Night fliers

 一目見た瞬間に、そいつは同業者だとわかった。
 赤味がかった黒のマシンに跨ったそいつは、真っ黒なレザースーツをまとい、同じく真っ黒なフルヘルメットを被っていてた。闇夜に紛れてよく見えないが、おそらく体のラインから、男だろう。
 アクセルを回して、そいつのマシンの後ろにつける。空気抵抗が少なくなって推進力が上がったマシンを、ぶつからないようにぴったりと寄せた。目を凝らして、ヘルメットに付いているステッカーを読み取ろうとする。
 しかしすぐに俺の存在に気付いたそいつが、左へ急カーブする。突然の強風に煽られ、バランス立て直そうとふらふらする俺を、そいつは鼻で笑ったようにくるりと旋回してから、真っ暗な空へ消えていった。

***

「ちっくしょー誰だよアイツ!」
 事務所に戻ってきた俺は、ヘルメットを床に投げ捨てて応接用のソファに座った。
「どうした桃城?なにかトラブルでもあったのか?」
 大石社長代理が、社交辞令で俺に質問する。パソコンのディスプレイから顔も上げず、指は常に動かしたままの彼に、俺はさっき外で会った男を説明した。
「同業者だって!?」
 バンッ!と音をたてて、社長代理がデスクから立ち上がる。俺は外勤前に入れたコーヒーの残りをすすって、首を振った。
「いや、ステッカーは確認できなかったんスけどね。でもおそらく、間違いないと思いますよ」
「社長のいない時に、そんな大事件が!だから特別空路運送便は、ウチの専売特許にしようと請願してたのに!これでウチの売り上げが激減したら…うう、胃が痛くなってきた…」
 社長代理は常備薬を飲みに、給湯室へ行ってしまう。
 冷たくなったコーヒーを飲みきると、唯一の後輩の越前も、事務所に戻ってきた。
「ただいまッス」
「よお、おかえり」
「桃先輩さ、黒っぽいのマシンの男のこと、何か知ってますか?」
 ヘルメットを外した越前は、面白いおもちゃを見つけた子供のような目をしていた。
「いや、俺もさっき会ったばかりだけど。何かされたのか?」
「あーそれで。俺と桃先輩のマシンが同じだから、勘違いしたのかもしれないッスね。なんかねちねち絡んできたから、ちょっと遊んでやりましたよ」
「おいおい、大丈夫かよ?!」
「車通りの多い道路に近い、林に落としたから大丈夫じゃないッスか?」
「お前、それはいけねーな、いけねーよ!」
 やんちゃ盛りの後輩が、何をしでかしたのか安易に想像がつく。ただでさえ同業者が出始めた上に、こちらが営業停止をくらってしまえば自分の給料が危ない。俺は近くにあった工具箱と、ヘルメットを持った。
「あ、おかえり越前。あれ?でかけるのか桃城?」
「ちょっと。すぐ戻ってきます!」
「いってらっしゃい、桃先輩。帰りに肉まん、よろしくッス」
 ひらひらと手を振って笑顔で見送る越前が、かなり憎らしかった。

***

 越前の言っていた場所の辺りを、ヘッドライトを下に照らして旋回する。
 黒々とした森海の、藻屑に化してなきゃいいんだけど…越前が入社したての時に、自分もされた仕打ちを思い出すと、他人ながら心配でならない。
 高度を下げて、木にぶつからないようギリギリを走ると、少し開けた場所で、明かりをつけたマシンが見えた。近くにあの男もいる。
 俺はギアをローに入れて、ゆっくりとその場所に下りた。


