Radical Magical Plume
海堂編
「またしばらくの間、同い年だな海堂」
はい、と乾先輩から手渡されたのはいつものメニューではなく、英字新聞柄の紙袋だった。
今日が俺の誕生日だということを、データマンの乾先輩はもちろん覚えてくれていた。でもまさかプレゼントを用意してくれるとは。今度何かお返しをしないと…確か、先輩の誕生日は来月だったな?と、俺は思った。
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げると、先輩はプレゼントを貰った俺よりも嬉しそうに笑った。
「大事に使ってね。それじゃあお疲れ」
「お疲れ様っした」
十字路で先輩と別れた後、俺の気持ちはすぐにプレゼントに移った。なぜなら紙袋はとても軽く、まるで何も入っていないようだから。でも振ってみると、カサカサと軽い音がする。何が入っているのか確かめたくて、俺はその場で袋を開けてみた。
「何だコレ…白鳥の羽か?」
その中には、大きな真っ白い羽が1枚とカードが1枚入っていた。これがプレゼント?意味がわからず、俺はそのカードに書かれていることを読んだ。
「【天使の羽の使い方。願い事を心に強く思い、それを口に出しながら羽を大きく振る。願いごとは3つまで叶う】…はぁ?」
今時、願い事を叶えるおまじないグッズをプレゼントにするのか、あの人は。
自然と漏れた溜め息で脱力しながら、俺は羽を袋に戻して、家に帰った。
「おかえりなさい、薫兄さん!早く着替えてご飯にしましょう!」
「ただいま葉末。着替えたらすぐ行く」
ダイニングテーブルには、俺のために母さんがご馳走とケーキを用意してくれていた。家族4人でそれを平らげ、食後は特別なことは何もない、のんびりした金曜の夜だった。
お風呂に入って部屋に戻ると、ガラステーブルの上に置いたケータイの着信ランプが点滅していた。確認すると、乾先輩からメールが届いていた。
【送信者;乾貞治先輩
日時;05/11 20:06
件名;どう?
本文;羽を使ってみたか? 】
テーブルに置いた紙袋を見て、俺はまだ使っていないという内容のメールを送った。すると俺からの返信を待っていたのか、すぐに乾先輩から電話がかかってきた。
「もしもし、海堂ッス」
『もしもし、乾だけど』
「はい、なんスか?」
『言い忘れたけど、その羽は使用期限があるんだ』
「はあ?」
『1ヶ月を過ぎると、使えなくなるから早めに使ってくれ。それじゃあ…』
「あの、あっ……」
正直いりません、と言いそこねた俺は、通話終了ボタンを押して、また溜め息をついた。
翌日の土曜日の朝。俺は羽の入った紙袋を持って部活へ行った。
この大きな羽は純白で綺麗なので部屋の飾りにもできるかもしれないが、何か、よくわからないけど、気味が悪い感じがする。だから返そうと思った。
練習開始時間の30分前に学校に着いたのに、校門の前ではすでに乾先輩が俺を待ち伏せしていた。
「おはよう、海堂」
「おはようございます。早いっすね」
「羽を使ったかどうか気になってね。どうかな?」
「いえ、それなんスが…」
使ってないし、返そうと思って…と、バッグから紙袋を出そうとする俺に、先輩は照れ笑いをしながらこう言った。
「実はあれ、俺が作ったものなんだ」
「…はあ?」
作った?これを?
つまり、先輩は拾った適当な羽に適当なジンクスを付けた、ということか?
いい加減な誕生日プレゼントを貰ったとわかると、来月の先輩の誕生日は缶コーヒーでいいなあと、俺は思ってしまった。
しかし先輩の話は、そんな事だけではなかった。
「みんなには内緒だけど、実は俺、魔法使いの見習いなんだ」
「はあ?」
紙袋を掴んだ手を止めて、俺は乾先輩を睨み上げた。照れ笑いしたのままなので、冗談か本当かわからない。
「みんな信じてくれないと思って言わなかったけど、海堂だけは信じてくれると思ったから…」
いや、そんな恥じらいながら言われるとますます胡散臭くて全く信じられないんですけど、というツッコミも入れる間もなく、先輩はどうして魔法使い見習いになったのか延々と語り始めた。
「…というわけなんだ。信じてくれるよね?」
「簡単にいうと、子供の頃に幼馴染みとやった魔法使いゴッコが面白くて、11歳の時にネットで募集していた『ボクワーシ魔法通信学園』に入学して、今は4年生ということをですか?くだらねえ!ほら、もうコートに行かねえと練習始まりますよ!」
「信じてくれないのか!?じゃあ、これからちょっと魔法を見せるから!」
「聞けよっ!!」
「これ、ドラムのバチに見えるかもしれないけど、俺の杖ね。花よ!」
先輩が杖を振り下げると、杖の先にポンと花が咲いた。
「ほら見て海堂!タネも仕掛けもないんだよ!」
「つうか手品かよっ!!」
あまりのくだらなさに、俺は乱雑に紙袋を取り出して先輩に投げつけた。しかし袋から落ちたのか、羽はまだバッグの中にあった。
「ちょっと、それ作るの結構大変だったんだ!もっと大事に扱ってくれないか?」
「いらねえよこんなもん!つうか、変な事ばかりしてねえで、もっと普通になれよアンタ!!」
俺はバッグの中の羽を掴んで振り上げ、地面に向かって投げつけた。
【 1
つ
目
の
願
い
確
か
に
叶
え
た 】
「…え?」
聞いたことの無い男の声が、急に耳に響いた。
乾先輩も同じ声が聞えたのかと思い見上げるも、先輩は怖いほど無表情で俺を見下ろしていた。
「そうか、そうだよな。普通、こんな誕生日プレゼントはあげないよな。ごめん海堂。改めて、誕生日プレゼントを探しなおすよ」
