楽よ」と母親に言われた。
 でも海堂は『ゆく年くる年』の除夜の鐘が鳴り終わる頃に海堂お母さんから電話がかかってきて、年が明けると先ずは海堂お父さんに新年の挨拶をする。それから海堂お母さん、葉末くんと電話が回されて、それが終わってから俺と新年の挨拶をする。
 海堂は実家に帰っていいと言ってるが、俺が家にいるから帰らないと意地を張る。もしかして、俺と同棲している事がバレて親と険悪状態で、実家に帰りにくいんじゃ…と思っていたが、海堂の表情を見ている限り、今年も俺の杞憂だった。
「布巾と箸を持っていって下さい」
「わかった」
 台拭きをと箸を持って、俺は先に炬燵へ戻る。
 海堂は両手に湯気立った丼を持ち、少し遅れて炬燵に帰ってきた。
「いただきます」
 昆布醤油味の、野菜や肉がたくさん入った海堂お母さん直伝のお雑煮。
 うちのお雑煮はもっと具が少なくて、すまし汁に焼き餅が入ったようなお雑煮だったので、去年初めてこれを出された時は内心驚いたが、お節が無くてもこれだけで充分お腹がいっぱいになる事には更に驚いた。
 お腹いっぱいにお雑煮を食べて、海堂が丼を下げ、俺は布巾で台を拭く。洗い桶に丼と箸を入れてきただけの海堂は、すぐ炬燵に戻ってきて俺の右隣りに座り直した。
「初詣、いつ行きます?」
「午後から行こうか。ちょっと休んで、顔洗って、歯を磨いて、髭を剃って…」
「ついでに福袋も買いに行ってもいいッスか?」
「うん。いいよ。俺も買いに行きたいし」
「何の福袋?」
「駅前の電気屋さん」
「…正月くらい、仕事関連から離れた方がいいんじゃねえッスか?」
「数字とか機械とか家電が好きで、システムエンジニアしてるんです俺は」
「知ってますけど」
 憮然とした表情になる海堂に、俺はあえてニッコリと笑って見せた。
「あ、海堂は何の福袋買うの?」
「服。乾先輩の」
「えーいらないよー」
「先輩、仕事で着るスーツや作業着ばっかりで、私服全然持って無いッスよね?」
「持ってる。あるある」
「じゃあ何でいつも同じヨレヨレの服ばっか着てるんだよ」
「ある物を着てるからだよ」
「そこに、でしょう?」
「そうそう」
「たまにお洒落しませんか?」
「誰のために?」
「誰のためって、そりゃあ俺の…」
 と、言いかけた海堂の顔が、強張って赤くなる。
「海堂のためか。なら仕方ないな」
「やっぱ、買わなくていい!」
「愛しい薫くんが初詣でする予定だった願い事なら、神様よりも彼氏の俺は絶対に叶えてあげなきゃねー」
「買わない!絶対!ダメ!」
「お前好みに俺を着せ替えてくれ」
「断る!!」
 高速で剥かれた蜜柑の皮を投げつけられながら、俺は腹をかかえて笑った。

【end】

 2013年、元旦。春木は別の意味で腹を抱えた元旦でした…(胃腸炎的な)

ロイヤルブルーの夾さまに捧げます!



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