REOPALACE in Karuizawa

「本当に一人で大丈夫、薫くん?お金は多めに渡したけど、もしも足りなくなったら、すぐに電話してね。お母さんすぐに、郵便局で振り込むから」
「学校行くだけだから、金なんて使わねえよ」
「でも薫くんは寮に入らなかったでしょう?1階がコンビニだから、自分で作らなくても、ちゃんと買って食べなさいね」
「お母さん、もう行くよ。薫、頑張らなくていい。自分のやれる範囲でやればいいからな」
「そうね。何かあったら迎えに来るから。私たちはいつだってあなたの味方よ。じゃあね。一週間後に迎えに来るから」
 バタン、とセダンのドアが閉まったのに、すぐに窓を開いて母さんは手を伸ばす。少し熱くて湿ったその手に握手をして、運転席でシートベルトを締めた父さんとも握手をして、曲がり角で車が見えなくなるまで俺は手を振り続けた。
 数種類の蝉が声が鳴り響く軽井沢は、都内の自宅とは全然違う場所だ。
 学校から一番近いこのコンビニまで約2km。バス停で4つ先。母さんの言っていた、学校の敷地内にある学生寮なら校舎まで歩いて30秒だったが、例え同じ部屋では無くても、見ず知らずの誰かと一緒に食事をしたり、一緒に風呂に入るのは耐えられそうに無かった。
 24時間営業のコンビニの駐車場はやけに広く、軽く20台の乗用車が置けそうだった。2階はコンビニのオーナーが住んでいて、3階の3室を家具付きの短期賃貸物件として不動産屋に管理させているらしい。
 俺はコンビニの左脇にある裏口から、コンクリートの階段を上がる。外の蝉の声は建物の中でも大きく反響して聞こえる。これが都会なら、近くで道路工事をしているんじゃないかと勘違いしそうだ。
 3階分の階段を上ると、Tシャツの中はもう汗が流れていた。通路は広く、右側にはドアが3つ、左側には大きな窓が4つ。一番手前の窓の鍵を外して開け放ったが、外の風より通路の篭った空気が逃げ場を求めて窓から出ていくため、逆に一瞬熱くなった。
 それでも、閉めきっているよりはマシだろうと思い、窓を開けたまま俺はその向かいの部屋に入る。
 半畳の小さな玄関で靴を脱ぎ、ドアを開けた先は8畳間のリビングダイニング。冷蔵庫の上に電子レンジ、レンジ台、シンクとガス湯沸かし器があり、シンクのすぐ横に脱衣所の無いシャワー室への入口。その近くに洗濯機と食器棚が並んでいる。あとは壁際にエアコン、テレビ、テーブル、ソファが一直線に並んでいて、さらにその奥の引き戸で仕切れる4畳間に、シングルベッドとチェスト、壁一面のクローゼットがある。
 俺が家から持ってきたのは、ボストンバッグ1つ分の荷物だけなので、クローゼットは使わずにソファの足元に置いた。
 ここに来た時につけたエアコンは、冷房ではなく除湿運転にしていたが、もう既に快適な室温になっている。きっと東京より、外の気温が高くないし湿度も低いからだろう。
 ソファに座って、そのまま横になる。寮に入りたくなかった理由の1つに、部屋にソファが無いこともあった。自分のお気に入りのソファ。中2の時に不登校になってから3年くらい引きこもりをしていたけど、その上で暮らすことは全く苦痛では無かった。一日中そこに座っていても寝ていても飽きない、大好きなソファ。
 でも去年から母さんと心療内科に通うようになって、少しずつソファで過ごす時間は減った。処方された薬を飲み続けていたら、夜は布団で寝られるようになったし、食事は家族と食卓で食べられるようになった。それでもソファへの愛着が無くなったわけでは無くて、通信制の高校の勉強はずっとソファの上でやっていた。だから、ここでも同じようにするだろう。
 テーブルの上に置いてあった、サマースクールの要項を持ち上げて広げる。明日から、久しぶりの学校だ。




2013/03/19


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