【かなり暴力的な表現があります。閲覧にはご注意下さいませ】



 自分は絶対に人を殺せないのだと、生まれた時から信じていた。
 自分は人に使役し、尽くすだけの道具に過ぎないから。
 ずっとそう思っていた。
 この男に会うまでは…


***


 自分の両手の中で顔を赤黒くする男を、何の感情も無く見つめていた。そもそも、自分の中に感情なんて物が本当に存在するのだろうか、などと思いながら。
 指に力を込めて首を締めると、男はかくりと頭をもたげた。
 俺は男から手を離して、呼吸が停止している事と、心臓の鼓動が弱まっている事を確認した。
 こんな時、人間だったら何を考えるのだろう?
 モデルの俺は、自分がこの先に行くであろうスクラップ工場がどんな場所かを想像した。灰色のコンクリートの壁に囲まれた、真っ白な蛍光灯の照らす箱。不完全燃焼と、生ゴミの饐えた臭いがたちこめた、ゴミ達の待機場。電源は点けたままか?腕や足は切られた後か?遠隔操作で動く、三本の大きなキャッチャーに、ぬいぐるみのように俺は運ばれ、真っ赤に燃え上がった炎の中に落とされるのだろう。
「グっ!」という、男の苦しむ声が聞こえた。
 俺はハッとして顔を上げると、首を締めた俺と首を締められた男の間に、傷だらけの全裸の少年が挟まっていた。少年は手首に繋がれた手錠をジャラッ…と鳴らして、男の胸に突き刺したナイフから手を離した。
 汗でツヤを増した、真っ黒の髪。少年は男に向いたまま、俺の胸にそれを押し付けた。
 俺は少年を抱きしめて、立ち上がった。ハンガーに掛けられていた男の黒いロングコートを引き取ると少年に着せ、自分も紺色のコートを羽織った。
 直ぐにこの場所から離れなければならない。胸の中で、警鐘が鳴る。男の胸に刺さったナイフを畳んで、俺はコートのポケットに入れた。心臓に手を当てると、男は完全に事切れていた。力の抜けた少年の体を抱き上げて、俺は玄関を出た。
 外は真っ暗。空からはまた雪が降り始めている。車は使えない。すぐに居場所が割れてしまう。自分の足で出来る限り走るしかない。
 コートだけに包まれた少年が、寒さに震え、俺の腕にしがみついた。俺は少年の体を強く抱きしめて、積もり始めた雪道を駆け出した。何処か、少年の安全が守れる場所まで。

 男が死んだ家から、20kmくらい離れた場所で、俺は走るのを止めた。この先の事を考えて、エネルギーの消費を抑えようと考えたからだ。
 抱え直した腕の中の少年を覗くと、ふるふると震えながらも眠っていた。少年のコートや前髪に降り積もった雪を払って、俺は更に歩き続けた。
 県境を越えてから、俺は古く廃れたモーテルに入った。車庫に入るとシャッターを閉めて、二重のドアから中へ入る。ダブルベッドに少年を寝かせると、18度に設定されていたエアコンを25度まで上げた。
 俺はコート脱いで、風呂場へ向かった。大きめのバスタブに栓をして、少年の体温より少し熱いお湯を満たしていく。
 部屋に戻る時、大きな鏡に映った自分の姿を目に入れた。7年前の芸能界を湧かせた、目が鋭い大物男優を模写した姿。しかし髪の毛先は縮れ、鼻は少し曲がり、左目は光を失い、体中に切り傷がついたそれは、子供が泥で作った人形よりも酷かった。

***

 2番目のマスターだったあの男に会ったのは、2年前の冬だった。
 生まれてから5年目まで、俺は裕福で仲睦まじい老夫婦の下で働いた。モデルの寿命を知っていたマスターは俺が5歳になった時に、モデルの製造元である『株式会社アイエス』に俺を連れて行った。人間でいうなら延命手術を受けるに等しい事を、俺はそこで受けるはずだった。
 しかしアイエスの倉庫で目を瞑った俺が起きた時には、全く見知らぬ悪臭が漂う部屋にいた。背が高く、脂肪が少ない、瞳が常に揺れている青白い顔をした男が、不正に俺の内部へアクセスし、新たなマスターに設定されていた。何台ものコンピューターが置かれた歩く場所も無い部屋の中で、男は目を開け、首を動かした俺に拍手をした。

 最初の頃。男は部屋の片付けや食事の支給を俺に命令した。
 指示に従い行動を起こした筈の俺に、男は「この本はこの場所じゃない!」「誰がこんなメシを作れといった!」と文句をつけては、俺を殴ったりナイフで刺したりした。身体的痛みは無かった。初めてナイフで傷つけられた時に、痛覚神経を自ら断絶したからだ。男は起きている間は、ほとんどの時間をパソコンに向かってすごし、たまに運動するのように俺を殴った。
 男の家に連れて来られてから2ヶ月が経って、俺は男が初めて外出する姿を見た。帰ってくるまで家から出るなと命令された俺は、片付けるたびに散らかる男の部屋をまた片付けていた。そういえば、男がいつも何をしているのだろうと興味を持った俺は、スリープ状態だったパソコンの1つを起動させた。真っ黒な壁紙に、男が見ていたであろうHPがウィンドウで開かれていた。そのページにはおぞましい文章が羅列され、そしておぞましい写真が掲載されていた。この部屋の男は、死体マニアだった。





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