Young Nicholaus

 鈴の音が聞こえる。
 リンリン、ではなく、シャンシャン、と。
 軽快な音は、雪原に近いグラウンドを横切っている自分の左後ろの方から近づいてきた。通り過がりに見えたのは、1匹のトナカイに引かれた、空っぽの橇(そり)だった。鈴の音は、トナカイの首輪に付いていた飾りから聞こえていたらしい。シャンシャン…と、橇と共にだんだん音は遠くなっていった。
「乾先輩!」
 橇が来た方向から、聞き慣れた声が自分の名を呼んだ。
振り返ると、上気で顔を赤くし、眉を釣り上げ、大きな目をギロッと見開いた後輩の海堂が、白い息をハッハッと吐きながら走り寄って来ていた。
「ッス。あの、橇、見ません、でしたか?」
 軽く頭を下げて挨拶を済ませると、海堂は焦った様子で尋ねてきた。
「ついさっき、あの林に向かって走っていったよ」
「!?クソッ…すみません。ありがとうございました!」
 橇が消えた方角を指すと、海堂は深く頭を下げて礼をして、その方向へ走り出そうとした。
 しかしその肩を掴んで、俺は聞いた。
「ちょっと待て。あの橇は海堂のなのか?」
「…ッス。自主訓練で、トナカイに橇を繋ぎましたが…」
「海堂と袋を乗せないで、先に走り出したんだな?」
「ッス…」
 伏し目がちにしょんぼりとした後輩の頭を、慰めるように撫でる。
 自分の意に反して、動物や子供から恐がられやすい顔をした海堂。この聖ニコラウス養成学園に入学してきたのも、子供たちを喜ばせたい、トナカイと触れ合いたいという大きな夢があったからなのだろうが…なかなか上手くいってないようだった。
「あの…乾先輩…」
「ああ、すまない」
 ずっと頭を撫で回されて、海堂は恥ずかしくなったようだ。手を離すと、視線を斜め下に向けてしまった。
「ところで、さっきのトナカイの名前は?」
「アイツは、シロです。鼻が桃色の」
「シロか。そうだな確か…」
 ポケットの中にいつも持ち歩いている、犬笛のような小さな笛を口にくわえて、フッフッーと息を吹いた。
人の耳に聞こえるほどの音は鳴らないが、トナカイの耳なら数km離れていても聞こえる、特殊な笛だ。
 程なく、シャンシャンという鈴の音と共に、林の奥からシロと橇がこちらに向かって走り寄ってきた。
「はい、ご苦労さん」
 ピタリと横に停まったシロの、首を優しく撫でてあげる。シロは嬉しそうに、ブルブルっと鼻を鳴らした。
「すみません…ありがとうございます」
「海堂は、将来はやっぱり配送が希望か?」
「はい。やっぱりサンタは、トナカイの引っ張る橇に乗って、子供たちにプレゼントを渡すのが仕事ッスから!」
 大きな目をギラギラと輝かせて、海堂は口の端を上げて、拳を握ってそう答えた。
 しかしその様子が恐くて、シロが2歩後ずさりしてしまった。さすがに苦笑してしまう。
「まあ、そう意気込みすぎるなよ海堂。軽く微笑むくらいが、ほどほどでちょうど良いんだぞ?」
「ほどほど…ッスか?」
「そう、ほどほど、ね」
 そう言いながら、ほどほどの笑顔で見つめると、海堂はビックリしたような、しかしみるみる顔を赤くして、なぜか顔をそむけてしまった。
「乾先輩の『ほどほど』は、全然『ほどほど』じゃねぇッスよ…」
「ん?」
「なんでもねぇッス!!」
 顔を下に向けたまま、海堂は急いで橇に乗ると、シロの手綱を引いた。
「ほんとに、ありがとうございました乾先輩。俺、頑張って立派なサンタになりますから…」
「うん。海堂、お前なら良いサンタになれるよ。俺は配送じゃなくて、管理の方へ行くつもりだけど、そうなったらお前のタイムスケジュール、完璧に作ってあげるよ」
「それ、約束ッスよ?」
 海堂が右手の拳を突き出した。俺はそこに自分の拳をコツンと合わせた。
「じゃあ、練習に戻るんで、また」
「頑張れ、海堂!」
「ッス!」
 滅多に見られない『ほどほど』の笑顔を見せて、海堂はシロと橇と、シャンシャンと鈴の音を鳴らしながら小さくなっていった。
 あの貴重な笑顔を、みんなに見られてしまうのは少し勿体ない気もするが。
 夢に向かって真っ直ぐな後輩を、応援したい気持ちの方が大きかった。

 いつか、一緒に夢を届けに行こうな、海堂。

【end】

前の話が好きで、深く掘り下げていこうと思いました。


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