■ 5月10日


 目が覚めると、俺だけがベッドで寝ていた。時計は9時を回っている。桃城武は俺を起こさないで仕事へ行ったようだ。何時に帰ってくるだろう…と思うと、急に背筋が冷たくなった。ベッドの中に潜り直して、頭からつま先まで毛布にくるまる。
 もし桃城武がこのまま帰って来なかったら、という不安が生まれていた。
 孤独を望んでいた昔の俺は知らなかった。他人が冷たいと思い込み、人に近寄らず、人を近付けず、なのに遠ざかる人に失望し、人間嫌いと自負した。だけどアイツに長野で会ってから、俺は少しずつ変わった。初めて会った時からアイツは友達として俺に接し、遠ざけようとしても構わずに近寄ってきた。

『俺はそういうてころも、海堂薫らしくて好きだぜ。絶対に後悔させないから、お前も俺のことを好きになれよ!』

 無理だと思っていた。俺が誰かを好きになるなんて。でも一緒にいる間、アイツは真剣に俺と向かい合い、自分も他人も全て否定する俺の、良い所をいくつも教えてくれた。何かを好きと言う時は、いつも笑顔だった。それが自然なことだと教えてくれた。
「桃…」
 口が自然と、桃城武を呼ぶ。手や腕がアイツの感触を求めて空を掴む。俺はもう一人ではいられない。溢れ落ちた涙は、シーツを冷たく濡らした。

***


「ただいまーって、まだ寝てるのかよ」
 頭を撫でられる感触で目が覚める。スーツ姿の桃城武が、ベッドに腰を下ろして心配そうに俺を覗いていた。
「桃城…」
「お前ずっと寝てたのか?具合でも悪いのか?」
「ん…」
 俺は体を起こし、冷たい体に抱きついた。外の、懐かしい匂いがする。
「おかえり。帰ってきたんだな…」
「そりゃ仕事が終われば、帰ってくるのは当たり前だろ?」
「俺、お前が好きだ」
「なんだよ急に?」
「前にお前が好きになれ、って言っただろ。忘れたのかよ」
「ああ、言ったな。忘れてねえよ。忘れるわけがねえだろ」
 桃城武を抱く腕に力を込めて、自分の気持ちを素直に言った。
「好きだ。もう離れたくない」
「海堂…俺も、離れたくなかった。長野で一緒にいた時から、ずっとお前が好きだ」
 慈しむように抱きあう俺たちは、互いの気持ちが通じたことを実感した。でもそれだけではもどかしくて、もっと互いを受け入れたい欲求から、俺たちは自然と唇を合わせた。
 心臓が驚くほど早く脈打つ。でも心は穏やかだ。桃城武に触れて、触れられることに安心して、満たされている。
「海堂、薫…」
 桃城武は俺の体をベッドに横たえて、更に深いキスを求めた。俺は熱くうねる舌を受け入れて、爽やかな整髪料の香りがする頭を抱き寄せる。温かい手にシャツを捲られ、敏感なところを摘まれた。ピリッと痺れる感触が背筋に走る。
「んっ…」
 思わず漏れた俺の声に反応した指は、執拗にそこを責め始めた。
「や、ちょっ、桃…っ」
「服さ、邪魔だよな。脱ごうぜ」
 体が離れたかと思うと、桃城武は俺のシャツを引っ張り一気に脱がせた。そして自身も背広を脱いで、ネクタイを指で引いて緩めた。
「お前も手伝ってくれねえか?」
「あ、ああ…」
 白いワイシャツのボタンを上から順に外していく。しかし俺の指は震えてうまくボタンを外せなくて、3個目からは一緒に外した。ワイシャツを脱ぎ捨てた桃城武は、裸になった胸を重ねて俺を抱きしめた。
「すっげー心臓がドキドキしてるよな…俺もお前も」
 紅潮した顔が、俺を見て照れ笑いをする。きっと俺も同じ表情をしている。それが楽しくて、嬉しいと思う。

