20.シュークリームを2つ
某探偵&某刑事&某ゲームのパロっぽい

フラグ回収は
いたしません


 ここは山奥のペンション、ブランシュ・ネージュ。
 脱サラした熟年夫婦が二人で経営する、小規模宿泊施設だ。
 この、よくあるペンションを舞台に、よくある事件が起こっている。

「さ、殺人鬼と一緒におれるか、私は部屋に戻る!」
 真っ青な顔をした落語家の堂内枝葉(どうないしよう)さんが、一同が会する談話室から2階の自室へ戻ってしまった。

 残ったのは10人。

 まずはペンション経営者の有働哲平(うどうてっぺい)叔父さんと、奥さんの浅子(あさこ)叔母さん。その姪で、僕と一緒にペンションへやってきた大学生の菜緒(なお)だ。

 僕たち以外のペンションの宿泊客は、まず高校生でロングヘアーの最上凜(もがみりん)ちゃんと、眼鏡の小学生の乱歩(らんぽ)くん。二人は東京から父親の車で三人で来たらしいが、スキー場で車がパンクしてしまったため、父親を置いてバスで先にペンションへ帰っていた。

 そして高校生カップル、長い襟足をゴムで纏めている錦条大地(きんじょうだいち)くんと、凜ちゃんと同じくロングヘアーの瀬波幸(せなみゆき)ちゃん。二人は幼なじみで、商店街の福引きで当たった旅行券を利用し、卒業旅行でここへ来たと話していた。

 それから哲平叔父さんの知り合いの知り合いで、有給休暇を消化中だという長身の古谷三郎(ふるたにさぶろう)さんと、ウィンタースポーツに興味は無いが叔父さんの食事を目当てに来たという、眼鏡の老紳士の臼田桔梗(うすだききょう)さん。

 最後の一人は、ずっと好意を寄せていた菜緒に誘われて意気揚々とスキーデートを楽しむ予定だったはずが、旅先で死んでしまった運の無い僕、永井米雄(ながいよねお)である。

「みんな、下がって!」
「ちょっと、乱歩くん!」
「そんな…どうして米雄が…」
「幸、俺の後ろにいろ」
「うん、大地ちゃん…」
「んーこれはー毒殺、みたいですねー」
「そうみたいですねぇ」

 乱歩くんが死体になった僕からみんなを遠ざけ、白い手袋を履いた古谷さんと臼田さんが全員に見えるように警察手帳をポケットから出してから、床で俯せに倒れた僕の身体を調べ始める。

「どういう事だ…電話が繋がらねえ!」
「大地ちゃん、スマホも圏外で通じないわ!」
「ああ…」
「おい、浅子!しっかりしろ!」
「浅子叔母さん!」
「大丈夫ですか?お部屋まで運びましょうか?私、こう見えて力持ちなんですよ」
「ああ。すまない凜ちゃん、手伝ってくれ」
「私も手伝うわ。叔母さん、しっかり!」
「わかりました。乱歩くん、古谷さんと臼田さんの邪魔しちゃダメよ?」
「はーい」

 幽霊になってしまった僕は、ふよふよと天井付近に浮きながら全員の言動を見ていた。ちなみに死んだ僕は、原因がわかっている。
 談話室に置かれた、浅子叔母さんが用意してくれた人数分のシュークリームとお茶。しかし叔母さんはシュークリームだけ一個多く用意していた。僕はラッキーと思って、自分の分を食べた後にと余っていた分を食べた。
 それが原因。
 ナッツアレルギー持ちの僕は哲平叔父さんに、食事内容に気をつけて欲しいと予めお願いしておいた。お客さんに出す料理のほとんどを叔父さんが作るので、それで大丈夫だと思っていたのだが。お菓子だけは浅子叔母さんの趣味で作り、叔父さんに内緒でお客さんに試食してもらっている、と食べる前に菜緒が言っていた。
 だからシュー生地の中に練り込まれたアーモンドプードルのアナフィラキシーショックで、僕は死んだ。小さい頃に同じようなシュークリームを1つ食べて、似たような症状を起こして死にかけた事がある。だから気をつけていたつもりだったんだけど、初めての菜緒と二人きりの旅行で浮かれすぎていた。2個はさすがに、致死量だったみたいだ。
 今きっと菜緒は、浅子叔母さんにシュークリームの材料を確認していると思う。だからこれは誰かの故意的なものによる殺人事件でも何でもなく、単なるの不慮の事故だ。菜緒には戻って来てもらい、早くみんなにそう言って欲しいの、だが。

「ねえねえ、おじさん」
「おや、どうしましたか乱歩くん?」
「いま数えたんだけど、シュークリームが乗ってたお皿が、1つ多いんだ」
「えーつまり。君は私達以外に、まだここに来る人間がいる、そう言いたいんですね?」
「そうだよ」