「よお、大丈夫か?」
 声をかけると、男はゆっくりと顔をこちらに向けた。
 年は俺と同じくらい。キツイ印象を持たせる目をしているが、整った顔をしている。
「テメエ、どの面さげてきやがった…」
 うなるような低い声で、男は俺を威嚇する。
 俺は工具箱を足元に置いて、両手を上げた。
「俺の後輩がやんちゃすぎて悪かったな。これはお詫びと友好の印。必要なら使ってくれ」
「お前じゃねえのか?」
「同業者かと思って、ステッカー見ようと近付いて巻かれたのは俺」
「なるほどな。急に運転技術が変わったから、混乱した」
「悪かったな、ヘタクソな運転で」
「そうは言ってない。でもそう聞えたら悪かった。俺は海堂薫だ」
「桃城武。よろしく海堂」
「よろしく」
 工具箱を漁り始める海堂の横で、俺はツナギのポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
 海堂のマシンを近くで見ると、色はワインレッドだった。型式はかなり古いのに、ボディはピカピカで、よく整備されていた。近くにあったヘルメットを拾うと、思ったより軽い。この辺で売られている物では無いようだ。持ったついでに、特別空路運送便の営業許可証に付属する、国土交通省発行のステッカーを探したが、それらしき物は貼られていなかった。
 空から落ちた時の衝撃で外れたらしいマフラーを、海堂は手慣れた様子で手際よくはめる。他に故障した箇所がないか一通り確認すると、エンジンをかけて、アクセルを回した。

「大丈夫そうか?」
「ああ。でも道具がないと、仲間が呼ばなきゃならなかったから助かった。ありがとう」
「いえいえ」
 工具箱を受け取って、代わりに俺は一服をすすめる。
 海堂は遠慮なくタバコを口に咥えたので、そこへ火を点けてやる。
 ふたりの吐き出す白い息が、冷たい夜空に立ち昇った。
「ちょっと聞いてもいいか?」
「なんだ」
「ステッカー、ついてなかったけど、もしかしてモグリ?」
 投げかけた質問に、海堂は少し考えてから、頷いた。
「正式に営業登録するつもりか?」
「いや、たぶんしない。ウチは客以外の人間と、仕事中に接触するのは禁止されているから」
「まさか、公に言えないような危ない物を運んでいるのか?」
「そうでもねえけど…人目に付くと、信用に関わる」
 そう言ってから、海堂はフシュー…っと、変わったため息をついた。
「あ、もしかして、いま俺と喋ってるのって、かなりマズイじゃねーの?」
「ああ。でも気にしなくていい。まあ、確実に減給はされるけど」
「クビになったら、俺たちのところに来いよ。年中無休で営業してるのに、留守がちの社長と、受付と雑務全般を押し付けられた社長代理と、族上がりの小僧と、働き者の俺しかいねえから、結構大変なんだよ」
「勝手に人をクビにするんじゃねえよ」
「じゃあ明日の夜、またここで会わねえか?俺が面接官になってやるから」
「勝手に決めんなバカ」
「工具箱貸してやったし、タバコもやっただろ?」
 クスクスと笑って、俺たちは明日の夜、ここで再会を約束した。

***

 次の日。折りしも、年に一度のビッグイベントデー。
 社長命令により、一日限定で真っ赤なツナギを着た俺は、朝からマシンに跨って、なるべく効率よく仕事をこなした。
 夜までに少し時間の余裕を作っておこうと思ったのだけど、そう言うときに限ってトラブルは起こりやすい。
 荷物がまだ届かないと、クレームの電話が何件も来て、社長代理が対応に追われる。急遽ルート変更の連絡を受けて、仕事の効率はどんどん悪くなるばかり。第一、荷物を朝に持って来て、子供が起きる当日の昼までに届けろなんて、無茶をいう客の方が悪いだろ。特別空路だって規定速度は決まっているし、各自治体によって空路ルートと移動可能時間帯が決められているのに。
 それでもどうにか、約束の時間の1時間前には今日の予定の仕事は全て完了し、俺はコンビニで買ったおでんとおにぎりと温かいお茶をもって、昨日の場所へ向かった。


