その紙にキス

今日、学校でラブレターを貰った。直接貰ったわけではなく、体育の時間で教室を離れた時に、俺の机に入れたようだ。
 気付いたのは帰る時。薄紅色の無地の封筒に、小さく綺麗な文字で『海堂薫さまへ』と宛名書きされていた。

「今日は練習に身が入って無かったな、海堂」
「すいませんッス…ふしゅ〜」
部活が終わった後、乾先輩にそう指摘された俺は、思わず溜め息を漏らしてしまった。
「もしかして、何か悩み事でもあるのか?」
「いえ、大した事じゃねぇんですけど…」
手紙には、今日よかったら一緒下校して下さい、という内容だった。突然『好き』だとか『付き合ってほしい』とか、突拍子も無いものなら無下に断る事も出来たが、一緒に下校するくらいなら…と思う。
 だがしかし。その手紙の差出人は、名前から判断して、どう考えても100%男子だった。
「あの、乾先輩…」
「相談する気になったか?」
「2年1組の隈谷数哉の事なんて…知らねぇッスよね?」
「ふーん…うお座B型で出席番号16番、柔道初段で柔道部所属くらいしかわからないな」
「そんなにわかるんスか!?俺、名前でもピンと来なかったのに!」
「その彼がどうかしたのか?」
俺は頭を抱えて考えて、結局ラブレター?を彼から貰ったことを乾先輩に告白した。

「ダメ!絶対、ダメ!」
「何の用語ッスか」
「恋の中に死角は下心だぞ、海堂!単純に下校だけで済むと思うなんて甘い!!」
「そう、ッスか?」
「だって相手は柔道初段だぞ!海堂みたいに華奢な身体なんてすぐに組み敷かれて、動けなくなった所で相手が思うがままに…」
「なんか鳥肌が立ってきました…乾先輩に。つうか、俺は華奢じゃねぇ」
「そこが甘いんだ海堂!お前みたいにスポーツしてるのにお肌スベスベで、ムダ毛も少なくて、髪はサラサラでおめめパッチリで、唇はいつでもキスしたいくらいぷっくりしているにも関わらず、全く自覚症状の無い奴こそ危険なんだぞ!格好の餌食なんだぞ!!」
「はー…アンタ俺の事、そんな目で見てたんすね…」
「い、いや違う!これはあくまで客観的な海堂の見た目を説明したまでで、俺フィルターのかかった主観的観点では決して…」
「乾先輩って、俺とキスしたいんッスか?」
「はいー!?それは、出来るものならしたいと思ったことは1度や2度や3度や毎晩考えた日が全く無いとは決して言い切れない思春期真っ盛りの俺が言うのも何だけど…」
「ハッキリしやがれ!」
「はい、したいです」
「そうッスか。フシュー…」
また溜め息が出てしまったが、今度のは困ったからではなく、照れを隠すためだった。
ラブレターを見た時、差出人が男子だとわかった時から、なんとも不安でむず痒い感じがしていた。見え隠れする相手の好意に、自分がどう対応すればいいのかわからなかったからだ。俺の知らない奴から、俺は今までどんな風に見えていたのだろうか、と。
しかし乾先輩のように、普段から親しくしている人から、例え同性でも好意を抱いてもらえる事は、悪い気持ちがしない。むしろ少し、嬉しい。
「ありがとうございました」
「へ?何が?」
「相談に乗ってくれて」
「あ、ああ、ソッチ。いや、俺は何もだけど、どうするつもりなんだ海堂?」
「ちゃんと会って来ます」
「一緒に…帰るのか?」
「いえ。今日は先輩と自主トレする予定が元から入ってましたし、断るッス」
「そうか…じゃあ明日や明後日は…」
「それは、乾先輩のメニュー次第ッス」
「!?じゃ、じゃあ明日も明後日も、その先もずっと海堂の為に俺がメニューを作ったら…」
「俺はそっちを優先します」
「海…堂ッ!!」
顔を真っ赤にし、両手で口を押さえて今にも泣き出しそうな乾先輩が、自分より背が高く年上なのになぜか可愛いく見えた。
きっと言葉にしないと伝わらないことを、彼は手紙に託してくれたのだろう。でもそのおかげで、俺は自分の気持ちを伝えなくてはならない人の存在に、気付いてしまった。
「わかった、とりあえずこれは今日のメニュー!明日以降のは、今夜から作るから、絶対に他の予定をいれるなよ!」
「了解ッス」
ルーズリーフに汚く走り書きされた練習メニューを乾先輩から受け取る。この毎日貰う、先輩の俺への気持ちに感謝をして、そっとその紙にキスをした。


【end】

5月23日はキスと恋文の日、だそうです。


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