俺の時間あげました。
「乾先輩。誕生日、何欲しいッスか?」
「う〜んと、いま赤い箸で土鍋から水菜だけを取り出して自分の器に入れた野菜好きな子?」
「油揚げも一緒に取りましたよ。何もいらねえんスね?わかりました」
「嘘!冗談!本気にしないでよ海堂!」
乾先輩の誕生日の一週間前。
俺は先輩と夕食のハリハリ鍋をつつきながら、21歳の祝いに何が欲しいかを尋ねた。
その3週間前くらいから、何をプレゼントしようかあれこれ考えてみたけれど、ピンとくる良い物が思いつかなかった。
それで日にちも迫っている事だし、俺は考えすぎて変な物を渡すよりも本人が欲しいものをあげた方が喜ぶんじゃないかと思い直した。
「真面目に、何か欲しいものねえッスか?」
「そうだね。欲しい物はたくさんあるよ?睡眠時間とか、落ちそうだけど落とせない大学の単位とか、海堂と仲良く楽しく遊ぶ時間とか…」
「もっと物理的に言えよ」
「うーん、特に無いかな?どうしても欲しい物は自分で買って、揃えてあるし」
腕を組んで首を傾げて、乾先輩は本気で悩み始めた。
というかそもそも、様々なジャンルの本や大学の資料を床を占領し、CD-RやMDケースが収納ラックからはみ出て、机の上には何に使うのかわからない形をした小物が散乱し、壁のあちこちに細かい文字が書かれたメモ紙を貼ったあの部屋で、俺がプレゼントした物など砂漠に落とした小石程度の価値しかならない感じがした。
「やっぱり、時間が欲しいような…アッ!」
腕組していた先輩が、右手で左手の平をポンと叩いた。
「そうだ。海堂の時間を、俺に少し頂戴?」
「俺の時間?」
「そう。3時間…いや、2時間でいい。駄目だったら1時間でも」
「ちょっと、待って下さい」
俺は箸置きに箸を乗せて、先輩の言葉を一度遮る。そして椅子に深く座り直して、しっかりと話し合う姿勢を取った。
「俺の時間、ッスか?」
「そう」
「俺の時間って、どうやって先輩にあげるんスか?」
「3時間か2時間か1時間か、俺と一緒にいてほしい」
「一緒にって、今だって一緒にご飯食べているじゃねえッスか?」
「そうだけど、もっと特別に。俺の為に、時間を空けて欲しいんだよ」
先輩は本気の目を向けた後、ふっと優しく微笑んだ。
「遠回しだったかな?デートして」
「デ、デート?!」
「海堂、驚き過ぎ」
「デートっスか先輩?!」
「ああ、ちょっと大袈裟な言い方だったね。ごめんごめん。俺の誕生日にさ、ただ単に、一緒にどこか遊びに行こう?」
「それだったら、最初からそう言って…」
ドッキドキする胸を抑えて、俺は深呼吸をした。先輩は俺の過剰反応に、楽しそうに笑っている。くそ。
俺は少しお茶を飲んで、気を落ち着かせようと努力した。
デートは、恥ずかしい。
ただ一緒に出かけるのは、恥ずかしくない。
だってそれは、デートじゃない。
でもデートって、一緒に出かけることだろう?やっぱり一緒に行ったらデートになるんじゃねえのか?
いやいやデートは、男女が時間や場所を打ち合わせて会うことで、俺たちは男男だからデートとは言えないんじゃ…
「何時間くれる?」
「はい?!」
全然落ち着かない心のまま、裏返った声で、俺は質問を聞き返した。
「時間。何時間だったらいいかな?」
動揺しているお構いなく、先輩はニコニコと満面の笑みを浮かべている。俺はちょっと考えて、何時間でも、と答えた。
「何時間でもいいの?」
「24時間以内でしたら…別に」
「そうか。嬉しいな!24時間も、海堂と何をしようかな?」
「あの、上限が24時間ッスからね?」
「うん。24時間ね」
「24時間以下でも、全然いいッスからね?」
「うん。24時間ね」
先輩はニタニタ笑いながら、煮過ぎた水菜を鍋から小碗に取り出して、新しい水菜を加えた。
俺はなんとなく、自分の言った条件が自分に厳しすぎるような気がしてきた。
でも本当に喜んでいる先輩の顔を見ると、自分の24時間くらい良いかと思った。時給680円で24時間働いたとして、1万5千円値の物を買って渡すよりは、きっと価値がるし、俺も楽しいだろう。
「どこかに出かけようか?どこに行きたい海堂?」
「先輩の誕生日なんスから、好きな所へどうぞ」
「千葉の『ニャンダー!パーク』とかは?」
「ニャッ…」
「行きたくない?世界中の猫に会える触れる遊べるパーク」
「…行きたいッス」
「じゃあ、まずそこに行こう。それから房総半島をぐるっと巡って…」
次々と浮かぶプランに夢中になって、鍋の水菜はまたペタペタになってしまった。
24時間で回れる所はきっと限られているけど、回れなかった所はまたいつか行けば良い。
来年とか、再来年とか。
その日まで、まだ先輩と一緒に暮らして、また俺の時間をあげれればいいな…と、俺は心の中で思う。
【end】〔 〕 【再録】2004年の乾誕。不思議だけど、これでもまだ付き合ってません。
〔〕
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