帰ってきた男は、脇に大きな麻の袋を抱えていた。中身は首の骨が折れたカラスや目を引ん剥いた野良猫。舌を出した野良犬もいた。
 男は台所や風呂場でそれらを丁寧に解剖し、自分好みに整形し、芸術作品と名付けた死体を恍惚とした表情で眺め、デジタルカメラへ楽しそうに収めた。
 しかし数日経って腐食が始まると、男は顰めた顔で作品の処分を俺に命令する。嗅覚神経を断絶した俺は、換気扇を回した台所で作品を細かく刻んだ。そして男の家の裏庭に穴を掘り、羽も爪も尻尾も、そこにまとめて埋めた。
 2ヶ月に1度の割合で、男は小動物を麻の袋に入れて、家に持ち帰った。その度に俺は作品を刻んで埋めた。

 男は生きた小動物を連れて帰ってくるようになった。家の中で出来る限り生かし、動物が死ぬまで徐々に作品を仕上げる。
 感情機能をダウンさせた俺は、表現し難い無残な生き方をしているそれらを、ただそこにある物と認識して、作品になる物の排泄物の処理をした。
 
 男が生きた少年を連れて来たのは、今日が初めてではなかった。今まで3人、男は少年を作品に変えた。俺はマスターである男の命令に従った。従わなければならなかった。だが人間には手を出せないモデルの俺は、腐食を始めた作品の処理を出来ず、麻の袋に詰めなおされ男の車で運ばれる少年を見送る事しか出来なかった。
 俺が抱きかかえてきた少年も、10日前に麻の袋に入って来た物だった。男はこの少年に対して、身体的にではなく、精神的に追い詰めて死に至らせる方法を取った。身包みを全て剥ぎ、手足を拘束し、目隠しをする。1日に何度か目隠しを外して、男は少年にナイフを突きつけた。光が見えた、先は闇。男は舌なめずりをしながら、少年の真っ白な首や胸や腹に、赤い筋をつける。だが、この少年は今まで連れて来た少年とは、何か違う強い光を持っていた。泣き叫ぶ事も無く、声さえ出さずに、炯々と燃えた瞳で男を睨む。男は抵抗らしい抵抗もしない少年を下等と思い、笑いながら罵った。しかし少年の、無言だが力強い抵抗に、男は精神的に追い詰められ始めた。
 男は当初の予定を変えて、前の3人と同じように暴行するようになった。しかし少年は暴行に屈しなかった。充血し真っ赤になった瞳で、男をずっと睨んでいた。
 男が少年に嫌悪感を抱き部屋に篭もりだすと、食事や排泄の世話を命令された俺は少年と二人きりになった。目隠しをしたままの食事にも少年は全く怯えず、スプーンの先を唇にあけると大きく口を開いた。
 食事が終わると、少年は軽く伸びてあくびをする。やがて舟をこぎ始める少年に、俺は男に無断で毛布を掛けた。どんな状況にも服従しない少年の姿は、ダウンしていた俺の感情機能を復活させた。



 少年が男の家に監禁されて5日目。
 俺の中で、少年を助けたいという慈悲の心と、男を殺したいという憎悪の心が、初めて生まれた。後者の方は、モデルが決して抱いてはならない感情だった。
『人間を意識的に傷つけ、また無意識的に殺す事は、決して行ってはいけない』
 セーフティ機能と呼ばれる、人間よりも丈夫で力強いモデルに人間を殺させない為の制御機能。モデルがセーフティ機能に引っ掛かる思考を抱いたり行為を起こそうとしたりすると、モデル自身からアラーム音が鳴り響き自動的に電源が落とされ、モデルを管理している株式会社アイエスからマスター宛てに警告文書が届くシステムになっている。そのため俺は下準備として、自分の内部を徹底的に調査し、耳の後ろを通っていたアラームの配線を切断した。男のパソコンから特定のコンピューターウィルスを感染させて、電源が決して落ちないようバグを発生させた。
 俺は男を殺そうと思った。
 一週間が過ぎると、さすがの少年も疲労の色が見え始め、男を睨む瞳に力が少なくなってきた。しかし馬鹿な男は、まだ少年が弱っている事に気がついていなかった。
 俺は男が部屋に引きこもっている間に、少年の傷の手当てをし、体を温め、栄養のある物を食べさせた。少しでも精神的・肉体的負担を減らそうと、目隠しを外して、クッションを少年の体の下に敷いた。俺の前でだけ、少年は両目を閉じて、胎児のように体を小さく丸めて眠った。男がいつ戻ってくるかわからないので、俺はその間全感覚神経を男の部屋に傾けていた。





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