 そのタイミングで、ペンションの玄関が開くと同時に雪まみれで髭面の男が入ってきた。

「いやあ、遅くなってすみません!半仁田(はんにだ)です!大雪で車が立ち往生しちゃって、仕方ないから歩いて来ましたよー」
 雪を払いながら大声で話す半仁田に、電話を諦めた大地くんが対応する。
「えっと、これから宿泊される方ですよね?いま色々と立て込んでて…おい幸、オーナーの有働さん呼んで来てくれないか?」
「わかったわ、大地ちゃん」
 大地くんに頼まれた幸ちゃんは、一階奥の従業員室へ小走りしていった。
「立て込んでるって、何かあったのかい?えっと、君は…」
「錦上です。錦上大地」
「錦上大地…まさか君は、あの名探偵、錦上大輔(きんじょうだいすけ)さんの孫か!?」
「じっちゃんの事を知ってるんですか?」
「ああ、もちろん!改めて、俺は半仁田レオ。迷宮事件専門のフリーライターをしている。君のお祖父さんの事も、何度も記事に書いたことがあるんだよ。まさかこんな大雪の日に、こんな山奥のペンションで、憧れの名探偵のお孫さんに会えるなんて嬉しいなあ!よろしくね!」
 半仁田は破顔して、大地くんの両手を取り握手する。
 その脇で、半仁田が持ってきた大きな鞄に、乱歩くんが興味をしめしていた。

「あれれ〜?半仁田のおじさん、外から歩いて来たのにこの鞄は全然濡れてないよ〜?」
「あれ、君は…白目のジローとして有名な現代の名探偵、最上ジローさんとこに居候している、土井(どい)乱歩くんじゃないのか?」
「おじさん、僕の事も知ってるの?」
「もちろんだよ!最上先生が解決した事件も、僕は独自に考察してるからね。そちらの錦上くんのお祖父さんに匹敵する、素晴らしい名探偵だよ。でもその影にはいつも、娘の凜ちゃんと土井乱歩くんの姿がある。君達は僕が思うに、最上先生の最上(さいじょう)の助手なんじゃないかな…なんちゃって!」
 オヤジギャグを飛ばしながら、半仁田さんは乱歩くんの頭をガシガシと撫で回した。

「ちょっと、よろしいですか?」
「あなたは…」
「警視庁特命係の、臼田です」
「特命係の、臼田桔梗!?」
「おや?僕の事もご存知で?」
「知ってます、知ってますよ!鑑識の森実洋馬(もりざねようま)って、僕の従兄(いとこ)なんですよ!」
「これはこれは、半仁田さんは森実さんのご親戚でしたか!」
「はい。洋馬くんの母親と僕の母親が姉妹で。たまに親族会で洋馬くんに会うと、警視庁の特命係には凄い人がいる。おい、何て名前だ?臼田桔梗って名前だよ。数々の難事件を解決してきた、警視庁の真打ちとは、この人の事だ!」
「森実さんは僕の事を、そんな落語風に説明するんですねぇ」
「もちろん、事件についてはニュースで報道される範囲でしか聞いてませんよ?それにしても、臼田さんのこの10年のご活躍は素晴らしい!僕は貴方に興味があって、サラリーマンを辞めてフリーライターの道へ進んだんですから!良かったら、握手してもらえませんか?」
「ええ、結構ですよ」
「わあ!感激です!!」
 半仁田さんは嬉々として、臼田さんと固い握手を交わした。

「あの〜」
「えーっと、待ってください。わかります、わかりますよ!あなたも刑事さんですよね、ちょっと待ってください、思い出しますから!言わないで下さいよ!」
「…古谷三郎でした」
「ああっ!そうだ、古谷さん!もうココ、喉まで出かかってたのに!そうだ〜古谷さんでしたよ〜いやあ、すみません。すぐに名前が出てこなくて!」
 照れ笑いをしながら、半仁田さんは古谷さんとも握手を交わして、至極ご満悦な表情になった。

「いや〜一体どうしたんですか、皆さんお揃いで?殺人事件でも起こりましたか?」
「まあ、そんなところだな…」
 大地くんが神妙な顔付きで、談話室の顔に倒れた俺を横目で見るが、違う!大地くん、違うよ!

「ええっ!そうなのかい?!」
「あそこに倒れてるお兄ちゃんが、シュークリームを食べた後に突然苦しんで、死んじゃったんだ」
「じゃあ、毒殺!?」
 いやいや、アレルギーです!乱歩くん、ミスリードしないで!
「鑑識が来ないことには、死因の特定は出来ないんですがねぇ。あいにく、電話もスマホも通じないみたいで、応援を呼べないんですよ」
「雪山の孤立したペンションで、毒殺事件!?」
 電話が繋がらなくなったのは、たまたまです!
「しかし〜1点。気になるんですが、どうして半仁田さんの分のシュークリームが、無くなっているのか…」
 それは僕が欲張ってシュークリームを2個食べたからですよ、古谷さん。
「つまり、もしかしたら狙われていたのは僕で、あそこの人は僕の分と間違えて毒入りシュークリームを食べて死んでしまった可能性が!?」
 ないないない!絶対に、有り得ないその可能性!!
「この事件の真犯人、俺が絶対に見つけだしてみせる…じっちゃんの名にかけて!」
「真実は、いつも1つ!」
 なぜか大地くんと乱歩くんが結託して、死んだ僕を指さした。今のは決め台詞だったんだろう。

「おやおや。我々、警察がいるのに探偵くん達に勝手な捜査をしてもらっては、困りますねぇ」
「んー君達。お部屋に戻って、アニメでも見てなさい」
「「なんだってー!」」
 そして揉め始めた名探偵組と警察組を、半仁田さんは恍惚とした顔で見ていた。
「なんという夢の共演なんだ…この事件の解決を見れたら僕、もう思い残す事は何もない…」
 うっとりしている半仁田さんには申し訳ないが、ほんとコレ、事件じゃない。事故。ていうか名探偵やら刑事やらこんだけいるのに、なんで誰も事故だって疑わないんだよ!
 ほんとに早く、戻ってきてくれ菜緒!俺は死んでるけど、殺されてはいない!!



【end】
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(2013/02/16)

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