「よう、待たせたか?」
 ワインレッドのマシンを背もたれにして座っている海堂に、俺は挨拶をした。
「いや、今きたところだ」
「そいつは良かった」
 俺は海堂の隣に座り、袋から買って来た物を取り出し、海堂に渡した。
「なんだ?」
「俺からのクリスマスプレゼント、なんちゃって」
 そう言って笑うと、海堂は驚いたように目を丸くした。
「おいおい!そんなにびっくりすることかよ?!」
「ああ…クリスマスに何かを貰うなんて、もう無いと思ってたから」
「なんだよーもしかして、友達も彼女もいないだろ?」
「そんなことねえよ!」
「あーあ、ムキになっちゃって。図星なんだろ?仕方ねえなあ。俺が友達になってやるから、もう寂しくねえぜ?」
「誰がテメエなんかと友達になってやるか!」
 俺たちの会話は、食べる間も止まることなく、ずっと続いた。
 最近、仕事が忙しくてろくに家にも帰らず事務所で寝泊りしていたから、この久しぶりの息抜き感覚を、ずっと楽しんでいたかった。
 でもそういう時間は、あっという間に過ぎていく。
「悪い、桃城。もう俺、行かねえと…」
 立ち上がろうとする海堂の手を、俺は駄々をこねる子供のように掴んだ。
「もう少し、あとちょっとだけ!」
「もう何回それを繰り返してんだよ。ガキかお前?」
「だって、しばらくここを離れるんだろ?なあ。本当に来年まで会えないのか?」
 昨日会ったばかりでも、俺にとって海堂はもう、ずっと一緒にいたいと思える人になっていた。
 だけど海堂は目を伏して、静かに頷く。
「ウチに転職すればいいのに…」
「こっちも、人手は多くねえんだよ」
「じゃあ俺が、そっちに転職する」
「あいにく、中途採用はしてねえんだ」
「ケチ」
「俺に言うなよ」
「だったらウチに来いって」
「行けねえよ」
 どうやっても折れない海堂の意志に根負けして、仕方なく、来年必ず会う約束をして、海堂と別れることになった。
「絶対に、忘れんなよ!」
 エンジンのかかったワインレッドのマシン跨る海堂に、俺は念を押す。
「絶対に忘れねえよ。じゃあな」
 ヘルメットをしっかり被って、アクセルを回す。
 俺の目の高さまでマシンが宙に浮いた時、海堂はポケットから何かを取り出し、俺の前に差し出した。
「え?何?」
 それは白い布袋で、その袋の口を俺に見せる。
「何か入ってんのか?」
 袋の中に手を入れると、中から赤い封筒が1枚出てきた。
「何だよこれ?開けていいのか?」
 海堂は俺の言葉に頷いて、袋をポケットにしまった。
 そういえば、この封筒はポケット中の袋から出てきたのに、折り目がどこにもついていない。
 不思議に思って見つめていた間に、海堂は空の彼方へ消えていってしまった。

***


「お疲れさまッスー」
「おかえり、桃城」
「あ、おかえりなさい桃先輩。今日こそ肉まん買ってきてくれましたよね?」
「いや、マジで全く忘れてた」
「ちえっ」
 自分の机に座った俺は、ペン立てからカッターを取り出し、赤い封筒の封を切る。
 中には3枚の紙と、未使用の封筒が1通入っていた。
 紙を広げて、目に付く文字だけを読んでいく。

『本物のサンタクロースによるプレゼント配送サービスのご案内〜煙突のある家屋限定!』

『本サービスのご利用規約と免責について』

『本サービスへの申込書』

「あははっはっは!マジかよアイツ!!」
 急に笑い出した俺を、社長代理と越前はびっくりした顔で見た。
 俺はなんでもないと言って、腹を抱えて笑いながら給湯室へ逃げた。
 まさか、あんな真っ黒なレザースーツにフルヘルメットを着けて、目付きの悪い海堂が…
 ひとしきり笑った後、俺は胸についていたペンで、申込書に記入を始めた。
 名前は桃城武。
 年齢は20歳。
 性別は男。
 住所は日本。
 プレゼントの宛先は、本人。
 希望するプレゼントは、海堂薫。もしくはサンタクロースになれる権利。
 申込書を住所が印刷された返信用封筒に入れて、封を閉じる。
 それをポケットにねじ込んで、俺は社長代理に有給を申請するため、給湯室からでた。


【end】

クリスマス用に書いたお話。


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