7月22日、晴れ。

 今日は1時間目がオリエンテーションで、先生も生徒も全員が体育館に集まり、自己紹介をした。
 このサマースクール…5日間の合宿型の登校日に参加している生徒は、俺を含めて約30人。普通の学生と違って、年齢も服装もバラバラのため、どこまでが先生で、どこまでが生徒かわかりにくい。そのため生徒たちは胸に大きな名札を付けて、先生方は首から名札を下げていた。

「…それでは短い期間ではありますが、みなさんの勉学に対する熱意に、先生方は全力に応えたいと思います。今日から5日間、よろしくお願いします」

 校長先生の挨拶が終わり、各教科の担任が挨拶をする。
 話を聞きながら、体育間に入る時に渡された時間割を見ると、体育が一番多かった。続いて英語、数学、理科、国語。暗記や作品提出でどうにかなりそうな教科に、割く時間は無いと言っているようだ。

 2時間目、体育。
 オリエンテーションが終わると体育館にそのまま残って、授業を続けた。ラジオ体操で身体をほぐし、体力測定をして、バスケットボールやバレーボールをする。うまくチームを作れない事がないように、チーム分けは既にされていて、1チームに必ず先生がひとり入っていた。
 4時間目まで体育館で汗を流し、久しぶりの給食に舌鼓をしてから、5・6時間目の数学。サマースクールの一日目は、誰とも話すことなく無事に終了した。

 教室を出て、玄関まではぞろぞろとみんなで歩いたが、そこを出ると俺ひとりだけ校門に向かって歩き出した。学生寮は敷地内にあり、玄関をでてすぐ右の建物だった。
 日中、十分に直射日光を浴びた熱い歩道の上を、軽快に歩く。ここから先は一人だ。すれ違う人も車も、ほとんどない。

 外に出るのは好きだった。太陽も地面も風も木も、嫌いじゃない。動物は大好きだ。
 唯一、人間が駄目だった。
 老若男女問わず、その場にいる人間全員が、俺に敵意を向けたり、俺を嘲笑ったりしていたりしていると、心療内科に通うまでの数年間、信じ込んでいた。
 そのきっかけは、とても些細な事だったと思う。イジメや嫌がらせなんて明確なものではなく、聞き流してしまうような一言。

 しかし、もうそんな事はどうでもいい。
 ずっと立ち止まっていた俺は、先生や家族の協力を得て、一週間の一人暮らしが出来るまで成長した。

 夜ご飯は何にしようか。料理はカレーしか作れないが、母さん直伝のカレーは毎日食べても飽きないから、今夜のメニューはそれと牛乳にした。
 コンビニでカレーの材料と朝食用の食パンを買って、一度店を出て裏口から階段を上がる。

 三階の借りている部屋の玄関を開けると、そよそよと涼しい風が足元を流れた。
 今朝、学校へ行く時にエアコンを切り忘れたのだろうか?
 靴を脱いで中に入ると、部屋は涼しいがエアコンは運転していなかった。今は。

 しかしさっきまで、このエアコンで涼んでいた、誰かがいる。

 そう直感した俺は、緊張感を走らせた。バッグとコンビニ袋を床に置き、玄関にかけてあった備え付けの靴べらを右手に持つ。もし侵入者がまだこの部屋にいるなら、これで応戦するつもりだ。

 居間には誰もいない。ソファの後ろも、誰も隠れていなかった。
 シャワー室のドアは開けたままで、中に人はいないのは見てわかる。
 寝室に、俺は足音を殺して近付いた。引き戸は開いていて、ベッドの上や下に不審者はいない。

 問題は、クローゼット。

 使うほど荷物が無かったため、昨日入居してから、まだ一度も開けていない、そこが怪しい。
 俺は靴べらを構え直し、左手でクローゼットの扉をゆっくり開けた。

「あっ、どうも」

 上下に仕切られたクローゼットの下段に、俺が昨日買ったパンを食べている男がいた。

「いやー見つかっちまったな!見つかっちまったよ!出来ればお前が退去するまで、やり過ごしたかったんだけどな!」

 よく喋る男が、クローゼットから出てきた。身長は俺とあまり変わらず、年齢もほぼ同じか。
 髪は短くて黒く、前髪が立っていて額が全開になっている。
 力強い眉の下にある大きな目が、俺を真正面から捕らえた。

「初めまして。俺はこの部屋に備え付けられた『桃城武』だ。よろしくな!」

 真夏の太陽のように笑うソイツに、俺は手に持っていた靴べらを思いっきり投げつけて、部屋から逃げ出した。


〔つづく〕

2013/05/07 up


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