朝7時。
 隣で寝ているリョーマを起こさないように起き上がると、俺は顔を洗って着替えをした。コートのポケットの中に入っていたサイフを枕元に置き、愛らしい寝顔をしたリョーマにキスをする。
「お前は幸せになれ…リョーマ」
 心の底から気持ちを込めた言葉を最後に、俺はリョーマを置いてモーテルを出た。
 朝方降っていた雪は止んで、明けた空からは春らしい陽射しが降り注いでいる。大きな通りまで出た俺は、タクシーを拾って、株式会社アイエスへ行くように頼んだ。
「すいません、なるべく急いで下さい…」
 汚い身なりに傷だらけの顔をした俺に、タクシーの運転手は眉間に皺を寄せたが、なんとか乗車拒否をされずに目的地へ車を進めてくれた。

 朝8時前。
 出勤時刻には早い時間だったが、入口では慌しく人の出入りが行われていた。俺はタクシーの運転手に、サイフを持ってくるから少し待っていて欲しいと頼んで、タクシーを降りた。重くなり始めた足取りで俺は受付まで行き、そこに座っていたモデルに話し掛けた。
「すまないが…社長に合わせてくれ」
「アーン?誰だテメエ?社長ら重役さんは、いま緊急会議で忙しいんだよ」
「では『K-1007が来ている』とだけ、電話で言ってくれないか?」
「K-1007?モデルかお前?見えねーな」
「そうだ…頼む、時間が無い。早急に…」
「わかったよ。モデルがマスター無しに会社にくるなんて緊急事態だしな。そこで座って待ってな」
 受付のモデルは向かいのソファを指差し、受話器を取った。俺は足を引き摺りながら、そのソファに座った。身体が重くて、視界がちらつく。触覚機能、味覚機能、嗅覚機能を切って、エネルギー消費を抑えた。
 数分後、黒縁眼鏡の社長を初め、重役の面々が俺に向かって突進してきた。
「K-1007か!?」
 声を張り上げる社長に、俺は小さく頷いた。
「このフロアを閉鎖しろ!社員以外は立ち入り禁止だ!手塚宅に連絡、あと警察にもだ!」
 社長は周囲にいた人間に指示をだした後、俺の前に膝をついて手を握った。
「K-1007…すまない。君には辛い思いをさせてしまった」
 俺は緩慢にしか動かなくなった手で、コートから男を指したナイフを取り出した。
「もうご存知だと思いますが…俺は人間を殺しました」
 ソファの上に置いた、血の付いたナイフを見て社長は悲しい表情を浮かべた。
「その人間は、殺人犯でした。今まで3人殺しています。4人目は、俺が保護してあります…」
 俺は見えなくなり始めた視界の中で、社長の手を強く握った。
「社長、お願いがあります…これから俺の今までのログを見るでしょうが、男 を 殺 し た の は 俺 で す。どうか、おネガ…イシ…マ……ス……………」


***


 その後、K-1007のログから、K-1007を窃盗した男の家が割り出され、その家から男の死体が発見された。そして少年も無事に警察に保護され、病院に数日入院した後、無事に親元へ帰還した。

 飛ぶ鳥の如く飛躍していた株式会社アイエスは、マスコミや警察を買収し、モデルが人間を殺した事実を非公開に留めた。またKシリーズのマスターには極秘文書として、モデルのリコールを通達した。

「人を殺したのは少年です!我が社のモデルは、人殺しではありません!なぜ事実を改悪するんですか?」
 その後の会議室で、社長は一部の重役にバッシングを受けた。しかし社長は憂いを秘めた目でその重役らを見返し、発言した。
「事実はそうだ。だが、少年の罪を被るといった彼の意思に反して、俺たちが事実のまま少年を警察に差し出して良かったのだろうか?考えてみろ。我が社の未来よりも、少年の未来の方がはるかに輝かしいと、人道的な立場で彼は判断したんだ。素晴らしいと思わないか?」
「人道的はちゃうやろ?あのモデルは単に己の私情を…」
「そう、彼の私情。なあ、普通のモデルは私情なんて挟むのか?そもそもマスターの支配下で、モデルは私情、つまり『自ら生まれた感情でモノを考える』なんて事が出来るのか?」
 表情を強張らせた重役達の顔を見渡して、社長は口の端を上げ、中指で眼鏡を押し上げた。
「君たちも、彼の最後の表情を見ただろう?少年の罪を被って、最後まで少年を想った、あの顔を…あれこそ我が社が追求しているモデルだ。なぜ憤りを感じる?むしろ喜ばしいことだと思わないのか?我が社が一番最初に作った一番古いモデルが、最高傑作だったと証明されたのだから」
 沈黙が訪れた会議室で、社長は胸で十字を切って、スクラップ工場に送られたK-1007に黙祷を捧げた。

【end】

【再録】T-M0723の少し前の話。ああもうほんとつらい。書いたの自分ですが。


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