論点がズレてました。

 去年20歳になって、アルバイトを始めた。
 成人になるまでは親に禁止されていたが、成人になったら社会勉強の為に少し働きなさい、と言われていた。
 どこで働こうか悩んでいたら、たまたま大学の掲示板に近くのレンタルショップの求人を見つけて、そこへ応募してみた。
「海堂がツタヤ、ね」
 珍獣を見るような目付きで、アルバイト先が決まった俺を乾先輩が見てきた。
「悪いッスか?」
「いや。海堂はいつも自分に対して挑戦的だなあ、と感心しただけ」
「いいじゃないッスか。金土日だけだし、レジだけだし」
「うん。何事も経験だよ。頑張ろう、海堂」
 なんでそんなに突っ掛かる言い方をするのかと怪訝に思ったが、アルバイト初日で俺はその真意がわかった。

「海堂くん、もっとリラックスしてねー」
「海堂くん、まだ緊張してるかな?でも笑顔でね!」
「海堂くん、それ笑顔かな?もっと和やかに、優しく笑えないかな?」
 業務自体はそんなに難しく無いけど、とにかく『笑顔』の強要が苦痛だった。
「店員が笑顔じゃなきゃいけないって誰が決めてんだよ!いいだろどんな顔でも!つうか俺は笑ってるのにそれをダメ出しするアイツなんなんだよクソ!!」
「はいはい。どうどう」
 約5時間の研修を受けてきた俺に、乾先輩は搾りたてのグレープフルーツジュースをくれた。
「海堂は真っ直ぐで、自分を演じたり偽ったりする事が得意じゃないんだよな。うんうん。わかってたよ」
 ソファに座り、両手でグラスを持ってストローに噛み付く。その隣に座る乾先輩は心底愉快そうで、腹立たしかったがジュースをくれたので黙って飲んだ。
「で、続けるのかな?」
「なんスか?」
「バイト」
「当たり前じゃねえッスか。絶対にアイツが認めて平伏すほど、すげえ笑顔をマスターしてやりますよ!」
「そこからそうなるのも、海堂らしいよね」
 今度はやや呆れたように笑われ、ジュースも無くなったので遠慮なく怒り返した。

 初めの数ヶ月は業務より笑顔指導ばかりで、何度も辞めたくなったが、半年も過ぎると笑顔が顔に張り付くようになってきて、それから反射的に笑顔を作れるようになった。
「いや〜海堂くん、ここに来た頃とは大違いだね!いい顔してるよ!」
 諦めずに指導してくれたアイツことフロアマネージャーさんともすっかり仲良くなり、レジ以外の業務も教わり、こなすようになった。
 そして約1年が経ち、最近入った女子短大生の新人教育を、俺は任された。
「女子短大生…」
 アルバイトから帰宅すると、乾先輩はずっと俺の背後に回り、そう呟き続けた。
「うぜえ!なんスか!羨ましいのかよ?!」
「羨ましいよ!女子短大生!」
「じゃあ先輩もアルバイトしたらいいだろ?」
「卒研と就活で死にかけている俺に向かって酷いよ海堂!俺がそっち行くから代わってくれ!」
「無理に決まってんだろ!」
 その新人女子短大生のせいで、乾先輩とは喧嘩気味となり、俺はアルバイトが終わった後に家に帰るのが面倒臭くなってきた。
「海堂先輩…」
 業務時間終了後、ロッカーの前でフシューと溜息をついてると、同じ時間に上がった新人女子短大生が不安そうな顔で俺を見ていた。
「どうした?先に帰ったんじゃなかったのか?」
「裏玄関の前に、怪しい男の人がいて…」
「いつも迎えに来てる彼氏は?」
「彼、今日飲み会で…」
「…フシュー」
 俺はもう一度溜息をついて、新人女子短大生と一緒に外に出ることにした。
「すみません、海堂先輩…」
「別に。お前は悪くねえだろ」
「なんか、すごく背が高くて、頭がボサボサで、眼鏡で表情がわからないんですけど、ずっとこっちの玄関を見張ってて…」
「春だから変質者かもな。俺から離れるんじゃねえぞ」
 そう言いながら俺は裏玄関のドアを開けた。
「あ、あの人です!」
 新人女子短大生が、俺の陰に隠れて、少し離れた場所にある街灯の下に立った男を指差した。俺は少し身構えて、そいつをよく見た、が…
「あー…大丈夫だ。一人で帰っていいぞ」
「えっ!?」
「俺の同居人だ。じゃあな」
 俺は小走りで、変質者と見間違えるほど怪しい乾先輩の元へ近付いた。
「お疲れッス」
「お疲れ様、海堂」
「どうしたんですか?」
「女子短大生が気になって気になって…」
「そんなに気になるなら、客として店に入れば良かったじゃねえッスか」
「俺ここの会員じゃないし」
「会員じゃなくても店には入れるだろ?」
 俺の言葉に、乾先輩は口を閉ざして、背を向けて歩き出した。俺はその隣を少し早足で歩く。
「何か、怒ってますか?」
「怒ってない」
「最近の乾先輩、何か変スよ」
「変、か。そうかもな。俺も変だと思う。海堂が女子短大生と一緒に働いているのが、こんなに気になるなんてな」
「乾先輩、すげえアイツの事を気にしてますけど、アイツ彼氏いますよ?」
「え?そうなの?!」
 急に大きな声を出してこっちを見る乾先輩に、俺は思わず体を引いた。
「アイツ、いつもは彼氏が迎えに来てるけど、今日は飲み会で迎えに来れなくて、でも外に変しっ…アンタがいるのが見えて怖いから、仕方なく俺と一緒に出てきただけで…」
「なんだ、そうだったのか」
 はぁ〜と、今度は急に脱力した乾先輩は、その場にしゃがみ込んでしまった。
「先輩!?」
「もう駄目かと思ったよ」
「駄目って、そりゃ先輩がアイツを狙っていたなら、元から駄目でしたけど」
「論点がズレてる」
「は?」
「まあいい。よし、今夜は飲もう!コンビニ寄って帰るぞ海堂!ダッシュだ!!」
「はあ?!」
 しゃがみ込んだ体勢から、クラウチングスタートで走り出した乾先輩の背中を、俺は慌てて老いかける。
 走っている間に、論点のズレの話はどこかに落としてきてしまったけど、まあ、いいか。


【end】

まだまだ片思い。時々両想い。



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