「いや、プレゼントは別に…」
「さあ、行くぞ。早くしないと手塚に校庭を走らされるからな!」
乾先輩はまるで何事も無かったかのように、爽やかにコートへ向かって走り出した。
『なんとなく』乾先輩の態度というか、雰囲気が急に変わったような気もするけれど、俺も行かないと手塚部長に怒られるので、先輩の後を追いかけて走った。
しかしその後、俺の『なんとなく』は『なんとなく』で済まなかった。
「海堂、ちょっと」
眉間に深い皺を寄せた不二先輩が、サーブ練習中の俺の袖を引いてコートの端へと連行した。
「何スか不二先輩?」
「乾と何かあったの?」
「何もないッスけど…」
「じゃあ乾に何があったの?」
不二先輩の指をさした方向に、大石先輩と真剣にテニスをしている乾先輩がいた。
「普通、じゃないッスか?」
「全然普通じゃないよ。だって、乾は今日、一切誰のデータも取ってないんだよ?そしてデータを捨てたテニスをしているんだよ?」
確かに今日の練習試合で乾先輩は、このコースに打ち返す確率が〜など全く言わない。ラケットと同じくらい大切なノートも、一度も手にしていない。
「よくわかんねえけど、そういう日もあるんじゃねえッスか?」
「いや、無い。少なくとも僕たちがここに入部してからは一度も、データを取らない、ノートを見ない乾を見たことがない。だから何があったか教えてほしいんだよ」
本気で苛立っている不二先輩の感情が移って、俺もぶっきらぼうに返事をした。
「俺は何も知らなえッスよ!それに…何かあったとしても、誰も信じてくれねえだろうし…」
原因はもしかしたら、あの羽にあるかもしれない。しかし『願い事が3回叶う魔法がかかった天使の羽を、魔法使い見習いの乾先輩が作って、それで乾先輩に普通になれ!って願ったら、普通の人になりました』なんて言ったら、俺の頭がおかしいと思われるに違いない。
「すみません、練習に戻りますから」
「海堂!」
不機嫌な不二先輩の横を抜けて、俺は何も無かったように練習を再開した。
だがその日を境に、乾先輩は劇的に変化していった。
まず眼鏡を止めてコンタクトになった。
「普通かけないだろ、あんな野暮ったい眼鏡。それに普通、部活の時の眼鏡は邪魔だからな」
初めて白日の元に晒け出された乾先輩の素顔に、みんなが驚いた。美しい切れ長の二重から流される視線に、教育実習中の先生も顔を赤くした。
そして話し方も変わった。
以前は相手を見定めるような、常に一線引いた話し方をしていたのに、今はどんな人に対してもとても親しみやすくなった。
「だって普通は、みんなと仲良くなりたいだろ?」
男女問わず気さくに話し掛けるようになった乾先輩は、美形が増長してあっという間にファンが増え、練習中のコートに見に来る人も現れた。それを見た不二先輩が『乾じゃないみたいで気持ち悪い』と愚痴ってきた。
それから、普通にテニスをするようになった。
「自分のことで手一杯だから、もう海堂の練習に付き合えなくてごめんな。代わりに今度、買い物に一緒に行こうな。駅前に出来た服屋、知ってる?俺は気になってるんだよね。そろそろ夏服欲しいよな〜どんな感じのがあるかわからないけど、とりあえず試着して、海堂にも見てもらいたいなあ」
練習の合間のちょっとした会話の内容が、コレだ。俺は一体誰と話しているのかがわからなくなり、気持ち悪くなった。
「乾ー!ちょっといいかー?」
「ああ、今行くよ大石!それじゃあ、またね海堂」
ひらひらと手を振って、乾先輩はいなくなった。そして入れ替わるように鬼の微笑みを浮かべた不二先輩がやって来た。
「ねえ海堂」
「なんスか…」
「このままで良いと思う?大石と手塚は気にしていないというか気付いていないみたいだけど、僕は何度も言うけど今の乾は本当に気持ち悪いんだ。あんなの、乾じゃない」
「俺だって、そう思います。けど…」
全体的に以前よりも好印象の乾先輩は、このままでも良いんじゃないか、と俺は客観的に思ってしまう。先輩が普通になったおかげで、お手製の変な汁を作らなくなったし、同級生や部員たちとの交流も大幅に増えた。その代わり、俺との会話は著しく減った、としてもだ。
「普通の乾先輩は、普通に幸せそうッス」
「海堂のバカ!普通だったら、この世界で生きていけないんだよ!」
「ひぃっ!」
カッと見開いた不二先輩に恫喝された俺は、本気で怯えた。
「僕の調べでは、乾の態度が急変する直前まで会っていたのは、君だとわかってるんだ。だから何も隠さず、正直に全部話してくれないかな。それとも秘密にしたまま、普通になった乾と普通の先輩後輩のまま普通に卒業して普通に音信不通になって別れる方がいいってのかい?」
「そんなの…」
自分の心臓が、不二先輩に掴まれているようだ。ぎゅっと痛くなり、激しく脈打っている。
俺は胸に手を当てて、自分に問い質した。本当に、このままでいいのか。今までのプレイスタイルだったデータテニスをしない、テニスに対して必要以上の努力をしない、部員達みんなへ過剰な配慮をしない。そんな、普通の乾先輩を…今まで通り尊敬できるのだろうか。
いや、できない。
俺は、確固たる己のプレイスタイルを貫いて、努力を惜しまず、自分にも相手にもプラスとなるように常に働きかける先輩を、ずっと尊敬してきたんだから。
俺は顔を上げて、不二先輩に天使の羽の話をした。
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