T-M0723が海堂家に来たのは、葉末と俺の誕生日である5月11日だった。
「誕生日おめでとう、葉末、薫」
「すごい!これ、一番新しいモデルですよね?!」
 俺の背丈ほどある大きな箱を前にして、葉末は興奮しながら父さんの袖を引いた。
「ああ。葉末もようやく10歳になったからな。ちょっと奮発したんだぞ」
「ありがとうお父さん!!」
 胸に抱きついた葉末の頭を、父さんは嬉しそうに撫でた。
 俺は母さんと一緒に仲睦まじい二人に微笑んでから、その箱を開け始めた。
 モデルとは、21世紀後半に人間によって製造されたロボットの事を指す。旧世代では『人造人間』や『ヒト型ロボット』と呼ばれていた。
 しかし何にでも愛着を持つ人間がロボットという呼び方は冷たいと言い『モデル』という愛称がついた。
  この家に来たモデルは今月発売されたばかりの、1000種類以上の調理レシピを内臓、ハウスダストセンサー付き、新生児から思春期の子供までの面倒を見る事が出来る、最新型人工知能(A.I.)がついた最先端の家事専用モデルだった。
 このモデルのタイプは大きく2種類で、「M(man)」と「W(woman)」があった。ウチに来たのはMなので、男性モデルだ。きっと父さんが、母さんの事を気遣ったのだろう。
 最近の家事専用モデルは、大家族や裕福な家庭にだけではなく、独り暮らしや母子家庭も対象に入れてセクシャル(性交)機能が付加されている。その為モデルとの浮気や不倫は日常的に起こり、酷い時には殺傷沙汰になる事もあって、時々ニュースで取り上げられている。
 但しモデルはマスター(主人)を始め、どんな人間も傷つける事が出来ないので、モデルは一方的にドリルで穴を開けられたり、ガソリンをかけられ焼かれたりする。
 まあ、父さんは母さんにベタ惚れだし、母さんも嫉妬深い性格ではないので、Wでも大丈夫だった気もするが。
 箱の中で目を瞑っているモデルは、精悍な顔立ちをした、家事というよりはサッカーでもしていそうな青年だった。
 俺は取扱説明書を見ながらモデルの後ろに立ち、首の付け根にあたるコントロールパネルを開いた。
 この手のモデルは、各家庭の個性を出すために同じ顔は作られない。更に企業側の要望で、消費者は購入時にも顔を見る事は出来ないので、クジのように「アタリ」や「ハズレ」が起こったりする。
 だが基本的に消費者に「好まれる」顔立ちのモデルを売らなければ儲からないので、企業はその年の一番人気のある俳優や女優の良い所を掛け合わせた、それでいて庶民的な雰囲気を醸すようなモデルを作る。
 こいつも、今注目度ナンバーワンの人気バンドグループ「ARCADIA」のヴォーカルと、イースタンJリーグー首位の「シャングリラ」のMFを足して2で割ったような顔をしている。
 コントロールパネルにモデルのシリアルナンバーを打ち込み、マスターである親父の姓名や個人情報を入力、更に親父の声紋と眼球の虹彩(こうさい)を読み込ませてから、セットアップが終わるまで待った。
 ディスクを読み込むような小さな機械音が続いた後、それはゆっくりと目を開けた。
 カメラのタイマーで写真を撮る様に、俺たちはいそいそとモデルの前に整列した。
 モデルは無表情のまま、俺たちの顔を10秒ずつチェックした。
「カイドウ家は全員で4名ですか?」
 モデルが初めて口にした言葉は、とても事務的なものだった。
 だが葉末は「わー!」っと嬉しそうに声をあげて、拍手をした。
「そうだ」
「あなたがマスターの『カイドウシブキ』ですね?確認しました。どうぞよろしくお願いします」
 モデルは手をぴったりと太腿につけて、親父に礼をした。
「それでは、マスター以外の家族を入力します。直接私に自己紹介をして下さい。声紋も入力しますので」
「シブキの妻の、カイドウナツミです」
「入力しました。どうぞよろしくお願いします」
「シブキとナツミの息子の、カイドウハズエです」
「入力しました。どうぞよろしくお願いします」
 最後に、そいつは俺の方を向いた。
 感情の篭もらない、無表情なそれと同じように、俺は声を出した。
「シブキをマスターとする、K-0511の『薫』だ。よろしくT-M0723」
「入力しました。どうぞよろしくお願いします」
 T-M0723の名前は、葉末と俺が一生懸命に考えた結果、いつも見ているアニメのヒーローと同じ「武」に決まった。
 来た当初、無表情無感動だった武は、半日も経つと人工知能(A.I.)によってその家庭に相応しい性格を形成して、徐々に家族に馴染み始めていた。





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