小説2 | ナノ


  嫉妬と白龍


 最初は……。ただあなたと話せるだけで幸せだったんです。
 互いの好意を認めあって二人っきりで言葉を交わせるだけで心が通じあっているように感じられてとても幸せだった。それがあなたが他の誰かと話している姿を見ただけで胸の奥が痛むようになるなんて、考えたこともなかった。
 当たり前ですよね。
 あなたにも俺にも過去があって当然のように歩んできた道がある。
 一緒に過ごしてきた人もいる。
 アリババ殿がアラジン殿やモルジアナ殿と話すことは本当に当たり前なんです。なのに、もっと俺とだけ話して欲しいってどうしようもない欲を俺だけが抱いているんです。

 あなたが忙しくなって俺も会えない日が続いて、そんな時に通路の途中であなたが誰かと話している姿を見かけると――本当に苦しかった。俺と言葉を交わさない間にあなたはどんな人とどれだけ言葉を交わしたんですか。情を深めたんでしょうか。俺がこうして焦がれている間にも。
 誰かと話しているあなたに何気なく装って声をかけたのに、俺の胸の内が黒々とした感情が渦巻いていて醜いことくらい俺は自覚してました。そんな風に変わってしまった俺を、俺はアリババ殿には知られたくなかった。あなたの前では二人で言葉を交わしたあの輝く日々のままの俺でありたかった。
 あなたと二人で話す機会がなかなか得られなくて、その寂しさを紛らわすように俺も人と積極的に話すようになりました。声をかけてくれる人に笑顔で返事する。人の輪の中にあえて混じろうとしたのは自分でも想像できなかった変化でした。

 そうして少しずつあなたと話せない寂しさを俺は埋めたんです。

 人との関係性に順位をつけるつもりは俺にはありませんでした。
 誰が俺にとって一番とかそんなこと失礼だしあまり意味のないことに思えていた。それでも、俺の中でのアリババ殿はやはり一番だったんだと思います。一番、俺はあなたと話したいと思っている。
 そうそう。俺が誰かと話をしていると不意に視線を感じることがあるんです。顔を上げたら誰もいないのですが。
 自意識過剰なんでしょうか。
 でも、もし誰かと会話している俺をあなたが見てくれていたら、と思うんです。アリババ殿が誰かと話す俺を見て、その誰かに嫉妬をしてくれたらって。
 俺があなたと言葉を交わしたいくらい、あなたも俺と言葉を交わしたいと思ってくれていたら、と思うんです。
 けれども、きっと。
 きっとですが、もしそんな機会があったとしても俺達は自分の内の醜い感情なんて口にしたいと思うんですよ。醜い所を互いに見せたくなくて、互いに知られたくなくて。

 それなのに俺はあなたの醜い感情を確かめられないと安心できないんです。もしかしたら俺はあなたの醜い感情を知ると同時に、あなたに俺が抱いている醜い感情を許してもらいたいのかもしれない。

 それなのに、予期せず道端で偶然出会い久しぶりに二人きりで顔をあわして交わした言葉はとてもシンプルでした。

「ずっと会いたかった。話したかったんです」
「俺も、話したかった」

 引いてくさざ波のようにその醜い感情は姿を隠していく。ここには二人しかいなかったから。少ししか言葉を交わしていないのに、心が通じ合っているように感じた。同じようにアリババ殿も嬉しいといいのに。そう、思う。

 言葉を交わす時間には限りがあって、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまう。

「また会えますか? もっと俺は話したいんです。あなたと、話したい」

 嫉妬は言いかえれば希望だった。興奮もさめないままこの願いを口にしてアリババ殿をじっと伺った。

「俺だって白龍ともっと話したいよ。何度でも話したい」

 その言葉に泣きたくなった。

 俺は自分の中の醜い胸中をあまり悟られたくはなかったけれど、同じように話したいと言ってくれて俺はすごく嬉しかった。もう少し言葉を交わして俺にも余裕が出来たら、醜い嫉妬もしていたとアリババ殿に白状できるかもしれない。その時にはアリババ殿も、俺と同じように嫉妬していたか聞いてもいいかもしれない。
 けれども今の俺にはそんな余裕はなくて、きっと俺はまたアリババ殿と誰かが話をしていたらその誰かに嫉妬してしまうのだと思う。表面上には出さず何度でもその醜い感情を抱えてしまうだろう。

 おそらくこの嫉妬は、きっと同じくらいの嫉妬をアリババ殿が俺と同じように抱いているという確信が持てない限り消えないのかもしれない。もしかしたら、確証が得られたとしても、消えないのかもしれない、けれど。

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