「嫌じゃなかったら、このまま続けるけど…」
「嫌だったら、とっくに殴ってる」
「そうだよな、お前なら」
 手早くズボンを膝まで下げられ、俺の下半身が露になる。桃城武の指が俺を捕らえて、優しく扱き始めた。他人に触られたことのない俺は、身を硬くして縮こまる。しかし快い誘導に、やがて熱を帯び、天を向いた。
「感じやすくて、可愛いぜ」
「うる、せえ…よ」
「ちょっと待ってな」
 桃城武は体を起こすと、ベルトを外してズボンをチャックから、俺よりも赤く熟れたものを取り出した。
「お前に、俺のも触ってほしい…お前の手で感じたい」
 求められるがまま、俺はそれを両手で包んだ。親指の腹で裏をなぞると、刺激に反応して体全体が震えた。俺もコイツを悦ばせることができることが嬉しい。
「そのまま、やって」
「ん、ああっ…」
 俺たちは肌をぴったり合わせて、互いを刺激しあう。触れられるところ全てがくすぐったくて、下半身に集中する熱にうなされるように、思考がだんだん鈍くなる。だから最も単純な本能に従い、腹上に互いの真っ白な想いを晒けだした。
 薄暗い天井より近いところに、愛しい人がいる。整髪料と汗のの匂いが鼻をくすぐり、深呼吸が耳元で聞こえ、口の中は吸わない煙草の味がする。
 人の温かみと重さ、分け合える熱を感じて、コイツは生きているんだと思う。俺も、生きているんだと思う。
「ごめん、マジ我慢できなかった…」
「謝るなよ」
「マジで、好き…」
「ああ」
「お前も、好きって言って」
「さっき言っただろう」
「また聞きたい」
「…好きだ」
「嬉しい!」
 ぎゅっと俺を抱きしめてキスをした後、ベッドから下りた桃城武はコンビニの袋から何かを取り出した。
「そうそう、熱海っていえば温泉だろ?だからこんなの買ってきたぜ!」
 透明の500mlのペットボトルに、『濃縮温泉』というラベルの付いている。風呂場に移動すると、早速バスタブに湯を張って、それを注ぐ。即席温泉といえばパステルカラーで芳しい香りが一般的だが、それは匂いさえなかった。

「熱海は食塩泉だから、舐めるとしょっぱいんだぜ」
 温泉の元が拡散するように掻き混ぜた手を、俺の顔の前に差し出した。雫の付いた指先を舐めると、確かにしょっぱい。
「よし、じゃあ準備もできたし、入ろうぜ!」
 両手をとってバスタブの中に導かれると、向かい合って腰をおろした。温泉は普通のお湯よりまろやかな肌触りがする。少し熱めのお湯の温度が、源泉のような雰囲気を漂わせて絶妙だった。
「どうだ?」
「気持ちいい」
 素直な感想を言うと、桃城武は握ったままの手を、強く握った。
「あのさ、いいか?」
「えっ?」
 突然の申し出に返答する間もなく立ち上げられた俺は、バスルームの壁に手と頭をつけて、腰を突きだす格好をとらされた。ボディソープでぬめった指が、俺の蕾んだ後陰を柔らかく解していく。
「やっ、待て!そこ、はあっ!」
「お前と一つになりたいんだよ」
「だからって、んんっ!」
 滑り込むように、俺の中に桃城武の指が入ってきた。今までに体感したことのない感覚に、逃げるように身を捩る。しかし腰をしっかりと抱かれてしまい、指は更に深いところまで差し込まれる。しかも穴を広げるように、指は円を描くように動きだした。
「ダメだ!ほんとに、やめ…っ!」
「無理。やめられねえな、やめられねえよ」
 ゆっくりと抜き差しされる指の感触が、怖いとか恥ずかしいといった思考回路をだんだんショートさせていく。強引だけど、俺を傷つけないように扱ってくれる。だから全てを任せてもいいと思った。
「…じゃあ、入れるぜ」
 十分に後陰を馴らされた後、向かいあう状態で両足を抱えられながら、桃城武を受け入れた。指とはまったく違う、熱く硬いものに押し上げられる。苦しさに声を漏らしながら、それでも全部を飲み込んだ。

「やっと一つになれたな…お前の中、すげえ温かいよ」
 優しく囁かれた言葉に、俺は激しく揺さ振られる。
 一人になりたいと思うのは、自分が一人ではないから。一つになりたいと思うのは、繋がりたい誰かがいるからだ。人は自分の好む熱を求めてさ迷う。温度差は人それぞれだけど、でも必ず言えることは、人は一人で生きていない、ということだ。
「ごめん、痛いか?」
 泣いている俺を気遣って、桃城武は動くのを止めた。俺は頭を引き寄せて、その愛しい唇にキスをした。
「違う…嬉しいんだ。お前がいてくれて、お前を好きになって」
「海堂…」
 目を合わせると、うっすら涙が浮かんでいた。その目蓋にキスを落とす。零れた涙を舌ですくう。それは熱海の食塩泉よりも、温かくて甘かった。






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